第14話 永遠の誓い
第14話 永遠の誓い
公爵邸の朝は、華やかな活気に包まれていました。なぜなら私にとっては夢でもあった日だから。
領主であるアルヴィン様と、この地を救った聖女の正式な結婚式。報せは瞬く間に領内を駆け巡り、色とりどりの旗と花々で飾られている。
大歓迎されているのに、当の本人はといえば。
「あ、アルヴィン様、少し落ち着いてください。先ほどから、ドレスの紐を締め直すと言いつつ、解いてばかりではありませんか」
「すまない、リリアーナ。あまりにも君が美しすぎて、このまま誰にも見せずに、部屋で自分だけの妻として閉じ込めておきたいという衝動と戦っているんだ」
鏡の中に映るアルヴィン様は、公爵家の正装である黒と銀の礼服を完璧に着こなしていましたが、紫の瞳には、式を目前にしてなお、剥き出しの独占欲が抑えきれない様子。
お願いですから、式では甘々な溺愛は控えて欲しい。私の着ているウェディングドレスは、彼が自らデザインを監督した特注品らしい。純白の生地に、私の魔力を安定させるための魔石が散りばめられている。
歩くたびに微かな光の粒子が舞い散る、まさに聖女にふさわしい一着です。本当に素敵なドレスだこと! 憧れていたドレスです!
「せっかく領民の皆さんがお祝いしてくださるのですから。今日は、公爵夫人としての私を、皆さんに披露させてください」
私が彼の頬にそっと手を添えると、アルヴィン様は愛おしそうに私の掌に唇を寄せました。大丈夫かな。
「分かっている。誓いのキスの時間は、予定の三倍は貰うからね」
「もう、公爵様ったら!」
式は、領地の中心にある浄化の女神をまつる大聖堂で行われました。
私がアルヴィン様の手を取ってバージンロードを歩くと、集まった領民たちから、地響きのような歓声と祝福の拍手が沸き起こります。みんな、ありがとう!
「リリアーナ様、おめでとう!」
「聖女様〜〜〜」
「公爵様、お幸せに!」
不毛の地で泥をすすり、死を待つだけだった人々。今は誰もが、栄養の行き届いた顔で笑い、私の魔力で育った美しい花々を道を飾っているのは感動です。泣きそうなくらい感動。
祭壇の前で、私たちは互いの瞳を見つめ合います。
「私は、アルヴィン・ド・ラザフォードを、私の唯一無二の夫として愛することを誓います」
「リリアーナを、我が魂のすべてを懸けて愛し、守り抜くことを誓う」
神官の言葉が終わり、約束のキスの時間が訪れました。アルヴィン様は宣言通り、周囲が息を呑むほど長く、深く、独占欲に満ちた口づけを私に与えました。この女は自分のものだと世界に刻みつけるような、熱烈な誓いでした。熱烈でも最高のキスになった。大きな拍手の歓迎になる。
披露宴が最高潮に達し、私とアルヴィン様がバルコニーから領民たちに手を振っていた。最高の幸せの時間に思える。時間が止まったようです。
晴れ渡っていた空が、突如として不自然などす黒い雲に覆われた。えっ、何?
「こっ、この気配は!」
私の浄化の魔力が、激しく警鐘を鳴らしました。危険な知らせ。祭壇の奥、あるいは領地の外縁から、私が消し去ったはずの呪いをさらに煮詰めたような瘴気が溢れ出してきたのです。警告音が頭の中で鳴る。
「アルヴィン、リリアーナ! 久しぶりだね!」
空を裂いて響いたのは、聞き紛うはずもない、あの男の声だった。まさかとは思ったが。黒い霧の中から姿を現したのは、ボロボロの衣服に身を包み、瞳を赤く濁らせたエリオット元王子でした。手には、禁忌とされる、深えんの魔導書が握られています。
「エリオット! 貴様、どの面を下げて戻ってきた」
アルヴィン様が私を背後に隠し、一瞬で戦闘態勢に入ります。わざわざ結婚式に来なくてもいいのに。
「ははは! 見ろよ、アルヴィン。君がリリアーナとイチャついている間に地獄を見てきた。そして気づいたんだ。彼女の光を浄化として使うのではなく、憎しみを増幅させる触媒として使えば、世界を支配できるとね!」
エリオットが魔導書を開くと、領地に咲き誇っていたリリアーナ・リリーが一斉に黒く変色し、苦しげに枯れ始めました。
「やめて! 花たちが!」
「リリアーナ、出るな! こいつは正気じゃない!」
驚いたのは、エリオットは人間ではない何かに変貌していました。彼の背後からは、泥のような死霊の軍勢が次々と這い出してきます。
予想ですが、帝国の残党が遺した闇の魔術を自らの肉体に取り込んだとか考えられる。どうでもいいが、会いたくないのは確かです。
「リリアーナ、君を迎えに来たよ。君がいなければ、世界は寒いままだ。さあ、アルヴィンを捨てて、一緒に暮らそう!」
エリオットが放った闇の鎖が、私を目がけて飛んでた。武力で私を連れ去るつもりか。しかし、鎖が私に触れるより早く、アルヴィン様が放った漆黒の魔力が鎖を粉々に砕きました。
「エリオット、誰の妻に手を伸ばそうとしている?」
アルヴィン様の体から、呪いさえも飲み込むような、圧倒的な魔力が溢れ出しました。魔力は、あまりにも強大で、周囲の空間さえも歪ませています。
「アルヴィン様、落ち着いて! その力は、あなた自身を傷つけます!」
「構わない。リリアーナを一瞬でも恐怖させたエリオットを、塵の一片も残さず消し去らなければ気が済まないんだ」
アルヴィン様の瞳が、紅く燃え上がります。愛が深すぎるがゆえに、彼は彼女を守るためなら、自分自身が魔王になっても構わないという極限の精神状態に陥っているよう。完全に怒りで。
エリオットは狂い笑いしながら闇の魔力を爆発させ、アルヴィン様と真っ向から衝突してしまう。
結婚式の会場は一瞬にして戦場へと変わり、美しかった楽園は、聖なる光と邪悪な闇が入り乱れる混沌の渦へと飲み込まれていきます。
「アルヴィン様、負けないで!」
私は叫びながら、ありったけの浄化の魔力を天へと放ちます。負けないでください。
エリオットが操る闇を払い、アルヴィン様が闇に飲まれないよう、私の光で彼を包み込みます。
「リリアーナの光は素晴らしい! それこそが私を惹きつけ、狂わせるんだ!」
エリオットの触手が、私の足元から忍び寄ります。
「離せ、不浄な者が!」
アルヴィン様の剣が、エリオットの腕を切り飛ばしました。しかし、エリオットは痛みを感じないかのように笑い続け、さらに巨大な呪いの渦を作り出していきます。本物の魔物になったかのようだわ。人ではなくなったみたい。
幸せすぎて平穏な日々を壊しにきた、エリオット。私たちはもう、あの頃の弱かった二人ではありません。
「アルヴィン様、一緒に。私たちの愛で、闇を終わらせましょう!」
私がアルヴィン様の背中に手を当て、魔力を同調させた瞬間。漆黒の魔力と純白の光が混ざり合い、これまでにない巨大な黎明の剣が形作られました。剣を持ったアルヴィンはエリオットに向ける。
「エリオットの執着、ここで断ち切ってやる」
アルヴィン様と私の結晶が、光の刃がエリオットの心臓を貫いた。
「あ、ああ。リリアーナ温かいな」
剣につかれたエリオットは最後、浄化の光に包まれながら、霧のように消えていきました。二人の結晶の剣が勝った。
空を覆っていた黒雲が晴れ、再び柔らかな陽光が差し込みます。
戦いが終わり、静けさが戻った大聖堂の前。アルヴィン様はボロボロになった私の手を、壊れ物を扱うように握りしめました。無事で良かったわ。
「リリアーナ。すまない。力が足りず、君を危険に晒した」
「いいえ。私を信じて、一緒に戦ってくれてありがとうございます、旦那様」
私が微笑むと、アルヴィン様は膝をつき、私の腰に顔を埋めて震えていました。
「怖かった。君がいなくなることが、何よりも。もう、一秒も君を離したくない。結婚式が終わったら、領地の周囲に十重二十重の結界を張り、誰も君に触れられないようにしてやる」
「ふふ、それは少し困りますけれど。でも、今日だけは、あなたの言う通りにされますわ」
アルヴィン様は私を抱き上げると、再び領民たちの前で力強く宣言しました。
「リリアーナは、永遠に妻だ。彼女を奪おうとする者は、例え神であろうと倒す!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
結婚式は再開され、盛大に祝福された。中断されて、余計に愛が深まった気もする。
幸せすぎて、死にそうです。どんな敵が現れようとも、彼の重すぎる愛がある限り、私たちの楽園は安心です。




