清めの音 温かい音
来ていただいてありがとうございます!
背中が温かい……フィルの手を感じる。
目の前には獣の頭の黒い人間の形をした存在。黒くて深い闇のような精霊の中にはマーシーが囚われてる。呪法で生み出された黒い精霊は穏やかな闇の精霊様とは違ってすごく怖く感じる。黒い精霊はゲイル達の力に押さえつけられて動けないらしく、ずっと私を睨みつけてる。憎悪を向けられるってこんなに怖いんだね。ゲイルやウィリディス様が力を貸してくれる。フィルがそばにいてくれるから大丈夫。
リュラ―を弾きながら、集中しながら、何故か周りの景色がよくわかる。
ゲイルがいる。ウィリディス様がいる。他にも大精霊様が来てくれたみたい。雪の精霊様がいる。星の精霊様がいる。みんなでマーシーと黒い精霊を押さえてくれてる。そして精霊王様は少し遠くから見守ってくれてる。あ、フェリシアさんが精霊王様の隣で笑ってる。なんでこんなことがわかるんだろう?
黒い精霊からはゲイルと少し似た香りがする。私が選んだ曲は氷の精霊様を讃える曲。私が住んでたリオ村は冬が長くて厳しいけれど、その分私達子どもは雪や氷で遊ぶのは得意だった。冬に凍った池の氷を持ち上げて遊んだり、雪を固めてランタンを作ったり……。夏は冷たいお茶を飲めたり、果物を冷やしたり。そんな楽しい気持ちを込めて演奏を続けた。
一曲目が終わって二曲目に入る時、黒い精霊の表情がスッと抜けた。だんだん少しずつ色が抜けていって灰色に近い色になって、二本足で立っていたのがうずくまって獣のようになった。私は演奏しながら汗をかいて息が上がってきた。演奏しててここまで疲労を感じるのは初めて。だってもう目が霞んできてて今にも倒れそう……。それでも、何とか精霊様を助けたくて必死だった。
限界かも……。清めの演奏がこんなに体力を使うものだなんて……。そういえばルネ・セレーネ様が持っていた黒い石を清めた後もしばらく動けなくなってしまったんだった。やっぱり無茶だったのかな?
「セシリー……」
背中に当てられたフィルの手に力が入る。心配そうな顔をしてるのが見なくてもわかる。ごめんね、フィル。でも私、どうしても二人を助けたい。……あれ?リュラ―の音が聞こえてくる?私のじゃないもう一つの音が。これはクラークさん?!ジョディ―さんのハープの音も重なった!私の演奏に合わせてヴィオラの音も聞こえてくる!これはきっとコリンナ様の音!
「岩の座の上にみんながいる!聞こえてる?セシリー!」
フィルの声が合図になったようにたくさんの音が聞こえ出した。星の音楽団の演奏が私を励ましてくれてる。温かい音達が私に力をくれて、なんだが元気が出てきたよ。音楽ってすごいね。
私達は二曲目の「氷の花」という曲を最後まで弾き切ることができた。最後の一音に悲し気な遠吠えが重なる。遠吠えは二度三度と続き、やがて安心したような歌うような響きになった。
「セシリー、見てごらん」
フィルに支えられて顔を上げるとそこには風が吹く草原の中、白い獣が座ってるのが見えた。
「あれは犬?狼?」
「狼、だろうね。真っ白でとても美しい毛並みの狼の姿の大精霊だ」
「大精霊様?元に戻れた?」
「ああ。もう禍々しい黒い精霊の姿じゃない。きっと大丈夫だ」
「良かった……。みんなのおかげだね」
安心したら、体から力が抜けて座り込んでしまった。
「セシリーっ!大丈夫か?」
「ちょっと疲れただけだから大丈夫」
私はゲイルやウィリディス様や集まってくれた他の大精霊様を見た。そして岩の上を見上げた。ここからだとみんなの姿は見えない。不思議、さっきは確かにみんなの存在を感じたのに。あとでお礼を言わなくちゃ……。
「フィルもありがとう。ずっと支えてくれてて。最後まで演奏できたのはフィルが側にいてくれたからだね」
「セシリー!」
「ぐぇっ!ちょっ……フィル、苦しいってば!それに人前っ!!」
思いっきり抱きしめられて一瞬呼吸が止まった気がする……。今の演奏よりダメージがきたんじゃ……?
「ごめん、つい。セシリーが可愛くて……」
「な、何言ってるのっ!……?!」
更に心理的に負荷がかけられた!でも……嫌じゃなかった。
「仲の良いことだ……互いを想いあう気持ちというのは温かいな……」
また世界に光が溢れて精霊王様の声が響いた。
「大丈夫ー?」
「命の力を使い果たしたのじゃろうて」
ゲイルとウィリディス様の声が聞こえてそちらを見ると、倒れた白い狼を二人が覗き込んでいた。少し離れた所でマーシーも倒れてる。
「そんな、どうして?!」
歩き出そうとして足がふらついた。せっかく元に戻ったのに、まさか……。
「セシリー!無理をしては駄目だ!」
「フィル……でも、大精霊様が……」
「衰弱が激しい……この精霊はすぐに時の聖地へ連れてゆく……どちらもしばし休めば元気になるだろう……安心するがよい……だから……もう泣かないでおくれ、我が愛しき奏者よ……後の事も頼んだぞ……」
白い狼の体が光に包まれて空へ昇り、やがて消えて行った。時の聖地で、精霊達の世界で、傷付いた心と体を癒したら、また会えるかな。倒れたマーシーがゆっくり呼吸してるのがわかる。マーシーも大丈夫みたい。早く治療院へ連れて行ってあげなきゃ。
「ありがとうございます。精霊王様……」
「あの大精霊はもう大丈夫だね」
「うん。本当に良かった……」
二人で白い狼精霊様を見送ってから、私はフィルの胸にもたれかかった。
「セシリー?!」
「ごめんね……、ちょっとくたびれちゃって……っ?!フィルっ?!」
「セシリーは頑張りすぎだよ」
フィルは私を抱き上げて頬に口付けた。
「だから……人前では……っ」
「今は精霊しかいないよ」
「もうっ、フィルってば!大丈夫だから下ろして」
「あははーやっぱり番だー!」
「セシリーの顔が熟した草苺のように赤いぞ?」
ゲイルとウィリディス様がいつの間にか近づいて来てた。
「あれ?他の大精霊様達は?」
「とっくに帰ったよー」
「そっか、きちんとお礼を言いたかったんだけどな。ゲイル、ウィリディス様、力を貸してくれてありがとうございました」
「いいよー」
「かまわぬ。それより、セシリーもきちんと休息をとりなさい」
「そうだよ。ウィリディス様の言う通りだ。さっさと屋敷へ帰るよ」
「待って!その前にマーシーを治療院へ……あれ?誰か来るみたい」
みんなと話し合っていると、誰かが走って来る音がする。
「まだです!まだ終わってない!小さな気配が……!」
ルネ・セレーネ様?どうしてここにいるの?終わってないってどういう事?
「そうよ。まだ終わってないわ。フィル様は渡さない」
暗く低い声が私の耳に届いた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




