精霊の護り
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マーシーと黒い精霊を追いかけて辿り着いたのは星の聖地の草原。今は夏に咲く白や青紫の花がぽつぽつと咲き始めて風に揺られている。精霊様達がそこここに飛び回っているけれど、マーシーと黒い精霊が近づくと怯えたように飛び去って行ってしまった。あっという間にたくさんいた精霊様達がいなくなり、辺りは風の音しかしない。
「いた!マーシー!精霊様!」
草原の真ん中で立ち止まったマーシーはどこか遠くを見てる。もっと近づこうとしてフィルに止められた。
「セシリー!危険だ!近づいちゃいけない!」
「でも!二人を助けないと!マーシーなんだよ?精霊様なんだよ?」
後を追ってきたフィルに向かってリュラ―のケースを示した。
「それはわかってる。しかし、今の状態ではいつ攻撃をしてくるかわからない。…………彼女はたぶん君を……恨んでる」
フィルは苦し気な顔で俯いた。
「…………うん」
さっきのマーシーの言葉……。マーシーはフィルのことが本気で好きだったんだね。ポロス学園でよく女の子達に向けられた目と同じ目をしてた。でも。私もフィルが好きだからそこは譲れない。
「それでも、これはそれとは別だから!」
私が助けたいって思うのはマーシーの気持ちを逆なでするかもしれないけど、それでもこの状態はやっぱり嫌だし、駄目だと思う。もしも喧嘩するなら普通に喧嘩したい。それに人間達の都合で呪法や呪術に利用された精霊様のことも放っておけない。私はリュラ―をケースから取り出した。
「精霊様を元に戻せればきっとマーシーも元に戻るはず」
「危ないっ!」
黒い精霊から飛んできた何かが、私達のすぐ近くを掠めていく。フィルが手を引いてくれなかったら当たっていたかもしれない。
「街で襲われた人達は亡くなってはいないものの、未だ目覚めていない人もいると聞いてる。これ以上近づくのは危険だ」
「でも……!」
「駄目だ!!君を死なせる訳にはいかない!あれが大人しいうちにここから離れよう」
フィルに手を引かれて岩のステージの辺りまで走った。岩の影に入れば攻撃も当たらないかもしれない。ここでリュラ―を弾いて精霊様に届くかな?
マーシーと黒い精霊は草原の中に立ち尽くしたまま動かない。ふいにゆっくりとこちらを振り返った。
『くるしい』
「喋った……?」
「でもマーシーの声じゃないみたい」
低くてしわがれた声……ずいぶん距離が離れてるのによく聞き取れる。
『たすけてほしい……』
「マーシー?精霊様?」
「助ける……清めてほしいという事か?」
『あふれる……にくしみが……わたしはおまえたちがきらいだ……きえてしまえ』
黒い礫がマーシーと黒い精霊から放たれた。たぶんさっきのもそうだったんだろうけど、今度のは大きかったせいかはっきり見えた。明後日の方に飛んでいったと思ったそれはゆらりと曲がって私達の方へ向かってきた。
「嘘っ!ついてくるっ?!」
「セシリー!!」
当たる瞬間、フィルが庇おうとするのを察して今度は私がフィルを抱きしめた。
「セシリー!!」
フィルの悲鳴のような声と共に黒い礫が私の背中に当たって澄んだ音を立てて消滅した。その音は私のスカートのポケット中から聞こえてきた。フィルの時みたいにエルベ先生からもらった守り石が割れたんだと思う。
「大丈夫。何ともないから」
私はフィルに笑って見せた。フィルもホッとしたような表情を浮かべた。けどそんな場合じゃなかった!黒い精霊が黒い礫をまき散らしながら、こちらへ向かって走って来る?!
「なんか、力が強くなってる?」
「まずい……あんな数が飛んで来たらとても避けられない」
いくつもの礫が弧を描いて飛んでくる。もう駄目かも、そう思った瞬間に季節外れの冷たい突風が吹いて、緑の嵐が起こった。風に吹き飛ばされて光る葉っぱに触れた黒い礫が消滅していく。
「何だ?何が起こってる?」
フィルは戸惑ってるけど、何となくわかった。懐かしい山の風。
「セシリーに何するんだー!」
「やれやれ、危なかったな」
白い一角獣と翡翠色の光を纏うおじいさんが私達の前に立ちはだかった。
「ゲイル!ウィリディス様も!助けに来てくれたの?!」
「もー、セシリーはお転婆さんだね」
ゲイルは長い顔を困ったように左右に振った。
「ゲイル……どこでそんな言葉を覚えたんだ?」
「ウィリディスに色々教えてもらってた。フィルはセシリーを止めないと駄目でしょ?守らないと駄目でしょ?セシリーの番なんだから、責任もってよね」
「っ……」
フィルが珍しく頬を赤らめて絶句してる。
「ゲイルってば何言ってるの?」
「あれれー?違ったー?」
「婚約してるだけ!まだ結婚してないからっ!」
「えー?それってどう違うのー?」
「だ、だから、それは」
「仲良しってことでしょー?」
「それはっ……!そうなんだけど……」
「セシリー、ゲイル、今はそんな事を言い合ってる場合では……」
気を取り直したらしいフィルがマーシーと黒い精霊の方を窺った。
「問題ないだろう」
同じくそちらを見ていたウィリディス様が静かな表情で空を見上げた。
「今、引導を渡しにいらっしゃる」
私達もウィリディス様が見てる方を見た。空の一点から美しい光が射してくる。マーシーと黒い精霊の動きが止まってその場から動かなくなった。
「哀れな…………」
辺りにも光が満ち、空から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「この声って……精霊王様?」
「その通りじゃ」
「世界に還るがよい……」
光がどんどん強くなる。
「……精霊王様は何をしようとしてるんですか?」
「黒き精霊を消滅させようとしておられる。精霊は新たな命を持って再び生まれてくる」
「それって……待って!待ってください!」
「セシリー!」
飛び出そうとした私をフィルが抱き留めた。
「フィル、離して!精霊様が!」
「セシリー、無理だよ。あんなに黒く染まった精霊だともうどうしようもないんだよ」
ゲイルの悲しそうな顔に胸が痛くなる。
「人の欲望に染められて変容してしまった哀れな精霊じゃ。仕方ないのじゃよ……」
ウィリディス様もそっと目を伏せた。
「精霊王様!精霊様だけじゃないんです!その精霊様の中にはマーシーが、友達がいるんです!精霊様を消してしまったら、マーシーは?」
「完全に取り込まれておるからのう……」
「たぶん一緒に消えちゃう……」
ウィリディス様とゲイルの言葉にスッと心と体が冷えた感じがした。
「そんな……お願いです!私に一度だけチャンスをください!」
「セシリー、これを」
フィルが落としてしまってたリュラ―のケースを持ってきてくれた。
「フィル」
「止めてもやるんだろう?」
「うん、ありがとう!」
「ふ……仕方がないな……我が奏者は強情だ……強い意思……それ故か……ならばやってみるがよい……ゲイル、ウィリディス、力を貸してやれ……」
辺りの光が弱まり、マーシーと黒い精霊が身じろぎをした。
「はーい、精霊王様!」
「セシリー、あまり長くはもたないぞ」
冷たい風と緑の葉が渦巻いてマーシーと黒い精霊の動きを止めてくれた。
「はい!ありがとうございます」
私はリュラ―をケースから取り出して演奏を始めた。
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