君を探して
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✧フィル視点です
「自力で時の聖地へ行く方法が見つからない……」
精霊に連れ去られた人間の文献はそう多くない。何故なら帰還した人間が少ないからだ。僕は精霊の世界、時の聖地へ行くために、可能な限りの文献を調べた。伝手を使って王都の王立図書館の禁書庫へも行った。でもほとんどが精霊、大体が大精霊に招かれて時の聖地へ渡るという記述ばかりだった。
セシリーがこの世界から消えてもうひと月が経ってしまった。ほとんどの呪術が回収されたからか、精霊達も世界も穏やかさを取り戻していた。探す当てもなく、時だけが過ぎていく。王国は僕に協力してはくれるものの、精霊達が落ち着いた状態であることに満足してセシリー奪還に本腰を入れてくれなかった。まるでセシリーは王国の平安の為の生贄みたいだ。
大精霊に頼めばセシリーを返してくれるのではないかと思い付き、何とか大精霊に会おうとしてオズホーンさん達と演奏会を行った。けれど、大精霊達は姿を見せてはくれても僕達と会話をしてくれることは無かった。僕では力不足なのか……。
「ゲイルとセシリーは意思疎通ができていたのにどうして……。せめてゲイルが来てくれれば」
もしかしたらセシリーも一緒に戻ってくるかもしれないのに。
僕は今星の音楽団での活動に集中し、学園にはほとんど出席していない。ただ、今日は学年末試験を受けるためだけに登校した。
「すっかり暖かくなってしまったよ、セシリー」
園庭の木々には花芽や蕾がついているものも多くなってきた。このままセシリーがいない日常が当たり前になってしまうのではと、物凄く恐ろしかった。明るい陽射しの中なのに僕の心はまだ吹雪の中にいるようだった。
足音がして振り返ると、そこには今一番会いたくない人物が立っていた。
「あの……セシリーがずっと学園に来てないのは、精霊の世界へ行ってしまったって聞いたんですけど、本当ですか?」
「…………」
マーシー・プラットに罪は無いが、セシリーの事を話す気にはなれなかった。巡警吏の捜査が進みセシリーが襲われたのはノーラ・ヒルズの使った呪術のせいだと判明した。岩の座に現れた黒い獣とノーラが持っていた呪具の絵が同一のものだと結論付けられたのだ。ただ、ノーラには誰かを害そうとする意思はなく、特にセシリーを恨んでいたわけではなかったらしい。無知な素人が不完全な呪術を行ったせいで、おかしな作用が起きてセシリーが被害に遭ってしまった。それが巡警吏の今回の件の見立てだった。
「ノーラも学園をやめちゃって、セシリーもいなくて私、寂しくて……」
瞳を潤ませて見上げてくるマーシー・プラットの言葉に、顔が引きつるのが自分でもわかった。ノーラのしたことは表に出ることはなかったが、真の理由は伏せられたまま退学となったと聞いている。
「フィ、オルブライト様、私も来年はきっと星の音楽団に受かります!ノーラだってそれを望んでくれていましたし。だから、これからはもっとオルブライト様と、皆さんとも仲良くなりたいんです」
僕の前でその名を呼ぶなっ!!
思わず怒鳴ってしまいそうになるのを何とか抑えた。マーシー・プラットの甘えたような声に今までにない不快感を覚えた。
「それは来年の試験に受かってからでいいんじゃないかな」
「え……」
「悪いけど失礼する」
我ながら冷たい声が出たと思う。だけどこの時の僕は他人の心を気遣う余裕が無かった。
「オルブライト様!」
やはり試験を受けていたのだろうハミルトン嬢が校舎の入り口で手を振っている。彼女の笑顔は久しぶりに見る。これは何かいい知らせがあったに違いない。僕は走って彼女の方へ向かった。
「何か進展があったのですか?ハミルトン嬢!」
「良い知らせですわよ!花の聖地から返事が来ましたの!花の歌姫様からですわ!」
「花の聖地?」
ハミルトン嬢もセシリーを心配して方々手を尽くして調べてくれていたが……。
「花の歌姫様は時の聖地へ行って無事にお戻りになられたそうなんですの!」
「どうやって?!」
そんな話は聞いたことがあったけど、花の聖地の歌姫の箔をつけるための作り話だと思っていた。
「花の音楽団の皆さんが演奏会を開いて、時の聖地の扉を開いたそうなんですの!」
「でも演奏会なら何度も……」
「大精霊様達をお呼びするだけではありません。星の精霊王様、もしくは時の聖地、そしてセシリーさんに直接呼びかける演奏をするのです!それにこれはとてもロマンチックなことなんですけれど、花の歌姫様には花の奏者である婚約者様がいらっしゃって、お二人が想い合って呼び合われたそうなんですのよ!お互いの声が届いて帰ってこられたそうなんですの!」
ハミルトン嬢は頬を紅潮させてうっとりとため息をついた。
「つまりは定期演奏会レベルのものをすればいいのか……」
やはり自分だけでは力不足だったのだろう。ろくに練習もせずにいれば当然か。オズホーンさん達の足を引っ張ってしまっていたのかもしれない。
「わたくし、お姉様と一緒に皆さんに呼びかけてみますわ!絶対にセシリーさんを呼び戻してみせます!」
「頼もしいな」
「ですからオルブライト様もしゃんとなさってくださいまし!酷い顔色ですわよ?きちんと眠ってハープの練習もしっかりおやりになって!オルブライト様がそんな様子ではセシリーさんが帰って来た時、心配なさいますわよ!」
「……そうだね。わかった。僕もオズホーンさん達に話してみるよ」
あれ以来まともに眠れていないのを見透かされていたようだ。そんなに酷い顔をしてるだろうか。そういえば捜査状況を教えてくれたハーディー様にも心配された気がする。
ハミルトン嬢と別れて歩き出す。
「しっかりしろ!希望が見えてきたんだ!」
自分の頬をはたいた。まずはきちんと眠ってきっちり練習をしなければ。ひとまず屋敷へ戻って少し仮眠を取ろう。
少しだけと思っていたけれど、制服のまま深く眠ってしまっていつの間にか夜中になっていたようだ。
フィル―!
「…………今日は随分と何度も呼び止められる日だな」
起き抜けのぼんやりとした頭で考える。……おかしい。暗い部屋の中には誰もいるはずがない。セシリー?いや声が違う。この屋敷には今家族もいないから、他に僕を『フィル』と呼ぶ人間はいない。誰だ?僕を呼んだのは。
「こっちこっちー!」
上?天井から声が聞こえる?
「助けて―!フィルー!!」
「っ!ゲイル?!」
見上げると天井から一角の白馬が下りてくる。馬が間近に迫って来る様はなかなかに命の危険を感じるものだった。ちょっと待て!それ以上進むと角が僕に刺さるっ!!何度呼びかけても出てきてくれなかった大精霊から慌てて距離を取った。その背にはセシリーは……いない。一瞬期待して、すぐに落胆させられた。
「セシリーは?!セシリーはどうした?どうして一緒じゃないんだ?!」
「はぐれちゃったんだよー」
「はぁ?!」
状況とは裏腹に危機感のない声に僕は目の前が真っ暗になって頭を抱えた。せっかくセシリーが帰ってきたと思ったのに……。
「セシリーの気配が全然わからないんだよー。ずっと探してたんだけど見つからないー」
ポロポロと涙を流す馬なんて初めて見た……。いや、馬じゃないんだけどな。
セシリーを連れて行ったのはゲイルじゃないのか?それなのにはぐれるってどういうことだ?なんで僕の所へ来たんだ?いや、来たのはいいんだ。なんでセシリーと一緒じゃないんだ?ああ、はぐれたからか……。ああ、駄目だ。混乱と怒りがないまぜになって思考がまとまらない。
「どうしたらいいかなー?」
「そんなのは僕が聞きたいよ。とにかく僕を時の聖地へ連れて行ってくれ!ゲイルにならできるんだろう?僕も一緒にセシリーを探す!」
「だから無理なんだってー!僕は精霊王様に弾かれちゃったから、わかんないんだってー!どうしよう、フィルー!」
「なら、精霊王様に居場所を聞けばいいんじゃないか?」
「……おっかないから無理」
「はあぁぁぁっ?無理じゃないだろう?」
「だってとっても偉い人なんだもん……」
精霊の中にも序列があるのか……。面倒な。
「なら、精霊王様よりも偉くない精霊に頼んだりはできないのか?」
「あ!そっかー。フィルあったまいいー!!僕ちょっと行ってくるー!」
「待てっ!僕も行く!連れて行ってくれ!」
このチャンスを逃すわけにはいかない。僕は急いでゲイルの背中に飛び乗った。
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