ノーラの供述と物思い
来ていただいてありがとうございます!
「え?呪術?知らないですよ、そんなの。だって私がやったのは神様への願掛けですから。とても力の強い異国の神様の力をお借りするお守りだと聞きました」
星降り亭で仕事をしていたら、急に役人っぽい男達がやってきて私とマーシーに詰め寄った。彼らは王国の巡警吏だと名乗ったんだ。確かに証拠の王国の紋章も見せてもらった。星の聖地の街の外れにある雑貨屋は安くて珍しい物が揃ってるからよく行くんだけど、どうやらその店では違法なものも扱っていたらしい。マーシーは主にアクセサリーなんかを買ってたかな。私は香油とか。そこで何を買ったか聞かれて、ついポケットを触ってしまったのを巡警吏のリーダーに見られてしまった。
ポケットに入れていたのはチェーンのついた布袋。布袋にはとても複雑な模様が描いてあって、いかにも効果がありそうだと思ったんだ。マーシーがあの雑貨店で買ってたあの赤いまじない石は木箱の中に何十個と同じものが入っていて値段も安かった。でもこれは一人であの店に行った時に店主に勧められた特別なものだ。今その布袋は取り上げられて、城の簡素な取調室の木の机の上に置かれてる。
これを持ってるのを誰かに見られちゃいけないって言われたのに……。もう私の願掛けは終わったな。そう心の中でごちた。
「マーシーの願いが叶うようにって願掛けしただけですよ。ただお守りを買っただけなのにどうしてこんな目に合うんですか?!」
こんなところに連れて来られて巡警吏に問い詰められて、いい加減腹が立っていた。まるで犯罪者みたいな扱いじゃないか。あの雑貨屋が悪い物を売ってたとしても、知らずに買っただけでこれはあまりにも酷いと思ってた。その布袋の今の中身を見るまでは。
「ちょっと!何するんですか?!」
巡警吏のリーダーがナイフを取り出して布袋を裂いた。
「これは呪具だ。呪術、呪法に用いられる道具だ」
「え……なにこれ……なんでこんなに真っ黒になってるんだ?金色の綺麗な金属の板だったのに」
実は買って帰った後に、守り袋の中身を見たことがあった。その時は美しい女神様の姿の絵が掘られた金色の板だった。チェーンの色も金色だったけど、これは持ち歩いているうちに黒っぽくくすんでしまってた。中身は無事だと思ってたけど、実は質の悪い金属でダメになってしまってたのか?それにしても黒すぎる。
「ひっ……」
巡警吏がひっくり返した黒い板になってしまったお守りの中身。それを見た時思わず悲鳴が出た。以前に見た時とは似ても似つかない絵になっていたからだ。
黒い獣。長い牙も何もかもが黒い。まるで生きているかのような黒い瞳でこちらを見ている。今にもこちらにとびかかってきそうな気がして思わず体を引いた。
「呪術、呪法とは何かを代償にして、望みを叶えるもの。主に誰かの財産、身体、命が代償に選ばれる。君が身につけていたものはそういった危険な物だ」
冷たく厳しく言い渡されて愕然とした。知らなかったとはいえなんて禍々しい物を身につけていたんだろう。
「だが、君はそのことを知らなかったんだろう。君が何らかの罰を受けることは恐らくはないが、この呪術の正体がはっきりするまでは拘束、隔離させてもらう」
「わかりました……」
どうやらしばらく学園にもマーシーの所にも戻れそうにない。あ、マーシー!!マーシーは大丈夫かな。あの赤い石はそんなに大したものじゃないだろうし、マーシーは巻き込みたくない。だって私と違ってマーシーはこれからが大事な時なんだから。私はマーシーのことはひとまず黙っておくことにしたんだ。
牢屋ではないけれど、星降り亭での自分の部屋よりちょっと狭くて簡素な造りの部屋にいるように言われた。外には見張りの兵もいる。
「これじゃあ、牢屋に入れられてるのとあんまり変わらないな……マーシーは私がいなくてもちゃんと練習してるかな」
食事はもらえるし、退屈しのぎの本も何冊か机の上に置いてある。手紙を書くための紙とペンもある。でも……ヴィオラが弾けないと寂しい。
「マーシーと違って才能ないのに。ヴィオラが弾けなくても生きてはいけるのにな……」
私の望みはマーシーが星の音楽団に入って活躍すること。勿論私だって音楽団に入りたいさ。けどそこまでの才能は無いってわかってるから、マーシーに叶えてもらいたいんだ。だから神頼みをしたんだ。少なくともおまじないなんかよりも効果があると思うんだよね。
ただ、マーシーはヴィオラが好きなだけの子じゃなかった。フィル・オルブライトに憧れる気持ちがやる気を後押ししてくれるって思ってたから応援してた。セシリーのことだって、最初は平民仲間が出来て良かったと思ってた。セシリーと刺激し合って上を目指していければいいって思ってたんだ。でもセシリーには才能がありすぎて、どんどんマーシーが落ち込むようになっていった。しかもマーシーがお熱なオルブライトはセシリーしか見てない。
セシリーが入団試験を受けるって聞いて内心舌打ちした。しかもフィル・オルブライトも一緒だと。厄介なことになるって思ったら、案の定マーシーも受験するって言い出した。一応止めたけど、全然聞いてくれなかった。試験には落ちてマーシーは落ち込んで、それ以来学園以外ではヴィオラに触らなくなった。
「あんまり練習しろしろっていうとすぐへそを曲げるからなぁ、あの子。全く困ったもんだよねぇ」
別にセシリーが悪い訳じゃないんだけどさ、セシリーが入学してこなかったらもっと上手くいっていたかもしれないのに……。いつしか私の心の中にはそんな思いが生まれて消えなくなっていったんだ。セシリーに言ったりはしないけどさ。
窓の外はもう薄暗い。星降り亭ではそろそろディナーの準備が始まる。
「マーシーは大丈夫かな。でもそろそろ個人練習も再開しないと、春の選抜も危うくなっちゃうよ」
早くここから出してもらいたいもんだ。マーシーは私が一緒に練習してやらないとダメなんだから……。少しづつ夜の帳が落ちてくる。簡素なベッドに寝転んだ私の耳に遠く低く獣の唸り声が聞こえたような気がした。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




