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君がいない世界

来ていただいてありがとうございます!

※前半フィル視点

後半マーシー視点です




走って追いかけたけど間に合わなかった。手を伸ばしても届かなかった。


セシリー……





いつものようにセシリーの演奏は素晴らしかった。ディオン・アーデルの歌声に寄り添うようにリュラ―の音が重なり引き立てあっている。ディオン・アーデルは天才だ。悔しいけれどセシリーの演奏とぴったり息も合っていてこの日最高の演奏となった。その証拠に僕達の演奏では顕れなかった大精霊が顕れた。小雪がちらつく曇り空の隙間から光が差し込み、久しぶりの青空が顔をのぞかせた。まさにその時だった。


「……なんだ?あの黒い影は」

どこからか現れた黒い獣。突然のことに思考が追いつかない。セシリーとディオンのいる舞台の方へ走り出していく。黒い獣が近づくにつれて精霊達が怯えたように飛び去って行く。直感が悪いものだと告げるのと同時に僕は走り出した。ディオンを庇ってセシリーが黒い獣の突撃をもろに受けた。

「っ!」

声にならない声が出た。弾き飛ばされたセシリーの体が宙を舞った。ただの獣にあんな力があるのか?!黒い獣は尚もセシリーに向かっていく。狙いは最初からセシリーだったみたいだ。岩の座から落ちていくセシリーを見てゾッとする。こんな高さから落ちたらまず助からない。必死で走る足が積もった雪に阻まれて岩の縁まで全然たどり着けない。


「くっ!誰でもいいっ!!セシリーを助けてくれっ!」

叫ぶ声に答えるようにいななきが聞こえた。太陽の光の中から顕れた白い馬が黒い獣に体当たりした。

「ゲイルっ!」

「セシリー!そんなことしたら危ないよー!」

呑気な声だが、今はこれ以上に頼もしい声もなかった。その声ののんびりさとは裏腹にゲイルは疾風のようにセシリーに追いつき、彼女をその背に乗せた。

「良かった」

これでセシリーは助かる。そう思った瞬間、眩い光が二人を包んだ。光が消えた後には二人の姿はもうどこにも見当たらなかった。

「セシリー?ゲイル?」

残された僕はただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。





新入団員の演奏会の後、アクロアイト王国の巡警吏達が僕達の元へ事情を聞きにやって来た。巡警吏というのは国中を歩きながら犯罪などの捜査をする特別警察部隊で、今は闇の聖地から盗み出されてこの国に持ち込まれた呪術の捜査と回収を行っているということだった。セシリーとディオンを襲ったあの黒い獣はどうやら呪術で生み出された存在だったようだ。


「フィルは最近学園へ通ってないそうだね」

「今はできるだけ星の聖地に近い所にいたいんです。それに色々と調べることもありますので。星音の宮にいる方が都合がいいんですよ」

ハーディー・エクランドは星の音楽団の支援者だ。他の人間では聞けない捜査の進捗状況を仕入れることもできる。僕はあれ以来度々エクランド伯爵家の屋敷を訪れるようになっていた。


「…………たぶんセシリーはもう帰って来ないと思うよ」

「何を仰るんですか?!貴方はセシリーの支援者でしょう?!彼女がこの世界に戻れるように尽力すべきなのではないのか?!」

カップのお茶が零れるほどテーブルを叩いて立ち上がった。そんな僕の無礼を気にもせずに、ハーディー・エクランドはただ微笑んでいた。


「落ち着きなさい。……セシリーは精霊に愛されすぎている」

「…………」

座り直した僕は彼に何も言い返せない。セシリーが精霊に愛されているのは紛れもない事実だ。

「恐らく呪術で生み出されたという黒い獣はまだ消滅していないのだろう。だからセシリーは精霊達によって精霊の世界、『時の聖地』へ連れ去られた。他でもないセシリーの身を守る為に」

「…………」

ハーディー・エクランドの言っていることはたぶん正しい。ゲイルが連れ去ったのか、それとも他の存在がゲイルごとセシリーを連れ去ったのかはわからない。セシリーは今この世界にはいない。星音の宮にも学園にも寮にもリオ村にも……。


「そしてセシリーもまた精霊を愛している」

「!」

「『時の聖地』がどんな所かは文献でしかわからないが、とても素晴らしい場所だったと証言する帰還者がほとんどだ。セシリーがそんな場所で大好きな精霊達と過ごす時間をどう思うか……。そしてあの場所とこちらでは時間の流れが異なるらしい。つまり、セシリーが帰ろうと思う時が僕達の生きている今この時とは限らない……」

ハーディー・エクランドは寂しそうな顔で窓の外の青空を眺めた。

「いい天気だね……」


僕は膝の上で両手をきつく握りしめた。それでも、それでも僕はまだ諦める訳にはいかない。諦めたくない。








✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦




ある夜、色々と抱えきれなくなった私はノーラの部屋を訪ねた。冷たい木の椅子に座り話を聞いてもらった。

「セシリーが消えちゃったんだって」

「ああ、聞いてる。なんか精霊の世界に連れ去られたんだってね」

「どうしよう……。私のおまじないのせいかもしれない」

私はすっかり黒くなってしまったおまじないの石の事を考えた。あの石は今、机の引き出しの中に新しく買って来た他の石と一緒にしまってある。

「まさか!そんなことある訳ないよ。あの石にはそんな力なんてないんだから」

「でも、でも!私セシリーがいなければいいのにってちょっと思っちゃってたんだもん。そうすればフィル様がセシリーに取られなくなるって思っちゃってた」

涙が出てきた。まさか本当にセシリーがいなくなっちゃうなんて思わなかった。

「だから!マーシーのはただのおまじないだってば。でもちょうど良かったじゃない」

「え?」

何がちょうどいいの?それにノーラは何でそんなに嬉しそうに笑ってるの?


「だってセシリーは精霊が好きだったじゃない。あの白馬の大精霊とも仲が良いし、あっちに行けて案外楽しくやってるかもよ?」

言われてみればそうかもしれない。でもセシリーは本当にそれを望んでいるのかしら。たった一人で生きるなんて寂しすぎない?そうよ……

「家族や友達がこっちにいるのに一人で楽しく暮らすなんてできるかしら……」

小さく続けた言葉はノーラの大きな声にかき消されてしまった。


「それにさ、セシリーってマーシーにとっては悪影響だと思うから、私はこのままでいいと思ってるんだ。だってマーシー、セシリーがいなくなってから練習に身が入るようになったよね。オルブライト様をとられる心配がなくなって安心したんじゃない?良かったよ!これで来年の試験は楽勝だね。まずはしっかり練習して春の選抜入りを目指そうよ。さあ!これから忙しくなるね」


どうしよう……。私、ノーラがよくわからない。っていうかちょっと怖いと思ってしまった。ノーラはひょっとしてセシリーを嫌ってる?ううん、そんな感じはしなかった。私のことをすごく心配して気にかけてくれてるのはわかる。でもセシリーのことを少しも心配してないのは何故なの?


ノーラに相談したくて部屋を訪ねたけど、自分の部屋に戻る時にはもっと得体のしれない不安を抱えることになってしまった。そしてその不安は翌日に現実になってしまった。学園にアクロアイト王国の役人が来て色々話を聞かれた結果、もっと詳しく話を聞くからといってノーラはお城に連れて行かれてしまったのだ。……一体何が起こってるの?










ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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