雪に落ちる
来ていただいてありがとうございます!
「いよいよ明日だね」
「うん。そっちはどう?練習、上手くいってる?」
「私はなんとか。でも、ディオン君すごくきれいな声で、すごく上手で!!」
「……そうらしいね」
「うん。私も邪魔にならないように頑張ってる。フィル……は?」
まだフィル様って言いそうになっちゃうけど、フィルが不機嫌になるから気を付けなきゃ。
「僕達の曲はポロス学園で練習したこともある曲だから問題ないよ」
「それは頼もしい!」
星の音楽団の拠点、星音の宮には何でも食べられる食堂がある。メニュー表はあるけど、料理人の人が五人常駐してて、リクエストすればなんでもつくってくれるらしい。私はそんなに料理に詳しくないからリクエストなんてする日はこなさそう。それにメニューが多くて飽きることもなさそう。毎日ご飯が美味しく食べられるのは幸せなことだよね。料理人さん達、精霊様、ありがとうございます!
私とフィルは今日の日替わりランチを一緒に食べながら、お互いの練習の進捗報告をしてた。ディオン君は集中すると食が細くなるらしく、今日はお昼ごはんは要らないとのこと。その代わりに演奏会が終わった後はお腹が破裂するくらい食べるんだって言ってた。そんなに食べて大丈夫なのかな?星の音楽団での初めての演奏会だから、緊張もあるんだと思う。私は緊張はするけど特に食欲が落ちることは無いんだよね。わりと図太いのかな。でもフィルも普通に食事してるし、そうでもないはず。たぶん。
「連日の演奏会のおかげで雪の勢いも弱まってるみたいだ」
「そういえば吹雪くことも少なくなってきたよね。さすが星の音楽団!」
「…………セシリーは体調とか大丈夫?」
「え?うん。全然平気だけど、どうして?」
「今、街では咳と熱が出る病気が流行ってるらしいんだ」
「私とおんなじだ」
「そう。セシリーの時みたいにいきなり咳き込んで熱を出すそうだよ」
「みんな大丈夫かしら」
「一応聞いた範囲では知り合いに臥せってる人はいないみたいだ」
「良かった……」
エイミーやマーシー、ノーラやマーガレットさん達の顔が浮かぶ。
「フィルも平気だよね?」
「ああ。僕は全く問題ないよ」
「それだけではありませんわ」
「コリンナ様!」
コリンナ様が日替わりランチのトレーを持って私達のテーブルへやって来た。
「ハミルトン嬢、アスール様との調整はもういいの?」
「ええ、問題ありませんわ」
アスール様はポロス学園の三年生で、コリンナ様と同じヴィオラ奏者の男の人だ。今まで二人で合わせて練習をしてたみたい。
「悔しいですけれど、わたくしよりもずっと達者な方ですから。わたくしとも上手に合わせてくださってます」
コリンナ様はトマトマのポタージュスープをぐるぐるかき混ぜた。熱々だから冷まさないとやけどしちゃうんだよね。でもこんなに寒いと温かいスープはとてもありがたい。
「それだけじゃないって、他にも何かあるんですか?」
「この大雪で、怪我人が続出しているそうですの」
「え?!」
そうか。この街の人達はこんなにたくさんの雪に慣れてないから、滑ったり転んだりする人が大勢いるんだ。この地でも本来はこのくらいの雪は当たり前だったんだろう。けど精霊様のご加護のおかげで自然の脅威が抑えられてきた。それが今年は精霊様が怒っていて、こんな状況になってるらしい。その原因が闇の聖地から持ち出された呪術のせい。王国は各地に散らばった呪術を回収してるらしいけど、まだ全てではなくて、星の音楽団はここ毎日のように演奏会を行って、精霊様達に怒りを解いてもらおうとしてる。
「ずいぶん雪の勢いは収まってきましたし、次はわたくし達の番ですわ!準備はよろしくて?セシリーさん、オルブライト様!」
「ああ、問題ない」
「私も、なんとかいけると思います。何よりもディオン君の歌の仕上がりが神がかってますから!」
「では、明日は頑張りましょうね」
「ああ」
「はい!」
私達は食事を済ませて練習に戻った。
小雪が舞う岩のステージは除雪が追いつかず、真っ白なステージになっていた。
「僕達も頑張ろうね、セシリー」
「うん。頑張ろう、ディオン君」
最初に三年の先輩達の合唱曲が披露され、次はフィルとコリンナ様達の四重奏曲。星の音楽団に合格しただけあって、みんなの演奏は他の先輩団員達にも引けを取らないくらい素晴らしいものだった。演奏のおかげでいつの間にか雪はやみ、精霊様達がたくさん集まってきてくれた。くじ引きで決めた順番とはいえ、その日最後の演奏になってしまってかなり緊張しながらその時を待った。そして始まる星の音楽団として初の演奏。初めてローブを身につけて月の竪琴を胸にギュッと抱きしめた。月の竪琴は事前にエクランド様が星音の宮へ届けてくれていた。
高く響く妙なる天上の歌声に精霊達が集まってくる。ディオン君の邪魔にならないように寄り添うようにリュラーを奏でていく。始まる前は緊張していたけど、演奏が始まってしまえば深い集中に入る事ができた。氷の花が大地で育っていく。綺麗な綺麗な透き通った白い花。朝日を浴びて儚く消えて空に帰っていく…………。今のイメージは何だろう。
最後の一音をディオン君と一緒に奏で終わった後、ディオン君と同い年くらいの白い女の子が立っていた。
「氷の精霊様?」
さっき見たイメージの中の氷の花みたいな女の子。その子はにっこりとほほ笑むと雪の結晶のようなドレスの裾をつまんでお辞儀をした。そしてそのままスゥッと消えて行った。たくさん集まった他のちいさな精霊様達はまだ光が舞い踊るように飛び交ってる。
「セシリー!凄いよ!なんて美しい音の連なりなんだ!練習の時より断然いい!こんな一体感初めてだ!!」
いきなりディオン君が腰に抱き着いて来て、リュラ―を落としそうになった。ディオン君は同じくらいの年の子達より少し背が小さいんだよね。
「わっ!ご挨拶がまだだよ、ディオン君!」
「あ、そうだった」
私とディオン君が集まった精霊様達の光の乱舞に向かって一礼すると、拍手をするみたいに精霊様達の光が明滅した。ディオン君の歌、凄かったもんね。精霊様達に喜んでもらえたみたいで良かった、良かった。
「あれ!見てよ、セシリー!空が!」
「青空?」
ディオン君が指さす先を見ると、それは久しぶりの青空だった。雲の切れ間から光が差し込んできて、心なしかあったかくなった気がする。もしかしたら、精霊様達のご加護が戻ったのかも!
ホッとした瞬間黒い風が吹いた。精霊様達が飛び去って行く。え?え?何が起こったの?
黒い風だと思ったものは黒い獣の影のように変化してこちらへ向かってきた。思わずディオン君を突き飛ばす。だってあれ、きっと何か良くないものだから。ディオン君にぶつかっちゃう。
次の瞬間、黒い影の獣にぶつかられて、ものすごく吹っ飛んだ私の体。
「え?」
お ち る……?
落ちていく私は青空を見てる。
「セシリーッ!!」
ディオン君の叫び声が聞こえる。
岩の上はとても広くて、舞台がある場所からその縁まではたくさん歩かないとたどり着けないはずなのに、私の体は岩のステージの外にあった。
そうか、私、突き落とされたんだ……。
落下しながら何故か冷静に考えてる私。
「セシリーッッ!!!」
フィルの叫び声が聞こえる。え?このままお別れなの?嫌だな……。この時初めて恐怖を感じたけどもうどうにもならない。
「セシリー!そんなことしたら危ないよー」
どこか呑気な声が聞こえてきて、一角の白い馬がどこからともなく走ってくる。風が私の体を取り巻いてふわりと落下が止まった。
「助けて……ゲイル……」
呟いて私の意識は遠のいていった。最後に視界を埋め尽くすのは眩しい光。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




