まじないとのろい
来ていただいてありがとうございます!
「ここ、いいかな?」
「ど、どうぞ」
今日もマーシーもノーラも用事があるって言ってたし、エイミーはいつも声楽科のクラスメイト達と一緒に昼ご飯だしで一人で隅っこでご飯を食べてたら、フィル様がやってきたんだ。フィル様はお昼ご飯のトレーをテーブルに置いて私の向かいの席に座った。
あの練習室の時のことを思い出しちゃって顔が熱くなる。……ちらっと見上げるとフィル様は全くの平常心みたい。私が気にしすぎ?フィル様はやっぱり私を仲間とか家族みたいに思ってくれてるだけ?心配してくれるのはありがたいけど、ちょっと困る。デリクとだって手を繋いだこともないのに。フィル様はああいうの慣れっこなのかもしれない。そう思うとちょっとだけ胸が痛んだ。
何とかフィル様をなるべく見ないようにして会話する。最近受験組は個人練習ばかりだから、フィル様と一緒に練習することもほとんど無い。今までは当たり前のように一緒に練習していたからちょっと寂しく思ってて、恥ずかしい気持ちもあったけど嬉しかった。私って結構寂しがりだったんだ。
「あら、今日はオルブライト様もご一緒なんですのね?」
「まあね」
コリンナ様も私達のテーブルに来て隣に座った。一気にテーブルが賑やかになって、さらに楽しい気持ちになった。やっぱり練習ばかりになってて誰かとのおしゃべりに飢えてたみたい。今日の私のお昼はこの前ノーラが食べてたお肉のソテー。今日はランチのメニューに入ってたんだよね。香草と一緒に焼いてあって付け合わせのお芋も美味しい!フィル様はこの前私が食べたチーズ入りのハンバーグ。コリンナ様は熱々のグラタンだった。本当にこの学園の食堂は美味しい食べものが多いなぁ。幸せ!
「そうですわ、これをご存知ですか?お二人とも」
しばらくの間の楽しい会話の後、コリンナ様がテーブルに置いたのは前にマーシーが持ってたあの赤い石だった。
「僕は知らないな。宝石?」
向かい側に座ったフィル様が石を手に取った。
「その石!おまじないの石ですよね?なんかマーシーが街で流行ってるって言ってました!」
「そう、ご存じでしたのね。セシリーさんはお持ちですの?」
「いいえ。街へ行くヒマが無いので」
流行りと聞いたら乗っておきたいところだったけど、お金も時間も余裕が無いんだよね。それに今は特にお願い事も無いから要らないかな。
「それは良かったですわ。実はこれ、あまり良くないものらしいんですのよ」
コリンナ様が指先で赤い石をつついた。
「え?そうなんですか?」
「わたくしのお友達に闇の聖地の方がいるのですけれど、その方が教えてくださったんですわ。詳しいことはわかりませんけれども、セシリーさんも関わり合いにならない方がいいですわ」
「闇の聖地?」
コリンナ様って交友範囲が広いんだね。この前は花の聖地のことも話してたっけ。凄いなぁ。貴族の人達って国を超えて友達ができるんだ。
「闇の聖地は深い森の中にある聖地だね。闇の精霊が多く住まう土地で、古くから魔術や呪術の文献を収集し封印してきた研究機関もある場所だ」
「闇の精霊様に呪術の収集と封印……」
闇の精霊様って、淡い光を放つ穏やかな精霊様だったよね。星の聖地にはあまりいないけどたまに見かけることがある。闇の精霊様って言っても怖い精霊様じゃなくて、夜の闇を司る精霊様で月の光の精霊様と仲が良かったりするらしい。
「幸いにもこのまじないはそこまで強力なものではないらしいですけれど、もっと強い呪術の方法が持ち出された形跡があるとおっしゃってましたの。ですから怪しげなものには決して関わらないでくださいましね」
もっと強い呪術?!なにそれ、恐い……。
「あ、マーシー!」
赤いおまじない石が良くないものなら、マーシーにも教えてあげなくちゃ!
「持っている人がいるのなら、手放すように勧めた方がいいかもしれないね」
フィル様が眉をひそめてる。私の隣ではコリンナ様がうんうんと頷いてる。
「はい。そうします!」
急いで食事を終わらせて、マーシーとノーラを探した。食堂にもカフェテリアにも教室にもいない。ヴィオラの練習室にいるのをやっと見つけた!
「良かった!マーシー!」
ドアをノックしようとしたら手首を掴まれて止められた。
「待って、セシリー」
「ノーラ!ノーラもいたんだ!あのね、マーシーに話したいことがあるの!」
「マーシーは受験の練習で忙しいんだ。話なら私が聞くよ」
「え……マーシーも受験、するの?」
「ああ。推薦状が揃ったからね」
「そ、そうだったんだ。知らなかった……」
生徒達の中には受験を急ぐ生徒達に批判めいた視線を向ける人がいるらしい。だから、秘密裡に話を進めてたんだって。知らされてなかったことはショックだったけど、今はそれどころじゃない。
「あのね、マーシーに伝えて欲しいの。あのおまじないの赤い石のことだけど」
「ああ、あれね。あんなものに頼らなくてもマーシーなら大丈夫なのにね」
呆れた口調で話すノーラに危機感はないみたい。知らないなら無理も無いよね。
「そうだよね。私もそう思う。それにあれってなんか危ないものらしくて。だから手放すように伝えてもらえる?」
練習の邪魔はしたくなかったから、ノーラに頼むことにした。
「わかった。マーシーに伝えておくよ。ほんとに困ったもんだ。セシリーも練習頑張ってね」
「うん。えっと、ノーラは受験しないの?」
「私?私はいいよ。まだ来年もあるしさ。そんなに無理しなくてもいいでしょ」
「そっか」
ノーラのおおらかでゆったり構えてるところ、私は好きだなぁ。
「じゃあマーシーのこと、お願いね」
「わかった!」
ノーラはマーシーのことをとても大切に思ってるから任せておけばきっと大丈夫だよね。ホッとして私も練習に戻ったんだ。
「でも、私にくらい教えてくれてもいいのにな」
その夜ベッドの中でうつらうつらしながら考えた。
「私なら批判したり、誰かに話したりしないのに」
私は二人に相談したのに、ちょっと寂しい。
「セシリー!やっほー!」
冷たい風と一緒に窓からゲイルが入って来た。
「あれ?ゲイル!なんか久しぶりだね」
かけ布団をかぶったまま体を起こした。ちょっと寒い。
「そう?そうかな?そんなこと無いんだけどなー。セシリーが病気の時も来たよ?」
「え?来てくれたんだ。もしかしておでことか冷やしてくれた?」
あの時ゲイルがいたって思ったのは夢じゃなかったんだ。
「うん。あと悪いものとった!」
「悪いもの?病気を治してくれたの?」
それで朝起きた時、体が軽かったんだ!
「精霊様ってすごいね!病気も治せるんだ!」
「んー?病気は治せないー」
「え?でも悪いものをとったって、病気を治したんじゃないの?」
「んんー……よくわかんない」
同じことじゃないのかな?私にもよくわかんないや。だからもう一つ気になったことを聞いてみた。
「ゲイルは精霊の世界とこっちを行ったり来たりしてるんだよね?」
「うん、そうー!向こうに行ってすぐこっち来てるー」
「すぐなの?」
「そう!」
精霊様と私達とでは時間の感覚が違うのかな?
「じゃあ、僕行くねー!」
「もう行くの?」
「うん。ちょっとパトロール!」
「パトロール?」
精霊の世界の警備兵をやってるの?尋ねる前にゲイルはあっという間に私の部屋から姿を消してしまった。
「うーん、慌ただしい精霊様だなぁ……」
それからしばらくしてポロス学園は冬休みに入り、楽しいはずの年末年始も全て練習で終わった。
そして受験の日の朝がやって来た。
「うー……よく寝たー!今日の朝ご飯は何かなー」
机の上にはたくさん読んだ対策問題集と楽譜、いつも身に付けてるアイオルニアのペンダント。ペンダントにはリュラ―のケースの鍵もくっつけてある。制服に着替えて身だしなみを整え、リュラ―のケースに問題集と楽譜を入れて手に持った。
「この前の貝のスープ美味しかったな。また食べたいな。この貝も食べられるのかな?」
星まつりを頑張ったご褒美のペンダント。試験に受かったらまた何かアクセサリーを一つ買っちゃおうかな。そうやって一つずつ大切な良い思い出の記念を集めていくのも楽しいかもしれない。
少し緊張はあるけれど、いつもの朝のような穏やかな気持ちで寮の自分の部屋を出た。大丈夫。私の音楽は精霊様に喜んでもらうため。いつも通りに演奏すればいいんだ。朝ご飯もしっかり食べて、試験会場である岩のステージ、星の音楽団の拠点がある星音の宮へ向かった。
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