大変なことになってた
来ていただいてありがとうございます!
暗くて寒い部屋の中、私の体、特におでこが熱かった。久しぶりに体がだるい。熱が出てから二日目の夜。急に部屋の中に懐かしい故郷の風が吹いた。
ああ、ほっぺたもおでこも冷たくて気持ちがいい……
私は久しぶりに故郷の地にそびえる山々の夢を見ていた。
「苦しいの?セシリー病気?…………なにこれ?」
ゲイルの声が聞こえたような気がするけど、夢だったかもしれない。
「治ったっぽい?」
熱を出してから三日目の朝、すっかり全快した私は学園に登校した。寮母のマーガレットさんやエイミーはもう一日休んだ方がいいって言われたんだけど、本当に体が軽いし頭もすっきりしてるんだよね。いやぁ、二日も学校を休むなんて経験が無いから落ち着かなかったわ。昔から風邪なんてひいても一日で治っちゃうほど丈夫だったから。
「セシリー、もう登校して大丈夫なの?」
「風邪ひいて高熱を出したってエイミーから聞いてたけど」
教室に入るとマーシーとノーラが心配して声をかけてくれた。
「うん。もう大丈夫!熱を出すなんて久しぶりで、驚いちゃった。あははは」
「大丈夫なら良かったわ」
「いつも通り元気そうだ」
「えへへ、心配してくれてありがとう」
「セシリー!おはよう。もう体はいいの?」
席に着くと後から教室へ入ってきたフィル様も声をかけてくれた。フィル様はたぶん朝練の後だろう。
「フィル様、おはようございます!もう平気です」
「そう、良かった」
うーん、フィル様が微笑むと周りの女子生徒達がざわつくなぁ。普段は無表情なことが多いけど、柔らかな笑顔の時は大精霊様にも劣らない神々しさだから、無理も無いよね。
「フィル様、お見舞いありがとうございました」
周りに聞こえないようになるべく小さい声でお礼を言った。フィル様からフルーツゼリーをいただいたんだ。
「わざわざ寮まで届けていただいてすみません。美味しかったです」
「熱を出したって聞いたから、果物なら大丈夫だと思ったんだ。食べられたのなら良かった」
エルベ先生から連絡事項を伝えられた後、それぞれの教室へ移動する。今日は久々にリュラ―に触れるから嬉しくて仕方ない。久々といっても二日ぶりくらいだけど、なんだかずっと弾いてなかったみたいな気がする。
「セシリーはご家族と離れて暮らしているから大変だね」
「いえ、寮母さん達が代わる代わる様子を見に来てくれたので安心できました。私って昔から丈夫で、熱を出しても食欲が落ちないし、すぐに治っちゃうのに今回は二日も寝込んでしまってびっくりしてます」
そもそも風邪をひいたのも突然で、のどが痛いとかの予兆もなくて不思議な風邪のひき方だったなぁ。
「本当に大丈夫?」
心配そうなフィル様の顔が覗き込んでくる。あ、フィル様の手、大きくて冷たい……っておでこに手がっ!
「本当だ。熱はもう無いみたいだね。まだ顔が赤いみたいだけど」
いやそれはフィル様が触ってるからで!男の人に触れられるなんて、小さい頃のお父さん以来無いんですが?フィル様にとって私って家族みたいなものなのかな?
「おー!治ったなセシリー。良かった良かった!いい知らせがあるぞ!」
廊下を歩いていたらエルベ先生が追いついて来た。先生は人気者だから、よく女子生徒達に捕まって教室でおしゃべりしてるんだよね。あれ?先生がやたらニコニコしてる?なんか嫌な予感がする。そしてその予感は当たってしまった。
「受験命令?」
なんと今度の星の音楽団の入団試験を受けなければならなくなったらしい。
「そうだ。『さる高貴な方』からのな」
「誰なんですかそれ?学園長ですか?どこかの貴族の方ですか?それとも、まさか……国王陛下とか?」
「残念だが、今は言えないんだ。試験が終わればわかるよ」
「そんな!受からなくても知りませんよ?私が恥ずかしいだけですよ?!調子づいて受験して落ちた私の名誉は誰が責任を持って回復してくれるんですか!!」
パニックになって猛抗議したけど無駄だった。さる高貴な方って誰なのよー!無責任すぎる!!
「セシリー、落ち着いて。僕も一緒だから。一緒に頑張ろう」
フィル様の言葉と肩に置かれたぬくもりに我に返った。
「え?フィル様もなんですか?」
「僕の場合は父からの命令だけどね」
「伯爵様から……」
じゃあ、高貴な方っていうのはそれ以上の身分の方?どっちにしてもバリバリ平民の私には逆らえそうにない。せめて名前を明かして私に恨まれてよ!!……はぁ……。
「こうなったら必死でやるしかないですね……。あ、ジョディ―さん達に謝らないと」
せっかく誘ってもらったけど、これから練習漬けになるから演奏会には出られそうにない。それどころか初雪の演奏会があっても聞きに行けそうもない。それに星降り亭の演奏会も無理だわ。
「それなら、僕がもう伝えに行ったよ」
「え?そうなんですか?」
フィル様は私が風邪で休んだ日にすぐに星音の宮に行ってくれたそうだ。
「オズホーンさん、ものすごく喜んでた」
フィル様が苦笑いしてる。
「来年からは好きなだけ一緒に演奏会ができるーっ!って」
「ジョディ―さん、気が早いです……」
もう泣きたい……。更に逃げ場を失った感じ。
「よーし!話はまとまったな。じゃあ、受験用の曲をさっさと決めて練習していくぞ!」
エルベ先生はやたら張り切ってるけど、私は熱がぶり返しそうだよ。
「全然まとまってません……はぁ」
「こうなったら仕方ない。お互い頑張ろう、セシリー」
「はい……そうですね……」
フィル様と私は同時にため息をついた。
私達の授業はエルベ先生に楽譜を渡されて、それを練習してある程度習熟したら試験という形でその曲をエルベ先生や他の先生に聞いてもらい、合格が出たら次の曲の楽譜を渡してもらい、練習するの繰り返しだ。時々他の楽器の人達との合奏という形もとるけど、私の場合はフィル様との合奏が多かった。
渡される楽譜は精霊様を讃える曲、つまり星の音楽団で演奏される曲ばかり。だから受験用の曲の準備はある程度できていることになっていた。
「だから、大丈夫だって言っただろ?特にお前達は上達が早かったから、三曲なんて選び放題だぞ?」
「後は僕達の気持ちの問題という事ですね」
とりあえず、フィル様の教室でエルベ先生と三人で相談し合ってやる楽曲を決めた。曲は被らない方がいいそうなので、私とフィル様の曲はバラバラだ。
「後は筆記試験だが、これは一般的な精霊の知識があれば問題無い。一応対策問題集を学園で用意してあるから、これに目を通しておけ」
筆記試験用の対策もあるんだ。良かった……。
「って、分厚い!!重い!!」
エルベ先生に手渡された問題集はゆうに教科書二冊分はあった。ちょっと、こんなに範囲が広いの?!やっぱり私にとってはこっちが一番の難関かも……。私は目の前が真っ暗になった。
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