冬の日
来ていただいてありがとうございます!
※前半フィル視点、後半ノーラ視点です
「今日は冷えるな」
セシリーが寝込んでいる。昨日咳こんでいたからすぐに寮まで送っていったが、その後熱を出したとエイミー・アダムズ嬢が教えてくれた。
「なにか差し入れでもしようか。確か果物が好きだったよな」
ポロス学園の生徒は朝登校して一度それぞれのクラスの教室に集まる。そこで連絡事項を担任から聞き、二年生はそこからそれぞれ器楽や声楽の授業になる。午前中はほぼ個人練習になるが、午後には第二楽器の授業が週に何回かとクラス合奏の練習が入ることもある。放課後は勿論自由時間だが、二年生の夏休み明けからは音楽の道を目指す生徒達は練習漬けに、そうでない生徒達は街へ遊びに行ったり早々に帰宅したりと行動は二分する。大部分の生徒が音楽以外の道を選ぶため、教室内は朝の教室は一年生の頃とは違ってかなり賑やかだ。
セシリーがいない教室は寂しい。賑やかな分一人で取り残されたような気持ちになる。貴族の友人もいるから決して孤独という訳じゃない。そもそも一年前までは誰かと一緒に行動することが煩わしいとさえ思っていたのに、こんなにも自分が変わるとは。不思議な感覚だった。
エルベ先生からの話が終わりそれぞれの教室へ移動するために教室を出た。今日は午後は第一楽器の練習だ。いつもなら放課後はそのまま個人練習に入る所だが、街へ行ってセシリーへの見舞品を買おう。あまり遅くに訪ねても寮の職員に迷惑だろうから。考え込んでいると廊下で声を掛けられた。
「おはようございます」
振り返ると一人の女子生徒が小走りでついて来ていた。
「あの、オルブライト様、良かったら今度私と一緒に演奏していただけませんか?」
「え?」
この生徒はセシリーとよく一緒に喋ってる友人の……確かマーシーと呼ばれていたな。マーシー・プラット。そして少し後ろにはあのノーラ・ヒルズもいた。セシリーと一緒に星降り亭で働いている二人。星降り亭で下宿もしているとか。マーシー・プラットはともかく、ノーラ・ヒルズにはいわれのない文句を言われた(セシリーが)のもあって良い印象は無い。ああ、思い出した。プラット嬢には一年生の時に何度も声を掛けられていた気がする。あの時はまだクラヴィーアを専攻させられていて、ハープを弾けなかったからやさぐれていた時期だったから、自分でも周囲に対する態度が悪かったなと少し恥ずかしくなった。
「その、最近よく星降り亭にいらっしゃってくださってるし、新年の演奏会に是非ご一緒に!」
「新年の演奏会……」
そういえば、今年の年明けにセシリーが星降り亭の前の広場で演奏をしているのを聞いたっけ。精霊達がとても喜んでいたのを思い出して顔がほころんだ。本当に彼女は精霊に好かれている。たぶん彼女が精霊を好きだからだろう。
「…………あの、どうでしょうか?」
「悪いけど今回はお断りするよ、プラット嬢」
「え?!そんな……でも、そうだ!セシリーも一緒ですよ?それでもダメでしょうか?」
セシリーと一緒という言葉に心が揺れたけれど、安請け合いはできなかった。
「申し訳ないけれど、この先少し忙しくなるかもしれないんだ。すまない」
「え、あの、どうしてでしょう。この先目立った学園行事は無かったと思いますけれど」
「そうだよね。セシリーだって来るのに」
ここでノーラ・ヒルズも会話に参加してくる。食い下がって来る二人に少しだけ苛ついたけど、極力顔には出さないようにした。
「本当に練習時間が無いんだ」
実は父から星の音楽団の入団試験を受けるように手紙が来てしまったのだ。来年初めの試験を受験することになりそうだ。急ごしらえの対策で受かるとは思えないけれど、父の命令には今は逆らえない。内密にする必要は無いけれど、無駄に騒がれるのは御免だ。そう思って無難に家の用事があるからと答えておいた。二人はまだ何か言いたそうにしていたが、もう勘弁してほしいというのが正直な感想だった。
「オルブライト!ちょっと来てくれ!」
ちょうどいいタイミングで教室から出てきたエルベ先生が声をかけてくれた。エルベ先生は生徒達からの信頼も厚く人気があるので、いつも朝の教室で生徒達に捕まっていておしゃべりに付き合っている。そのため他の職員達より職員棟に戻るのが遅いのだ。
「先生が呼んでいるので失礼する」
彼女達はまだ話し足りないようだったので助かった。エルベ先生と廊下を一緒に歩きながら、小声で会話する。
「お父上から連絡があったよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いや、こっちは助かるよ。それで?入団試験は受けるんだろう?」
「はい。そういう事になりそうですね。準備不足でとても受かるとは思えませんが」
「お前達なら大丈夫だよ」
「お前達?どういうことですか?僕はともかくセシリーは受験しないでしょう?」
「恐らくセシリーも受験することになる」
「どうしてですか?」
「さる高貴な筋からの要請があってな。俺達も逆らえないんだよ」
「…………」
エルベ先生が言葉を濁すということは、王家かそれに類する関係者からの要請か。一体アクロアイト王国に何が起きているんだ?
「セシリーはそれを知ってるんですか?」
「いや。あいつは今風邪で寝込んでいるんだろう?治ったらすぐ受験対策だな。今年は年末年始は無いな、俺達は。ははは」
「笑い事ではありませんよ……」
セシリーも病み上がりに災難だな。戸惑う顔や困り顔が頭に浮かんでくる。やっぱり何か美味しいものを差し入れに行こう。そうだ。オズホーンさん達にも事情を説明しなければ。ついでに星音の宮へ行ってこよう。手紙よりもその方が早いだろう。
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「何?今の話……セシリーとオルブライト様が入団試験を受けるの?三年生になってからじゃなくて?どうして?」
マーシーの手はネックレスの赤い石を握り締めてふるえてる。マーシーがあの石にかけた願いはノーラには想像がついていた。
「せっかく今のオルブライト様となら仲良くなれると思ったのに」
朝の光が差し込む廊下。マーシーのいる場所は影になってその光が届いてない。
「もう一度お願いしてみる!」
ノーラとしてはセシリーの名前を出して断られた時点でオルブライトの事は完全に諦めていた。そもそもオルブライトの事はどうでも良かった。
「そろそろ教室に行かないと遅刻になっちゃうぞ」
声をかけたがマーシーは走って行ってしまった。
「もう、仕方ないなぁ」
マーシーがオルブライトを追いかけて行った先で、エルベ先生との会話をノーラも聞いてしまった。
(へぇ、セシリーとオルブライトは今度の入団試験を受けるんだ。しかも受験を勧められてるのか、凄いな。さすが精霊に気に入られてるだけある)
「もし、二人とも受かっちゃったら……そんなことになったら、ますます遠くなっちゃう……どうしてセシリーだけ……」
一緒に星の音楽団に入れれば、将来結婚することだって夢じゃない。フィル・オルブライトはともかく、セシリーにはフィル・オルブライトとどうになかりたいっていう気持ちは無いみたいだし、今のうちに少しでも距離をつめておきたかったのだろう。マーシーはかなりショックを受けてるようだった。
(それがモチベーションになるなら、それはそれでいいと思ってたけど……。そうもいかないみたいだね。マーシーのヴィオラは本当に凄いのに、最近は練習に全然集中できてないのは困ったもんだね。いくら流行ってるからってあんな子ども騙しのおまじないにまで頼っちゃって……)
「はぁ…………」
青い顔で立ち尽くすマーシーを横目で見てノーラはため息をついた。ノーラはマーシーの手の中の赤い石が暗く澱んでいくのに気が付いていたが、特に何も言わなかった。
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