冬の始まり
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「なんだか最近イヤな匂いがする」
朝と夜には厚手の上着をはおらないといられなくなってきた頃、ゲイルがボソッと呟いた。
「えっ?!私、臭い?!そんな……さっきお風呂に入ったばかりなのに!」
慌てて腕や髪の匂いを確かめる。一応石鹸とかの良い匂いしかしないけど、自分の匂いって自分じゃわからないもんだって食堂のおばあちゃんがよく言ってたのを思い出した。
「どうしよう……全然気が付かなかった。そんなに気になる?ゲイル」
ゲイルは窓の近くから私の方へトコトコと歩いて来て、顔を摺り寄せフンフンと匂いを嗅いだ。
「セシリーは良い匂いの方」
「良かった……」
「イヤなのは街の方からくる」
「誰かが生ゴミでも放置してるのかな」
生ゴミは街の外の荒地に穴を掘って埋めなきゃダメなことになってるんだけどな。
「そういうんじゃなーい」
「違うの?」
「よくわかんない。けどなんかヤダ。今日はもう帰る」
「そうなの?またね、ゲイル」
「うん。またねーセシリー」
ゲイルは夜の闇へ消えて行った。
そしてそのまましばらくの間姿を見せなくなってしまったのだった。
「マーシ―、それ綺麗な石ね」
「ああ、これ?」
マーシーが手にもって眺めていたのはとても澄んだ赤い色の石だった。凝った装飾の金具がついている。
「宝石?それともお守り石?」
「ううん。違うわ。これ今流行ってるおまじない石なのよ」
「おまじない石?」
「そう。これにお願いすると一つだけ叶うんですって」
「へえ、そうなんだ。今そういうのが流行ってるのね。知らなかったわ」
「おーい、掃除中だよ?二人とも手を動かしてよ!」
ほうきを持ったノーラが歩いて来た。そうだった!星降り亭は今ディナータイム前のお掃除時間。急いで終わらせないといけないんだった!
「なんだ、マーシーったらこんな所にまで持ってきてるんだ、そのペンダント」
「だって、お願いをかけ続けなきゃいけないんだもの」
「ノーラも持ってるの?」
「いや、私はそういう子ども騙しみたいなのはちょっとね」
「ひどーい!ノーラったら!セシリーはわかってくれるわよね?」
「そうね。リオ村でもおまじないはよくやってたわ。紙に好きな人の名前を書いて枕の下に入れるとその人の夢が見れたり告白されたりするとか……」
「あー!あったあった!そういうの!何?セシリーもやってたの?」
ノーラがからかうように尋ねてくる。ノーラはおまじないとか全然信じてないみたい。
「ううん。ロージーが、妹がやってたわ。結構効果があったみたいよ?朝、幸せそうに起きてきて報告してきたわ。その時は本に出てくる王子様だったけど」
「え?!そうなの?」
「ほら!やっぱり効くのよ!ノーラったら全然信じてくれないんだもん!」
「ああ、ごめんごめん!ほら、それより早く掃除しないとマズイって」
ノーラが後ろをちらっと見た。ほんとだ!厨房のマダムクックがこっちを覗き込んでる!あの人は普段穏やかだけど怒らせるとすごく怖いんだ。マーシーも私も慌てて掃除を再開した。
「願いを叶えるおまじないかぁ……。今は特に無いからいっか」
窓枠のほこりを拭きとりながら、曇り空の街を眺めた。雨が降りそう。最近は寒くなってきたからもしかしたら雪になるかも。掃除を終えたら寄り道しないですぐに帰ろう。
翌日は冷たい雨。初雪にはならなかった。つまり星の音楽団の初雪の演奏会はお預けってことだ。うーん、残念。
「セシリー?どうしたの?窓の外を眺めて。ずっと窓を開けていたら風邪をひくよ?」
「すみません!フィル様。寒いですよね。すぐ閉めますから!」
今日は第二楽器の授業がある日。普段はエルベ先生が来てくれるけど、今日は先生に頼まれたフィル様が見に来てくれて、指導してくれた。ハープの演奏にもだいぶ慣れてきて、演奏会に出ても大丈夫だって言ってもらえて嬉しかった。
「ご自分の練習もあるのにありがとうございました」
「セシリーは上達が早いね。驚いてしまうよ。そうだ、オズホーンさんからまた一緒に演奏会をしようって手紙が来てたね」
「はいっ!またご一緒できるなんて嬉しいで……こほっ……っこほん、こほん……」
「どうしたの?!風邪をひいたのか?」
「すみません。どうしたんだろう……急に」
それからも咳が止まらなくて、結局その日は早退することになった。
「送っていくよ」
断ったんだけど、フィル様は寮まで私を送ってくれた。私はその夜から熱を出してしまって何日か寝込むことになってしまった。寮母のマーガレットさんが薬と消化にいいお粥を用意してくれてありがたかった。熱なんて小さい頃以来出したことなかったのにな。暗い部屋の中、ベッドの上で雨の音を聞きながら眠りについた。
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