友達 四
「やったね、愛嘉理!きっとこれからもっと増えてくよ!」
吾生は元気良く尻尾を振りながら、自分のことのように喜んだ。
「そうだと良いな。」
「うん!愛嘉理なら、世界中の人とだって友達になれるよ!」
両手を一杯に広げて力強く言う吾生に、愛嘉理は自信なさげに笑った。
「そ、それはちょっとハードルが高い気が…。」
「高いも何も、はーどるなんかないよ。愛嘉理の思いは、きっとどんな存在にも届くはずさ。」
「わ、分かった。」
拳を握り締めて真剣な顔で熱弁を振るう吾生の前で、愛嘉理は堪えきれず笑みを漏らした。
「…。」
「ご、ごめん。吾生は、横文字が苦手なんだね。それが何だかおかしくて…。」
拳を開き困ったように愛嘉理を見詰める吾生に、愛嘉理は詫びた。
「…僕はこの村でしか過ごしたことがないから、最近使われるようになった他所の言葉は難しいんだ。」
口を尖らせる吾生に、愛嘉理は笑った。
「神様にも、苦手なものがあるんだね。何か意外だな。」
「僕にだって、それくらいあるよ。」
「そっか。」
完璧でどこか遠い存在に感じていた吾生に親近感を覚えて、愛嘉理は少し嬉しくなった。
「…酷いなぁ、喜ぶなんて。」
「ごめん。でも何か距離が縮まった気がしたら嬉しくて、つい…。」
困ったように笑う吾生に謝る一方、しかし愛嘉理は納得が行かないと言った様子で少し口を尖らせる。
「でも吾生こそ、そういうの全部分かってるくせにそんなこと言うなんて。」
「ふふ、ごめんね。でも、もうそろそろ分かったでしょ?」
「何が?」
悪戯な笑みを見せる吾生の問い掛けの意図が、愛嘉理には全く分からなかった。すると、吾生は一層その表情を深めた。
「僕は、愛嘉理が思うような完璧な神じゃないってこと。」
「…そうみたいだね。でも、私はその方が良いかも。」
「意地悪でも?」
「それはどうか程々でお願いします、神様…!」
「どうしようかな…?」
両手を合わせて願う愛嘉理に、吾生はわざとらしく考える素振りを見せる。
「もう、何で吾生と言い繋くんと言い私に意地悪するのかなぁ…。」
「ふふ、それは愛嘉理が可愛いからだよ。」
「…?」
「あの、もしかしてからかってる…?」
困惑する愛嘉理に、吾生はわざとらしく驚いて見せた。
「まさか、本当のことだよ。」
「…?」
「繋の気持ちが、僕にはよく分かるよ。愛嘉理は思ってることがすぐに顔に出るから、それがすごく可愛いし飽きないんだ。真面目で純粋な分、尚更ね。」
「何か複雑だなぁ…。」
愛嘉理は、素直な気持ちを述べた。
からかわれるのは、困る。嫌われて罵られることには慣れても、愛されてからかわれた経験はない。上手いやり方を自分は知らないのだ。
愛嘉理が頭を掻いていると、吾生は微笑んだ。
「ふふ、一緒にいると楽しいってことだよ。」
「物は言い様だね…。」
口ではそう言うものの、しかし考えてみれば自分の言葉が吾生の感情を動かした時、愛嘉理は少し擽ったい気持ちになる。そしてそれは、もっと色々な表情を拝みたいという背徳感を伴う衝動となる。それなら少しは分かる気がする、と愛嘉理は思った。
「でもそれで言ったら、吾生だって似たようなものだよ?」
「じゃあ僕や繋の気持ち、少しは分かるんじゃない?」
愛嘉理のささやかな反撃に、吾生は余裕のある表情で返した。
「まあ、全く分からないとは言わないけど…。」
敢えなく引き下がる愛嘉理に、吾生は堂々と言う。
「良いよ、僕は。愛嘉理になら、意地悪されても。」
「な、何言ってんの…!」
恥ずかしげもなく笑う吾生に、赤面する愛嘉理。
「ふふ、そういうところ。やっぱり可愛いなぁ、愛嘉理は。」
子供扱いをするように軽く頭をポンポンと叩く吾生に、愛嘉理は困窮の呟きを落とす。
「…神様らしくない方が良いなんて、言わなきゃ良かったかなぁ…。」
「本当に?」
吸い込まれそうな程透き通る深海の瞳に見詰められると、やはり愛嘉理は敵わない。敗北を認めるように俯く愛嘉理に、吾生は優しく微笑んだ。
「…そう言えば、もしかして澄風さんも横文字が苦手だったりするの?」
「ん、どうかな?」
暫くして復活した愛嘉理の問いに、吾生は顎に手を当てて考えた。
「ああ見えて好奇心旺盛だし、もしかしたら愛嘉理よりも堪能かもしれないよ?」
「それはそれで面白いね…!」
ニヤリと笑う愛嘉理に、吾生も同じ表情を浮かべる。
「僕も少し聴いてみたいかも。折角だし、澄風のところへ行ってみようか。」
二人は、澄風河へと向かった。
「横文字?まあ、人並みには知っていると思うが?」
土筆が顔を出す河辺に佇んでいた澄風は、二人の問いにそう答えた。するとそれを聞いた愛嘉理は、身を乗り出す。
「本当ですか?じゃあ、水を英語でお願いします!」
「確か、うぉーたーではなかったか?」
愛嘉理と吾生の二人はそれを聞いて顔を見合わせると、堪えきれないとばかりにクスクスと笑った。
「…む、何がそんなにおかしい?」
怪訝な顔で訊ねる澄風に、吾生は愉快そうに答える。
「やっぱり澄風も僕と一緒だね。」
「どういう意味だ?」
「他所の言葉の発音が苦手ってことさ。」
「そういうことか。まあ、無理もないだろう。」
ようやく得心行ったという様子で溜め息を吐く澄風に、吾生は頷いた。
「僕も愛嘉理にそう言ったよ。でも、どうにもそれがおかしくて仕方ないんだって。」
「失礼な奴だな。」
「ごめんなさい。でも親近感が湧いて何だか嬉しかったのもあって、つい。他意はなかったんですけど、澄風さん、怒ってます…?」
愛嘉理が頭を下げ恐る恐る訊ねると、澄風はふんっと鼻を鳴らした。
「そんなことで怒る程、私は小さくないぞ。寧ろ、そう思われることの方が心外だ。」
「あ、ありがとうございます。」
「僕からも謝るよ。ごめんね、澄風。」
「だから、もう良いと言っているであろう。」
澄風は、呆れた様子で言った。
「そう言えば、澄風さんに一つお訊きしたいことがあるんですけど…。」
「何だ?」
愛嘉理の突然の問いに、澄風は首を傾げた。
「自分のことを精霊って言うのは、何でですか?私から見たら、河の神様なのに…。」
「良い質問だな。」
澄風は、感心したとでも言いたげな顔をした。
「愛嘉理は、八百万の神は知っているか?」
「すべてのものに神様が宿るって概念ですよね。」
「うむ。それに基づくなら、私は神ということになる。しかし所詮、私はただの河だ。人間が想像するような大層な力など、持ってはおらぬ。だから人間が生み出した存在として精霊や化身、または河の主などと名乗っているのだ。」
澄風は、少し悲しげに溜め息を吐いた。
「でも吾生や繋くんから、澄風さんは虹の正体だと聞きました。虹を架けることができるなんて、すごいと思いますけど…。」
「虹は元々そういうものだ。河や海の化身が雨上がりの晴れた空を駆ければ、それが人間には虹に見える。ただそれだけのことさ。」
そんなことは取るに足らないとでも言うような様子で、澄風は答えた。
「ね?この前言った通り、澄風は意外と謙虚でしょ?」
二人のやり取りを見て困ったように笑う吾生に、愛嘉理は頷いた。
「そうだね、確かに意外だったな。」
「ふん、意外で悪かったな。それに私は謙遜しているつもりはない。すべて本当のことさ。…少なくとも私にとってはな。」
澄風は、少し悔しそうな顔をした。




