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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
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友達 三

「…澄風さんは、とても優しくて面白い神様だね。」

二人を見送った後、揺れる木漏れ日を眺める愛嘉理の言葉に吾生は微笑んだ。

「そうだね。いつも僕のことを気に掛けてくれるんだ。本当に感謝してるよ。」

「そっか、大切な存在なんだね。」

「うん。」

吾生は深く頷くと、悪戯な笑みを浮かべた。

「澄風はね、あんなに尊大な態度だけど実はとても謙虚なんだよ。」

「どういうこと?」

「そのままの意味だよ。自分のことが大好きなのは本当だけど、その一方で無力感に苛まれてたり。態度と裏腹な思いが結構あるんだ。」

「本当は人間のことが好きだったり…?」

「そう、何だかんだ優しかったりね。そこが澄風の魅力でもあるんだけど、何だか他人事には思えなくて…。」

愛嘉理には、吾生が少し悲しそうな顔をしたように見えた。

「吾生にも、隠してることがあるってこと?」

「え?ああ、うーん、どうかな…?」

誤魔化す吾生に、愛嘉理は真剣な眼差しを向ける。

「言いたくないなら、言わなくても良いよ。でも吾生がそうしてくれたように、私も吾生の力になりたいんだよ。それだけは忘れないでね。」

「うん、ありがとう。」

吾生は儚げに笑った。


「人見さん、ちょっと良い…?」

「えっと、はい…?」

放課後の玄関で見慣れない女子の集団に呼ばれ、愛嘉理は戸惑うように返事をした。風貌から察するに、先輩のようだ。愛嘉理を呼んだ集団の女子はそのどれもが険しい顔付きで、明らかに友好的ではなかった。

「ねえ、あれ何だろう…?」

愛嘉理が人気のない体育館の裏に連れて行かれる様子を偶然見付けた同じクラスの女子二人は、ただならぬその雰囲気に興味を持った。

「もしかして、あのことかな?」

「ああ、世渡先輩のこと?だったら、良い気味じゃない?」

「だよね。世渡先輩はああ言ってたけどさ、やっぱりおかしいもんね。もしかしたら、何か弱味を握られてるのかもしれないよ。」

目障りなクラスメイトが先輩に制裁されるなら、一目見てやろうと二人は集団の後を追った。

「…分かってんでしょ?」

愛嘉理を壁際に追い込み囲む集団のリーダー格と思われる恰幅の良い女子が、青筋を立てて一歩詰め寄った。睨み付けるその目は、侮蔑の表情に満ちている。

目の前の人物が言う通り、愛嘉理にはこの呼び出しの理由が何となく分かっていた。しかしかと言って、その場凌ぎに謝ることは少しも考えられなかった。

愛嘉理が黙っていると、目の前の女子は胸ぐらを掴んだ。

「はっきり言わないと分からない?…調子に乗んなってことだよ。」

「どんな手使って仲良くなったか知らないけど、世渡先輩に近付くの目障りだからやめてくんない?」

「そもそも世渡先輩みたいな人があんたみたいな奴を本気で相手にする訳ないって、流石にそのくらい分かるでしょ?」

「あんた、自分が何て呼ばれてるかくらい知ってるよね?」

“化け物の子”。知っている。自分でもそれを否定できない。しかし自分がそう呼ばれることなど、繋にはきっと関係ないのだ。それは吾生も同じだ。だからこそ、友達になろうと手を差し伸べてくれたのだと思う。ならば、今この人達が言うことを認めることはできない。

口々に責め立てる女子達に一切申し開きをすることなく、愛嘉理は決意に満ちた瞳で堪え忍ぶ。

「黙ってないで、何とか言ったら?」

リーダー格の女子が、愛嘉理を乱暴に壁に押し付ける。

「…繋くんは私の大切な友達だから、貴方達の言う通りにはできません。」

愛嘉理は相手の目を見て、静かに宣言した。

「はぁ?何言ってんの?大切な友達なら、あんたが離れた方が良いって分かんないの?」

「繋くんがそう言ったんですか?」

「だから本人が言ってなくても分かるでしょ、そのくらい。」

リーダー格の女子が苛ついた様子で歯を剥くと、愛嘉理は静かに首を横に振った。

「私は繋くんに言われました。自分の中で勝手に完結するなって。不必要に自分を貶めることは、親しくしてる人達を貶めることと同じだって。」

「だから何?良い加減にしろよ!」

限界に達した女子が愛嘉理の顔を殴打すると、眼鏡が土を転がる音がした。

「…!」

露になった愛嘉理の瞳に、その場の誰もが不気味なものを見るように息を呑んだ。

汚いものに触ってしまったかのように、リーダー格の女子がようやく愛嘉理の胸ぐらを解放すると、愛嘉理は気丈に笑って見せた。

「繋くんは知ってます。でも私が嫌いで仕方なかったこの瞳を気にしないどころか、だからこそ良いって言ってくれたんです。」

「そ、そんな訳…。」

愛嘉理が目を向けると、女子の一人は少し怯えて目を見開いた。

「信じてくれなくても構いません。気が済まないなら、いくらでも私を殴ってください。でも私は、大切な友達を貶めたくないんです。だから、貴方達の言う通りにはできません。」

愛嘉理の言葉に、集団は沈黙した。

やがて暫くの間を置いて発せられた「…行こ。」というリーダー格の女子の一言で、集団は逃げるようにその場を立ち去った。


「愛嘉理、眼鏡やめたんだね。」

「うん、もう意味なくなっちゃったからね。」

顔に幾つかの絆創膏を付けた愛嘉理は、吾生の指摘に晴れ晴れとした表情で頷いた。燃え盛るその瞳は、まるでその顔に付いた傷をさながら勲章だとでも言いたげだ。

そんな愛嘉理に、吾生は微笑む。

「ふふ、そっか。前にも言ったけど、そっちの方が良いよ。」

「私も今は、前に吾生が言ってたことが分かる気がするよ。」

ニッコリと笑う愛嘉理に、吾生は分かりきった質問を投げ掛ける。

「景色が変わった?」

「こんなに鮮やかだったんだね、世界って。」

「そうだよ、綺麗でしょ?」

「うん!」

愛嘉理は元気良く頷いた。しかしその様子に、吾生は何とも言えない表情を浮かべた。

「でも僕、ちょっと悔しいよ。…と言うより、羨ましいかな。」

「…何で?」

心底不思議そうな愛嘉理に、吾生は子供のように口を尖らせた。

「だってそんなにぼろぼろになってまで、繋との絆を守り抜くなんて。」

「もしかして、やきもち?」

「秘密。」

吾生はぷいっと顔を背けた。

「もしも繋くんが吾生でも、私は同じことを言ったと思うよ。」

「同じことかぁ。」

吾生は、再び何とも言えない複雑な表情になった。その様子を理解しかねている愛嘉理に、吾生は無理に微笑みを繕った。

「ふふ、ありがとう。愛嘉理は優しいね。」

愛嘉理は少し顔を紅潮させると、小さな呟きを口にした。

「…吾生は?」

「ん?」

「言ってくれる?私のこと、大切だって。」

透き通る深紅の瞳を真っ直ぐに見据えて、吾生は笑顔で頷く。

「勿論。僕にとっても、愛嘉理は大切な存在だもん。」

「そっか、ありがとう。」

安堵するように、愛嘉理は笑った。


「やあ、眼鏡を外したんだね。吾生くんの言う通り、そっちの方が素敵だよ。」

いつものように昼食を摂っていると、錆びた重い扉の開く音と共に、見慣れた少年が現れた。

「繋くん。でも、学校の皆には…。」

「それで、相変わらずこんなところで一人ご飯を食べているのかい?」

繋は風のように笑った。

「まあ、教室にいるよりは良いかなって。」

「君の不安も、分からなくはないけどね…。」

弱々しく笑う愛嘉理の気持ちに寄り添うと、繋は真剣な眼差しを向けた。

「この間はありがとう。君の言葉、すごく心に響いたよ。」

正面から言葉を紡ぐ繋に、愛嘉理は笑って首を横に振った。

「思ったことを、言っただけだよ。それに私こそ、大切なことを教えてくれて感謝してるんだ。」

「そっか。それだけ友達を思える君に、友達ができない訳はないと思うんだけどな。」

「そんな単純じゃないよ。」

優しく微笑む繋を、愛嘉理は一蹴した。繋はそんな愛嘉理を見かねたように、溜め息を吐いた。

「君が諦めてるだけで、本当は仲良くなりたいと思ってる子がいるかもしれないよ。」

「…いないよ。」

「そうかな?」

「そうだよ。」

不毛な押し問答に、繋は首を横に振る。

「やれやれだね。実際に君に興味を持った子が、すぐそこにいるというのに。」

「え?あ、この間の…。」

繋の指差す方に目を向けると、そこには罰が悪そうに扉の前で佇む二人組がいた。

「この前のやり取り、偶々聴いちゃって…。でも、お陰で目が覚めたよ。」

「うん、今まで避けててごめんね。人見さんさえ良ければ、これから是非仲良くして欲しいんだけど…。」

「だってさ。どうする、愛嘉理ちゃん?」

二人の心の底からの謝罪に、繋はほら見ろとでも言わんばかりに笑う。

「わ、私こそ、友達になれたら嬉しいな…。」

愛嘉理がおずおずと申し入れると、二人は何度も頷いた。

「これからよろしくね!」

「こ、こちらこそ!」

差し出された手を取り、愛嘉理はぎこちなく笑った。

「同じクラスだし知ってるとは思うけど、私は君名(きみな) (つむぎ)。」

髪を後ろで一つに束ねた愛嘉理より若干背の高い少女は、しっかりとした口調で自己紹介をした。

「私は不知火(しらぬい) (ふれ)。」

髪を横で二つに縛った愛嘉理よりかなり背の低い少女も、舌足らずにそう名乗った。

「人見 愛嘉理です。」

二人に倣って愛嘉理も自己紹介をすると、触が身を乗り出して訊ねた。

「ねえねえ、愛嘉理って呼んでも良い?」

愛嘉理は少し恥ずかしそうに、小さく頷く。

「わ、私も名前で呼んでも良い?」

「勿論だよ!」

精一杯の勇気に快く首を縦に振って応える二人に、愛嘉理は少し喉の奥が熱くなるのを感じた。

「ありがとう!紡ちゃん、触ちゃん。」

「…良かったね、愛嘉理ちゃん。」

笑い合う三人にそう呟き、繋は静かにその場を立ち去った。

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