第九話 初めての魔導盤検証③
「なるほど、この定義ではダメですね……それなら今度はこちらの定義で試してみましょう!」
システィナは定義検証リストを見ながら言った。
「シ、システィナさん、本日はそろそろ終わりに致しませんでしょうか?」
疲れ果てたイズミの口調が数分前から壊れているが、システィナの勢いは収まりそうにない。
「イズミさん!もう少し、あともう少しだけ!今日はここまではやりますよ!ですよね?アベさん?!」
そう。システィナはハイになってしまったのだ。
さかのぼること二時間前、定義検証のため刻印魔法を連発していたシスティナの魔力が尽きてしまった。
慌ててイズミが工場長のもとに走り、状況を伝えたところ、『これを飲ませとけ!』と試作中の魔力&疲労回復ポーションを渡されたのである。
「工場長、あの試作ポーションを俺に渡しながら『実験体にちょうどいいな、ガハハハ!』とか言ってましたよ」
イズミは工場長の口調を真似しながらアベに言った。
「あれって中級なんだよな?……効果上振れてない?」
アベも若干引いている。結果的にシスティナが元気になったのはいいが、冷静に考えるとこれってハラスメント案件では?と思う二人だった。
「さっきから何をぼさっとしているんですか!早く次の検証始めますよ!」
「は、はい……」
システィナがフンスフンスと息巻きながら、アベとイズミに定義検証リストを見せてくる。
この定義検証リストとは、三人で内部用古代文字の定義になりそうな条件をひたすら箇条書きしたものである。そして現在、羊皮紙三枚にびっしり書かれたその条件のうち、ちょうど二枚目に差し掛かろうとしていた。
システィナの圧に負けたアベは、腹をくくり次の検証内容を確認することにした。
イズミはそれを見て晩御飯のことを考えるのをやめた。
「では次の検証ですが、先ほどと同じで効果範囲は魔導盤の入力と出力を除く全体、発動条件も同じく、条件が整ったときにすぐ反応するようにしてください。さらに今回は条件が崩れたら反応を落とすことも定義に加えてください」
「わかりました!ではささっとやっちゃいますね!」
システィナの指先が光り、魔導盤Bの定義の刻印を書き換えていく。
定義の刻印は下層にあるため、表面の模様には変化がない。
「終わりました。魔源石セットします!」
システィナの言葉を聞いて、イズミがスタンバイする。
「じゃあボタン触りますよー」
イズミが起動用魔石に触れる。
魔導盤Bの発光魔石が光る。
「じゃあ離しまーす」
イズミが起動用魔石から手を離す。
発光魔石は光ったままだ。
「もう一回触りまーす」
イズミがもう一度、起動用魔石に触れる。
発光魔石の光が消えた。
「……き、消えました!消えましたよ!」
興奮したシスティナが、両手で口元をおさえ、肩を震わせた。
「えぇ、これでようやく魔導盤Aの動作と同じになりましたね。起動用魔石に触れることで自己保持の回路が働き、もう一度触れると今回追加した内部用古代文字によって保持が切れる……ばっちりです!」
検証がうまくいった。
アベの口から言葉にされたことで、イズミとシスティナは本当に成功したことを確信する。
そして、三人は顔を見合わせてガッツポーズをした。
「お、その感じはどうやらうまくいったみたいだな」
工場長が狙いすましたかのように検証場所にやってきた。
「どうだ?特製ポーションが役に立っただろ?!」
工場長が得意げな顔でイズミに言った。
「……工場長、あれ調合ミスってないっすよね?システィナさんがおかしくなってますよ?!」
イズミがシスティナに聞こえないよう、こっそりと工場長に文句を言った。
工場長はそっとシスティナの方を向く。
システィナは羊皮紙に顔を近づけ、またもやフンスフンスと鼻息を荒げながら先ほどの検証結果をまとめている。
「ん?システィナは前からあんな感じだろ!気にすんな」
「工場長、それ本気で言ってんすか?」
イズミのジト目に耐えきれず目をそらす工場長。
「ま、まぁあれだ!今日はこの辺りで終わりにしよう。工場もそろそろ閉めなきゃいかんから、続きはまた明日ってことで。いいな?」
工場長が気を取り直してシスティナに声を掛けた。
イズミは、さっきまで変なポーション飲ませやがってと思っていたが、その評価を改めざるを得なかった。
「工場長!今いいところなんです!もう少しやらせてください」
「ダメだ、周りを見てみろ。お前はいいかもしれないが、アベとイズミはこっちの世界に来てまだ数日しか経っていないんだぞ。疲れて集中力が切れたら大きな事故につながる可能性だってある。それはお前もわかるだろ?」
「……はい、申し訳ありませんでした」
システィナは三人に頭を下げた。
「システィナさん一人が謝ることじゃないっす。時間を忘れるくらい、検証がうまくいったってことじゃないっすか!」
「そうですね。ようやく本当の意味で魔導盤のことがわかりかけてきたので、これは大きな進歩ですよ。システィナさんじゃなくても続きをやりたい気持ちはわかります。でも休息して頭の整理を挟むのも大事ですから」
工場長もうんうんとうなずいていた。
それから一通り片付けが終わったところで本日の作業はお開きの流れになったが、システィナはまだポーションの効き目が切れていないためか、残って今日の検証内容をまとめると張り切っていた。
そんなシスティナを遠い目で見つめる工場長には、本日中に処理しないといけない雑務処理がまだまだ残っていた……。
釜鳴り亭に向かってアベとイズミは暗い夜道を歩く。ここ数日、毎日のように日が落ちてから工場を出ているため、二人にとっては当たり前の景色になりつつあった。
「それにしても、工場長もシスティナさんもいい人でよかったっすよね」
不意にイズミがつぶやいた。
「そうだな。二人ともなんだかんだ協力してくれて、本当にありがたいな」
「俺たちのやってることが元の世界に帰れることに繋がるかは正直まだわかんないっすけど……二人の期待には応えたいです」
イズミのまっすぐな気持ちは、今のアベには少しまぶしかった。
「おっ?なんか良いこと言いました、みたいな感じ出すじゃん」
「いやいやいや!良いこと言ってるんですってば!」
◇◇
次の日、アベとイズミが再び検証場所に到着すると、魔導盤の周りをくるくる回っているシスティナがいた。
「あ!アベさんイズミさん、お、おはようございます……」
アベとイズミに気づいたシスティナが、二人のもとへ駆け寄ってきた。
「き、きき昨日は、お恥ずかしいところをお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「システィナさん、一体どうしたんですか?」
イズミが驚いて聞き返した。
「昨日、魔力回復用のポーションを飲んだあたりからでしょうか……なぜか気が大きくなってしまい、その、お二人にご迷惑を……」
「……あっ」
イズミの顔が引きつる。
それもそのはず、昨日システィナにポーションを渡すとき、イズミはシスティナの魔力切れに焦っていたため、試作品のポーションだということをすっかり言い忘れていたのであった。
一瞬助けを求めるようにアベを見たが、視線をそらされたため、イズミは覚悟を決める。
「システィナさん、落ち着いて聞いてください。実はですね……」
イズミは昨日のことをありのままに説明した。
その結果、落ち着きをなくしたシスティナに、イズミ、工場長、そしてアベまでもが説教される羽目となったのは言うまでもない。
……その後、何とかシスティナの機嫌も直り、ひとまず検証は再開されることになった。
昨日のお詫びとして、工場長より普通の魔力回復ポーションが差し入れされたのは、システィナから解放されてすぐのことだった。
そのおかげか、昨日の検証結果をもとに定義検証リストの見直しから始めたため、作業量は多かったものの、魔力切れを起こすこともなく、その日のうちになんとか終わらせることができた。
「新しく追加する古代文字には、『魔導盤内での役割』『扱う情報の種類』『保持属性』の三つを定義する必要があるとみて良さそうですね」
システィナがメモを見ながら言った。
「ちょっとすいません、途中からわけわかんなくなっちゃったんですけど」
定義の呼び方に困惑するイズミ。だが、無理もない。
なぜなら、ここ数時間で魔導盤における定義の呼び方がアベとシスティナによって何度も変わってしまっているからだ。
「だって最初、発動条件とか効果範囲って言ってましたよね?なんで最終的に役割とか情報の種類とか保持属性になったんすか?」
イズミは途中から起動用魔石に触れるだけのマシーンと化していたため、当時の記憶がないようだ。
「検証のおかげで定義の内容がはっきりしてきたから、それに合った名称にしただけだろ?」
「そうです。名称は大切だと思います」
システィナは、ここぞとばかりエナドリ呼びの仕返しをする。
「ぐっ……わかりました。わかりましたから、定義についてわかりやすく説明してもらえないっすか?」
「わかった、じゃあまずは『魔導盤内での役割』からだな。これは今までも出てきたと思うが、入力用、出力用、内部用のどの役割を持つかだ」
「あーここはOKっす」
「次に『扱う情報の種類』はその古代文字が、単純なON/OFF、整数、時間、日付など、何を扱うか定義する」
「ん~これも大丈夫っすね」
「最後に『保持属性』だが、これは魔導盤から魔源石を外したときに情報を残すかどうかだ」
「ん?これ自己保持とは違うんすか?」
「お、いい質問だな」
アベは意外とイズミが理解していることに驚きつつ、羊皮紙に自己保持と保持属性の違いを書き出していく。
「自己保持と保持属性は全くの別物だな。保持属性は魔源石を外す前のON/OFF状態や数字を記憶するためのものだ。例えば、起動用魔石に五回触れないと発光魔石が光らない回路があった場合、保持属性を定義していなければ魔源石を外した段階で回数が0にリセットされるが、定義していれば0にリセットされなくなる」
「自己保持は、条件がそろったときに自分で自分をONさせるのに対し、保持属性は魔源石を外す直前の状態を魔導盤が記憶するということですね?」
「さすがシスティナさん、その通りです。似たような名称で紛らわしいですが、自己保持は回路で、保持属性は扱う情報自体を消えない保存先に設定するようなイメージですね」
「なるほど!わかったっす。それで明日からはどうします?もっと他の検証を続けるんすか?」
「そのことなんですが、本日の検証作業が終わったら工場長がお話したいことがあるとおっしゃっていました。きりも良いですし、今から呼んできますので少しお待ちください」
システィナがそう言い残して去った後、しばらくして工場長と一緒に戻ってきた。
「おう!お前らよくやったな!」
「ありがとうございます。ところで、お話とは何でしょうか?」
システィナの言葉を思い出し、アベが工場長に質問した。
「あぁ、そのことなんだが、お前ら三人に頼みたい事がある。というのも、今回解体予定の魔導盤の他に、正常品の使用許可が下りたのには少し理由があって、それに関係している」
「え?許可が下りた理由っすか?」
「実は、正常品の使用許可を出す代わりに、何としてでも解体予定の魔導盤を使い物にするようにって上から言われちまっててな」
工場長はバツの悪そうな表情を浮かべている。
「なるほど。でも申請を出した段階ではまだうまくいく確証はなかったと思いますが、よく上層部は使用許可を出しましたね」
「それはお前らが異世界人だからだな」
「……つまり過去の異世界人がもたらした変革ってやつを、俺たちにも期待してるってことっすか?」
「まぁそうだ。異世界人の話は有名だし、上層部にとっちゃあお前らの存在をチャンスだと考えてるやつも多いだろう。だからこそ許可が下りやすかったというのもある」
過去の異世界人がもたらした知識はこの世界の常識を何度も変えてきた。そんな異世界人が自分たちの国に訪れたとなれば、多少のリスクも承知のうえということらしい。
「そういうことですね。でも使い物になったかどうかはどう判断してもらえばいいですか?」
「この解体予定の盤を使って、この工場に新しい設備を入れるのが手っ取り早いな」
「なるほど、それはわかりやすいっすね」
「いや、でもまだ魔石とかのこともわかっていないですよ?」
「そのためにシスティナがいるんだろ。な、システィナ!」
「……はぁ、わかりました。では、明日は魔石についての説明をしましょうか」
「え?いいんすか?俺たちめちゃくちゃなことするかもしれないっすよ?」
「お二人がそのようなことをする方ではない、ということはここ数日一緒に作業してきてわかっています。私の上司にもそう報告していますので、問題ありません」
システィナの言葉に自然とアベとイズミの口角があがる。
「あぁ~明日はシスティナ先生の魔石講義っすか~楽しみっすね~!」
「ちょっ!先生はやめてください!」
こうして、とある国の工場から、この世界の常識を変える改善が静かに動き始めた。




