第八話 初めての魔導盤検証②
その日、魔導盤保管庫の横にある作業スペースでは普段とは異なる重苦しい空気が漂っていた。
その原因である三人は、小一時間ほど魔導盤を前にして一様に頭を悩ませており、関係者以外は話しかけるなと言わんばかりのオーラを放っていた。
「……」
「……」
アベはメモを見て考え込み、システィナも口元に手を当てて思考を巡らせていた。
そして、イズミはというと……
「あー!もう、なんでうまくいかないんすかね!」
沈黙に耐えられず、思わず大きな声を出した。
魔導盤Bの刻印を一部書き換え、元に戻すという検証はうまくいった。
しかし、その次に行った魔導盤Bの不具合対策として、魔導盤Aの回路を一部追加したものの、その部分が全く機能しなかったのである。
「ここにいる三人で何回も模様と古代文字を確認しているので、刻印は間違っていないと思うのですが……」
システィナが魔導盤Aと魔導盤Bの刻印を交互に見てつぶやく。
なぜ三人かというと、検証が思いのほか進まなくなってきたため、工場長は『何か問題が起きるか、進展があったら呼べよ』と言って、現場に戻っていったからだ。
「……おそらくシスティナさんの刻印魔法は正しく書き込めていると思います。しかし回路が動かないとなると、模様や古代文字そのものではなく別の問題があるかもしれません」
「別の問題ですか?」
「はい。ただ、正直それが何なのかわからないです。ですから、一旦違う検証に移りましょう」
「賛成っす!」
このまま続けていても皆の士気が下がる一方だと判断したアベは、別のアプローチを試すことを提案する。
おかげで、切れかけていたイズミのやる気スイッチも何とか入りなおしたようだった。
「私もその方がいいと思います。それで、このまま魔導盤Bで別の検証を行いますか?」
「いえ、次はこの魔導盤Cで検証しましょう」
アベは魔導盤Cに手をかけながら答える。
「システィナさん、魔導盤Cっていうと、入力側の反応はあるけど出力側の反応がないやつでしたっけ?」
「はい、そうです。しかし、これを使ってどんな検証を行うのですか?」
「この魔導盤Cは、単純に出力用の刻印が消えてしまっているだけだと思います。今までの写しを見た限り、出力用の刻印はどの魔導盤でも共通である可能性が高いため、この刻印を追加すればいけると思います。追加する場所は、傷を避けてこの辺りにしましょうか」
そう言いながら、アベは魔導盤の傷がついた部分のすぐ側を指さした。
「ここですね、わかりました」
システィナは刻印魔法を使い、魔導盤Cに出力用の刻印を追加していく。
指先に集中させた魔力は白い光となり、なぞられた場所に新しい刻印が刻まれていった。
「できました。それでは魔源石をセットします」
「イズミ、システィナさんが魔源石をセットしたら、起動用魔石に触ってくれ」
「了解っす!」
システィナが魔源石をくぼみにはめ、イズミが起動用魔石に触れる。
その瞬間、発光魔石が光を放ちだした。
「光ったっすね!」
「はい、うまくいきましたね」
イズミとシスティナは発光魔石の光を見てほっとしていたが、アベの頭の中はすでに次の検証に移っていた。
「システィナさん、魔導盤Cに魔導盤Aの回路を追加していただくことはできますか?」
「え?あ、ちょっと刻印の量が多いので時間がかかりますが、大丈夫です」
システィナは写しを見ながら慎重に刻印の作業を進めていく。
しばらくして、魔導盤Cに魔導盤Aの刻印の一部が追加された。
「ではイズミ、魔石に触ってくれ」
イズミが起動用魔石に触れると発光魔石が光を放ちだす。
「離していいぞ」
アベの指示通り、起動用魔石から手を離す。
発光魔石は光ったままだった。
「じゃあ、もう一回魔石に触ってくれ」
もう一度起動用魔石に触れる。
しかし、発光魔石は変わらず光ったままだった。
「あれ?これ魔導盤Bと同じになってません?」
イズミは首を傾げる。
「アベさん、これはいったいどういうことでしょうか?」
「……そうですね。状況を整理すると、入力用と出力用の古代文字に関しては回路を追加しても問題なく動作すると考えられます。魔導盤Cは、最初の状態から出力用の模様と古代文字を追加したら発光魔石が光るようになりましたので」
「はい、そこまでは大丈夫です」
「次に魔導盤Aの刻印の一部を魔導盤BとCに追加してもらいましたが、この追加した回路には入力用と出力用の古代文字とは別の古代文字が含まれています。ややこしいので『入力用古代文字』『出力用古代文字』『内部用古代文字』としましょうか」
「『入力用古代文字』は起動用魔石などの実際の入力で反応するもので、『出力用古代文字』は条件がそろったときに反応し、実際に石臼の回転など、外部に影響を与えるもののことですね?」
システィナは頭の中で整理しながら答えた。
「そうです。そして『内部用古代文字』は『出力用古代文字』と同様、条件がそろったら反応しますが、外部への影響は与えず、魔導盤内で条件を構成するためだけに存在すると考えられます」
「魔導盤内の条件……ですか?」
「はい。そして、その『内部用古代文字』を使った回路がなぜかうまく動作していないようです」
「……ん?でも魔導盤Aと同じ古代文字と模様を使っていますよね?その理屈ならそもそも魔導盤Aの回路も動かないはずでは?」
システィナの言う通り、魔導盤Aの刻印を模写したのであれば、追加した回路の動作については魔導盤A=魔導盤B=魔導盤Cになっていなければおかしいはずである。
「そうなんですよね。だから魔導盤BとCは、まだその古代文字が扱える状態になっていないのではないかと考えています」
「なるほど。ですが、そもそも魔導盤ごとの個体差で扱える古代文字が異なる可能性もありませんか?」
「あ、あと単純に容量オーバーで追加できないとかはないっすか?」
「それらの可能性もなくはないと思います。しかし、今回用意してもらった魔導盤は、大きさも魔石をはめるくぼみの数もすべて同じでした。入力用と出力用の古代文字に至っては、おそらく他の魔導盤も同じだと考えると、魔導盤は共通規格で量産されていた可能性が高いと思います」
以前システィナから魔導盤は古代文明の遺物と説明されていたが、検証を進めていけばいくほど、アベにはどうしても規格化された工業製品としか思えなかった。
「あ~、確かにそう考えるのが妥当かもしんないっすね」
「共通規格ですか……。言われてみれば、これまで扱ってきた魔導盤も、小型、中型、大型と大まかなサイズのグループはありましたが、いずれもグループごとに同じ形だった気がします」
「つまり、古代文明には魔導盤製作会社があったってことっすね」
「まぁそうなるかもしれないな」
「んで、それはそうと古代文字が扱える状態になってないってどういうことっすか?」
「ん~簡単に言うと、魔導盤が古代文字を回路の一部として認識していないってことかな。それこそ認識されていない古代文字は『ただの模様』でしかないんだよ、きっと」
「ちょっと何言ってるかわかんないっす」
イズミがジト目でアベを見る。
「すみません、私も理解できてないです」
システィナも申し訳なさそうにアベを見た。
「もう少し具体例を出しましょうか。ここに来る前、打ち合わせ部屋でタイマーとかカウントの話をしたのを覚えていますか?」
「はい。私も扱えたら便利だなと思ったので覚えています」
「例えばタイマーは、起動用魔石に触れてから五秒後に設備を起動させるとか、石臼を十秒だけ回すといったときに使います。この秒数、つまり時間ですが、おそらく入力用と出力用の古代文字では扱えないです。入力用と出力用の古代文字はただのON/OFFですからね」
「入力用と出力用の古代文字は単純にON/OFFするもので、タイマーとかカウントは時間や数字を扱うもの。そしてその区別が今の魔導盤BとCにはできないということでしょうか?」
「そうですね。まぁ厳密に言えばONとOFFも1か0なんですけど……」
そこまで言いかけたが、イズミの無言の圧力がこれ以上余計な情報を増やすなと言っている。
「ま、まぁ、新たに刻印された古代文字が、ON/OFFする文字なのか、数字を扱える文字なのかを魔導盤に教える必要があるのかもしれないということですね。元の世界でもこんな仕様のPLCがありまして、確か変数定……」
「……定義」
アベの言葉に合わせるかのようにシスティナがつぶやいた。
「そうそう!変数定義!……って、え?!システィナさん今なんて言いました?」
システィナから思いもよらぬ単語が出てきたため、驚いたアベの口調が若干イズミ化する。
「ええと、私は今『定義』と言いました。ですが、私が言ったのは刻印魔法の定義であって、アベさんの考えている定義とは異なるかもしれません。それでもお話を聞いていて、どうしても関係があるのではないかと思うんです」
そう話すシスティナは、どこか確信しているようだった。
「そ、そうなんですね……わかりました、では関係があると考えた理由を教えていただいても?」
「はい。ですが、そのためにはまず刻印魔法について知っていただく必要があります。刻印魔法は、使用者や魔源石の魔力を、刻印された物体に魔法の属性や効果として付与することができるため、一般的には武器や防具などの性能向上を目的とした魔法として広く認知されています」
「あ~!まぜまぜ工程の作業者が装備していた炎の鎧とかのことっすね!」
システィナが首を傾げてアベを見る。
「……耐火エプロンと耐火手袋です。すみません、続けてください」
「あぁ、あれもそうですね。ではせっかくなので耐火エプロンで説明します。耐火エプロンには、火に対する耐性強化の『効果の刻印』と、それとは別にその効果範囲を決めるための『定義の刻印』も施されているんです。この定義の刻印があることで、耐火エプロン全体に耐性効果を付与することができるのです」
イズミはメモに書いた炎の鎧のイラストに、追加設定用の吹き出しを書き足していく。
「ん?効果の刻印は何となくわかるんすけど、効果範囲を決める刻印なら『範囲の刻印』とかの方がわかりやすくないっすか?」
「イズミさん意外とするどいですね。この『定義の刻印』は効果範囲だけではなく、発動条件や魔力の出力なんかも定義できるんですよ。例えば、効果を下げて魔力消費を抑えたりもできます。魔力消費が減れば魔源石の節約になりますからね」
「あ~そういうことっすね。じゃあ魔導盤の刻印にもそういった定義が必要なんじゃないかと思ったわけっすね?」
「はい、そうなんです。実際『定義の刻印』自体は刻印魔法として必須ではないので、今まで魔導盤の刻印を行う際は定義していませんでした。というより、何を定義していいかがわからなかったためできなかった、といった方が正しいですね」
「必須ではないのですか?今までのお話を聞く限り、定義しないと成り立たないような気がするのですが」
アベの認識では定義はなくてはならないものである。
なぜならそれは元の世界では常識だったからだ。
「もちろん定義自体は必要ですが、『定義の刻印』自体は省略できるんです。通常『定義の刻印』を施さなかった場合は、効果範囲は刻印されている部分、発動条件は常時、出力は100%となりますので、定義されていないわけではありません」
「あぁ、定義内容が初期設定のままになるイメージですね。ところでその『定義の刻印』は解読できないんでしょうか?今の魔導盤の定義がわかればヒントになると思うのですが……」
「残念ながら解読はできません。なぜなら、刻印魔法は上層に『効果の刻印』、下層に『定義の刻印』という二層に分かれていて、表面上は効果の刻印しか見えないんです」
そう言ってシスティナは羊皮紙に定義のイメージを書き始めた。
二つの刻印にはそれぞれ別の模様が記されており、下層の刻印の後に上層の刻印を刻むことで二層になるとのことだった。
「はぇ~二層構造なんすね」
「一層でも理論上は可能だと思いますが、刻印が複雑になり汎用性がなくなるので二層がほとんどですね。もっとも、一度刻印したものを刻印し直すなんてことはまずありませんから、定義の刻印が見えなくても困ることはないんですよ」
「じゃあ今の魔導盤から解読するのは難しそうっすね。まぁでも確かに、この刻印魔法の定義が関係してそうな感じはあるっすね。定義がデフォ設定のままだとダメ、とかそんな感じなんすかね?」
「それはあるかもしれない。定義が初期設定のままだと発動条件が常時ONになるんだったら、一般用途ではいいかもしれないが、魔導盤の場合、意図せずに出力用魔石が動くと危険だからな。だから『定義の刻印』が施されていない古代文字は常時OFF扱いになっているのかも……、まぁそのあたりも試してみないとな」
「そうですね。でもいったいどんな定義をすればいいのでしょうか?」
システィナは口元に手を当てて考える。
「少なくとも、古代文字がいつ反応するかという発動条件の定義を行う必要はありそうですね。条件がそろったらすぐ反応するのか、あるいは数値を比較して反応するのか。タイマーであれば条件がそろっている時間が設定時間に達すること、カウントであれば条件がそろった回数が設定した数に達すること、などですかね」
「あとは効果範囲についてもデフォ設定だと刻印されている部分が対象なんで、魔導盤のどこまで有効になるかの定義もいるんじゃないっすか?」
「なるほど!確かにそれも必要そうですね」
先ほどまでの重苦しい雰囲気が嘘のように、やる気に満ちた三人は次の検証に向けて羊皮紙に定義内容を書き出していく。
「いずれにしても定義に関しては一つずつ試していきましょう。一気に複数の定義を入れていったら何がよくて何が悪いかわかりませんからね」
「……そうですね、わかりました。一つずつ試していきましょう!」
システィナは、そうつぶやきながら胸の奥が高鳴るのを必死に抑えていた。




