第七話 初めての魔導盤検証①
「だいたいこんなところか」
アベがぐったりとしているイズミとシスティナに声をかける。
打ち合わせ部屋の中央にある八人掛けの大きなテーブルの上には、魔導盤の刻印を模写した資料やポーションの空き瓶、書き散らされた羊皮紙が散乱しており、壁面の黒板は古代文字で埋め尽くされていた。
「エナドリのおかげで何とか頑張れましたけど、もう当分刻印も古代文字も見たくないっすね」
低級の疲労回復用ポーションを飲みながらイズミが答える。
イズミのこのエナドリ呼びは、毎回訂正してくるシスティナとの我慢比べの結果、勝ち取ったものであった。
当のシスティナは、納得はしていないもののこれ以上言っても無駄だと観念していた。
「……それにしても、まさかこんなに早く終わるとは思ってもみませんでした。考え方を少し変えるだけで、今まで当たり前だと思っていたことがこんなにも違って見えてくるものなのですね」
システィナも疲労回復用ポーションを片手にほっと一息つく。
「ここまで手伝っていただきありがとうございます」
アベがシスティナに頭を下げる。
「いえ、魔導盤に関する資料の閲覧は魔導技師の同席が必須なので、これは必要業務です。……ですが正直に言えば、魔導技師として今回のことに興味がないと言ったら嘘になります」
「なるほどなるほど」
「なんですか、イズミさん」
声のトーンが低くなったシスティナが、ジト目でイズミを見る。
「いやぁ~ここ数日、定時を過ぎても付き合ってくれたのって、魔導盤のことが好きだったからなんだなって思いまして。なんだか先輩と似てますね」
「……と、当然です!王国魔導技師ですからね!当然魔導盤のことが好きですよ!魔導盤のことが!」
システィナの目は完全に泳いでいた。
――さかのぼること五日前、解体予定の魔導盤で試すことになったが、システィナから使用許可申請が必要だと言われていた。
そこでアベが、『承認が下りるまで時間がかかるなら、その間に調べられるだけ調べよう』と言ったので、イズミとシスティナが付き合うことにしたのだった。
工場長は仕事があるとかなんとか言って、いつの間にかいなくなっていた。
「でもまさか解体予定の魔導盤を使うのにこんなに時間がかかるとは思わなかったっす。いつになったら許可下りるんすかね?」
「それだけ魔導盤がこの世界にとって貴重なものってことだろ?そりゃ申請して上の承認がなきゃ使えないのもうなずける」
「確かに」
アベとイズミも元はサラリーマンだったので、なんだかんだ言ってもそういう申請承認のフローには理解がある。
「でもそのおかげでいろいろわかりましたね。まだ仮説の域は出ませんが、このタイマーとかカウントの考え方も、実際に使えるとなるとかなり便利だと思います」
メモを見ながらそう話すシスティナは、どことなく楽しそうだった。
「あ?なんだか上機嫌だなシスティナ」
工場長が久しぶりに打ち合わせ部屋に入ってきた。
「そんなことはありません。それより工場長がここに来るなんてめずらしいですね」
「まぁ、そう言うなって。せっかくいい知らせを持ってきてやったのに。お前ら、お待ちかねの使用許可が下りたぞ!」
そう言いながら、工場長は承認欄にサインが入った使用許可申請書をアベたちに突き出す。
「ちゃんとお前らの要望も通ってる」
「お~!やりましたね!」
イズミが勢いよく反応した。
「工場長、ありがとうございます。では早速、保管庫に魔導盤を取りに行きましょう」
システィナは工場長に向かってそう言うと、次にアベたちの方に向き直る。
「保管庫は魔導技師と工場長しか立ち入りできない決まりです。申し訳ありませんが、アベさんとイズミさんはもう少しこちらでお待ちください」
「はい、わかりました」
アベの返事を聞くと、システィナと工場長は打ち合わせ部屋から出ていった。
「なぁイズミ」
アベは羊皮紙に描かれた模様と黒板の古代文字を交互に見返し、顎に手を当てる。
「どうしたんすか先輩?まさか保管庫に連れてってもらえなくて怒ってます?」
「んなわけあるか!じゃなくて、以前システィナさんが『法則性がわからないため、意図した動きにならない』って言ってただろ?でも実際この五日で調べたことを過去の研究者がわからなかったと思うか?」
「ん~、確かに元の世界の知識がなくても気づけそうではありますね」
「なにか見落としてる気がするんだよなぁ」
アベが考え込んでしまったため、やることのなくなったイズミがウトウトし始めた頃、ようやくシスティナが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません、準備ができましたので、どうぞこちらへ」
システィナに連れられ打ち合わせ部屋を出る。
向かったのは工場内にある魔導盤保管庫……ではなくそのすぐ横にあるスペースだった。
生産ラインから少し離れたその一角は、静寂に包まれていた。
壁面には無数の工具やボルトの小箱が手の届きやすい高さで並んでおり、その手前には万力付きの大きな木製テーブルが三つ配置されている。
そしてその木製テーブルの上には、小樽ほどの魔導盤がそれぞれ置かれていた。
「お前らこっちだ」
工場長が三人に気づいて声をかけた。
「工場長、ここは?」
「ここは設備の修繕や試作機を組むための場所だ。今のところ、急ぎでこの場所を使う予定もねぇから魔導盤の検証はここでやる。どのみち検証が終わったら保管庫に戻さなきゃならんしな。あと保管庫の中には入るなよ。つっても鍵はかかってるがな」
工場長はガハハハと笑いながらアベの質問に答えた。
「にしても三台も使用許可が下りるなんて言ってみるもんすね」
「そこはシスティナの申請書の書き方がうまかったからだな」
「いえ、私はアベさんの考えをまとめただけですので」
今回使用許可申請を出すにあたり、アベが最低でも二台は魔導盤を使用できるようにしてほしいと要望を伝えていた。
「検証するならサンプルは一つじゃ心もとないですからね。刻印や古代文字に問題がなくても、魔導盤側に不具合があった場合、比較対象がないと原因の特定ができませんから」
「そうですね。あとは工場長の……」
そうシスティナが言いかけるが、工場長が首を横に振る。
「……わかりました。では、さっそく始めましょうか」
システィナの言葉の続きが気になったが、無理に詮索することもないかと思い、二人はうなずいた。
「まず、検証を始める前に少し説明してもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「今回使用許可の下りた魔導盤は、以前粉末機に使用していた物と、刻印に浅い傷があり正常に動作しない物が二台です。以降はそれぞれを魔導盤A、B、Cと呼ぶことにしましょう。また、それぞれの刻印の写しですが、打ち合わせ部屋でお見せした資料の複製を作業台の上に準備してあります」
「以前粉末機に使用していた魔導盤っていうと、起動用魔石に触れたら粉末機が動きっぱなしになって、もう一度魔石に触れると止まるやつっすよね?魔導盤BとCの違いはなんでしたっけ?」
イズミが質問した。
「魔導盤Bは一度入力がONになると出力がONしっぱなしになります。魔導盤Aと違って、その後入力をONさせようがOFFさせようが出力はOFFになりません。魔導盤Cは入力側の反応はありそうですが、出力がONになりません」
「了解っす」
「次に魔石についてです。検証条件の差をなくすため、それぞれの魔導盤にはめるための魔石はすべて同じ種類、同じ等級を用意してあります。今回の魔石と魔導盤の組み合わせでの動作確認は、先ほど私と工場長で終わらせておきました」
「さすがです。それで入力と出力の魔石はどのような種類のものでしょうか?」
「入力の魔石は触れたらONする一般的な起動用魔石で、出力はONしたら発光する魔石です」
アベの言葉に少し得意げな顔になるシスティナ。
「私からの説明は以上です」
「ありがとうございます。ところで今回三台の魔導盤をご準備いただきましたが、刻印の書き換えは、三台すべてで実施しても問題ありませんか?」
アベの質問にどう答えようか迷ったシスティナが工場長を見ると、工場長はしょうがないといった顔をしてうなずいた。
「いえ、魔導盤Aは正常品で本来は輸出対象の盤のため、書き換えは魔導盤B、Cのみで行います。というのも、元々は解体予定の盤で使用許可申請を出していましたが、工場長が『正常品もないと困るだろう』と、上層部に直接掛け合ってくださいました。そのおかげで、今回特別に使用許可が下りています。ですので、魔導盤Aは変更せず、現状維持とします」
工場長の行動に思わずアベとイズミが顔を見合わせた。
「工場長、めっちゃかっけぇじゃないっすか!」
「まぁ作業者の負担が減る可能性があるならと思ってな。だが、壊したら俺の給料が吹っ飛ぶから慎重に扱えよ!」
「え?!マジっすか……?」
イズミの顔が引きつる。
「冗談だ、冗談。まぁそのくらい緊張感を持ってやれってことだ」
「いやいや、ちょっとビビらせないでくださいよ!」
システィナがアベに近づく。
「……多分冗談じゃないです」
「ですよね……」
そうして、イズミだけが冗談だと思ったまま、緊張の検証が始まった。
◇◇
「まずは刻印の書き換えを試しましょう。システィナさんのお話では、魔導盤の刻印の一部を消してしまっても、元の刻印と同じ状態に戻せば動作も元に戻る、ということでしたよね?」
「はい。過去の研究結果では、一部の刻印について復元が成功したという記述がありますが、分解してすべての刻印が消えた場合での成功事例は見た覚えがありませんね」
「わかりました。分解はリスクが高いので、今回の検証は部分的な刻印書き換えに限定します。では早速ですが、魔導盤Bのここにある入力接点の条件を消してみましょう。システィナさん、ここの模様をこのように変えてみてください」
アベが羊皮紙に書いた模様をシスティナに見せる。
「わかりました。では刻印魔法を使います」
システィナは魔導盤の前に立ち、アベに指示された模様の一部に指を近づける。
指先に魔力を集中させ、その先端から白い光があふれ出てきたところで、システィナは模様をゆっくりとなぞっていった。
「できました」
システィナが指でなぞった部分の模様が変わっていた。
「お~これが刻印魔法っすか!たしか魔導技師の中でも扱える人は少ないんすよね?」
「別に大したことはありません。ですが刻印魔法の適性がないと上級魔導技師になれないのも事実ですが」
イズミの言葉にほんの少~しだけ得意げな顔になるシスティナ。
「ではこの状態で動作確認してみましょうか。魔導盤Bの動きは、魔力供給用の魔石がセットされた状態で起動用魔石に触れたら発光魔石が光り、その後は起動用魔石に何度触れ直しても光り続ける、というものです。今は起動用魔石にあたる入力接点の条件を消したので、起動用魔石に触れなくても発光魔石が光るはずです」
「魔力の通り道を消したのではなく、条件を消したということは、『魔力供給用の魔石の魔力が直接発光魔石に流れるようになった』ということですね?」
「そうです。なので次は、この状態で魔力供給用の魔石をセットしてみましょう」
「あの~、ちょっといいっすか」
イズミが手を挙げて発言許可を求めてきた。
「『魔力供給用の魔石』って言いにくいんで、魔力の源の魔石ってことで『魔源石』って呼ぶのはどうっすか?」
「いいですよ」
即答するシスティナにアベとイズミが驚いた。
「あれ?システィナさんからすぐOKでるなんて意外っす」
「今まではお二人に馴染みがないと思って使っていませんでしたが、『魔源石』は魔族領から輸入される魔力供給用魔石の正式名称ですから。商標登録もされていたと思いますよ」
「えー!魔族いるんすか?!ってか商標登録もっすか!」
「……イズミ、一旦あとにしような。それではこれからは魔源石と呼ぶことにしましょう。ではシスティナさん、魔源石を魔導盤Bにセットしてください」
イズミは悲しそうな顔をしながら羊皮紙に書いた『確認することリスト』に魔族の文字を追加していた。
そんなイズミをよそに、システィナは魔導盤のくぼみに魔源石をはめる。
魔源石をはめた途端、発光魔石は強い光を放ち始めた。
「光ったな……」
「光りましたね……」
工場長とシスティナが思わずつぶやく。
「いいですね、では復旧しましょうか。システィナさん、一度魔源石を外してから元の刻印に戻していただけますか?」
システィナは刻印の写しを見ながら刻印魔法で元の模様に戻していく。
「刻印を元に戻せました。続けて動作確認に移ります」
アベのうなずきを確認し、システィナが魔源石をはめる。
「光らないな」
「今度は起動用魔石に触れる必要がありますから」
工場長のつぶやきにアベが答える。
「じゃあイズミ、起動用魔石触ってくれ」
「了解っす」
イズミが魔石に触れる。発光魔石は先ほどと同じように光を放った。
その後何度か起動用魔石に触れてみたが、発光魔石は光ったままだった。
「元の状態には無事復旧できたみたいっすね!」
魔石にぺちぺち触りながらイズミが言った。
「元の状態なので魔導盤としての不具合は残っていますが、書き換え自体は過去の研究結果通り問題なさそうですね」
「はい、やったことは過去の研究結果通りです。ですが今回は、ただ単に模様を消して元に戻したわけではありません。模様を消したらどうなるか、条件を変えたらどうなるのかを想定し、結果的にその通りになっています。これは……本当に世界の常識が変わってしまうかもしれません」
システィナはここまでの結果をメモに残す。その顔には、確かな期待と不安が入り混じっていた。
「それを見極めるのも、システィナさんやその上司の方の仕事なんすよね?検証の結果がこの世界にどんな影響を与えるかわかんないっすけど、俺たちはシスティナさんたちの判断に従うだけっすから!」
イズミの言葉にアベもうなずく。
「責任は重いですが、王国魔導技師としての務めはしっかりと果たします」
システィナの瞳は、完全に自信に満ちているわけではなかったが、先ほどまであった迷いは薄れつつあった。
「ではアベさん、次の検証はどうしますか?」
「そうですね、では次に魔導盤Bの光り続ける不具合への対策として、魔導盤Aの回路を一部追加しましょうか。うまくいけば発光魔石の光を任意に点灯、消灯できるようになるはずです」
こうして、過去の魔導盤研究では明かされなかった未知の領域へ、アベたちは一歩ずつ踏み込んでいくのであった。




