第六話 魔導盤に触れてはいけない理由
「古代文明の遺物?新しく作れない?……ちょっと理解が追い付かないっすね」
イズミが頭を抱え、アベのほうを向く。
「ええと、すみません。その前にこの羊皮紙と羽ペンをお借りしてもいいですか?メモを取りたくて」
「あ!なら俺も!」
「はい。ご自由にどうぞ」
システィナから許可を得ると、二人は机に置いてある羊皮紙と羽ペンに手を伸ばした。
「それで、魔導盤を新しく作れないというお話でしたが、今までどのように入手されてきたのでしょうか?」
「魔導盤の入手方法は大きく分けて二つです。自国のダンジョンで発掘されるか、もしくは他国のダンジョンで発掘された物を輸入するかですね」
「ダンジョン?!」
イズミが勢いよく席を立つ。
「え?ダンジョンって、そんなに驚くことですか?」
「すみません、私たちの世界にはダンジョンというものがなかったもので、少し驚いてしまいました。続けてください」
イズミのせいで話がそれると思ったアベは、すかさず話題の軌道修正に努める。
「……では続けます。ダンジョンから発掘された魔導盤は国で管理され、私たち王国魔導技師によって工場や施設などに導入します。当然魔導盤は個体差がありますので、機能を見極め、適切な工程に組み込むことが魔導技師としての腕の見せ所です」
「個体差……ですか?」
アベはシスティナの言葉に違和感を覚えた。
「はい。完全に同じ機能をもった魔導盤はほとんどありません。簡単な動きならほとんどの魔導盤で再現できますが、複雑な動きだと専用の魔導盤が必要です。例えばこの工場の搬送台です。作業者が作業する位置で搬送を止め、作業が終わったらまた搬送、ただし搬送先に瓶があったら搬送しない。このような制御ができる魔導盤はなかなか発掘されません」
「そうなると、現在生産に使用されている魔導盤が壊れたらどうなるのでしょうか?」
「粉末工程で使用されている魔導盤は予備があるので問題ありませんが、搬送台用の魔導盤は予備がないので、壊れたら手作業に戻すしかありませんね」
アベの違和感が確信に変わった。
「それはつまり、魔導盤は動作を変えられないということですか?」
「はい。少なくとも私たちはその方法を知りません。過去、魔導盤について研究されていた記録もありますが、動作を変えられるという記述は見たことがありません。もっとも、魔導盤研究自体、今ではほとんど行われていないと思いますが……」
「それはなぜですか?」
「先ほど魔導盤はダンジョンから発掘されるとお話しましたが、その発掘量は決して多くはありません。発掘された魔導盤がすべて正常に機能するわけではありませんし、そもそもダンジョンには多くのモンスターが住み着いているため、発掘作業には大きな危険が伴うからです」
「モンスター?!」
再びイズミが勢いよく席を立つ。
「……モンスターもいないんですね」
システィナがジト目でイズミのほうを向く。
「それに加え魔導盤自体の有用性がさらに価値を高めています。この工場は比較的新しいのでまだ魔導盤の使用率が低いですが、王国全体では産業や国民の生活に欠かせないものとなっています。高価で替えも利かないという理由から、国の方針としては研究よりも運用することを優先しています」
「魔導盤が貴重なことは理解できたっすけど、最初から正常に機能しない物や、運用用途が見つからずに眠らせている物で研究はしないんすか?」
少しまじめモードになったイズミが質問した。
「はい、そういった物も基本的には研究されることはありません。まず、正常に機能しない物は素材として再利用されます。特に一台の魔導盤から一つしか取れない魔結晶で作ったアクセサリーなんかは貴族の方々に大人気だそうです」
そう話すシスティナの瞳はきらきらと輝いていた。
「システィナさんもそのアクセサリー持ってるんすか?」
「わ、私には必要ありません。仕事に関係ないですから!そんなことより話を戻します!」
顔が少し赤くなっていたが、深呼吸して落ち着きを取り戻すと、システィナは説明を再開した。
「次に、運用用途のない物は他国に輸出されることがほとんどですね。素材としてではなく、魔導盤として取引する方が何倍も価値が高いですから。ですが、もし研究する過程で分解や刻印の書き換えなどにより正常な機能が失われれば、その価値は一気に下がってしまいます。そのため研究して価値を下げるより、利益を優先するという考え方ですね」
「なるほど、研究が進まない理由はわかりました。ですが、それでも生活に根付いている技術であればこそ、もしものときに備えて研究は必要だと思うのですが……」
「はい、私も正直そう思います。ですが、この国の財政もそこまで豊かなわけではありませんから……。個人的に魔導盤研究を行っている方がいると噂で聞いたことはありますが、魔導盤に関する論文も発表されていないので、おそらくはどこの国でも同じ考え方だと思いますよ」
アベもイズミも元の世界では普通のサラリーマンである。
国の方針や財政と言われても、実際あまりピンとは来ていなかった。
だがそれでも、自分たちがこの世界に転移させられた理由が、この魔導盤にある気がしてならなかった。
「ところで正常に機能しなくなる、とは具体的にどうなるのですか?」
「動かなくなったり、止まらなくなったりします。粉末機の動作で例えると、正常時は作業者が起動用魔石に触れたら粉末機が動き、手を離せば止まります。これが起動用魔石に触れても動かない、または手を離しても粉末機が止まらずに動き続けてしまうようになります」
アベは今までのやり取りをメモした羊皮紙を見返す。
「動き続ける、ですか?でも先ほど魔導盤の動作は変えられないとおっしゃっていましたよね?」
「はい。魔導盤の刻印の形を変えれば結果として動きは変わります。ですが意図した動きに変えることはできません。だから変えることはできないとお話しました」
「先輩先輩!」
イズミが小声でつぶやいてきた。
「やっぱりこれPLCに似てないっすか?さっきシスティナさんが言ってた起動用の魔石でしたっけ?あのきれいな石って魔石なんすね!やばいっすね!」
「……ん?お前なんの話してんの?」
「すいません、魔石に興奮してしまって!……じゃなくて、たぶんそれが入力で、巨大石臼の回転が出力ってことだと思うんすけど」
「あぁ、そうだよなぁ。刻印で動きが変わるってなると、もうそうとしか考えられないな」
イズミの考えにアベも同意する。
「システィナさん、粉末機を構成している要素って、魔導盤、起動用魔石、それと石臼の三つですか?」
「いえ、それだけではありません。魔導盤、起動用魔石、石臼の他には石臼を回転させるための出力用魔石と、魔導盤を動かすための魔力供給用の魔石で構成されています」
「あ~、出力用魔石がモーターってことっすね」
「そして魔力供給用の魔石が電源ってとこだろ。こりゃビンゴだな」
「ですね」
二人はシスティナの回答を聞き、ようやく腑に落ちた。
「……?」
そんな二人を見てシスティナが首を傾げる。
「システィナさん、魔導盤の刻印のパターンをいくつか見せていただきたいのですが可能でしょうか?」
「……刻印のパターン?それはなぜですか?」
システィナの表情が一瞬固くなる。
「私たちがこちらの世界にきた理由の一つがおそらく魔導盤です。先ほどもお話しましたが、元の世界にも魔導盤に似た装置があり、私はその装置の動きを考える仕事をしていました。今日工場で見たこと、システィナさんからの説明、そしてこれまでの経験から、魔導盤も意図した動きに変えられると考えています」
「そんなことが……」
システィナは指を口元にあてながら考え込んだ。
「おいアベ、もしお前の言っていることが本当にできるとしたら、工程に合わせて魔導盤を探す必要はなくなるってことか?」
工場長は思わず口を開いた。
「まだ検証しないと確実にできるとは言えませんが、そうなると思います。むしろ元の世界の考え方はそうでしたね。工程に合わせて動きを考え、工程の作業内容が変われば、都度それに合わせて動きを変更するんです」
「工場長」
システィナが工場長の方を向く。
「もしアベさんの言っていることが本当だとしたら……世界の常識が変わります。まずは本当にできるのかを見極める必要があると思いますがいかがですか?」
「そうだな。どっちみち上には報告しなきゃなんねぇから、具体的にどこまでやれるかは確かめておく必要があるな」
システィナがアベの方に向き直る。
「先ほどの刻印のパターンですが、生産中の魔導盤そのものは設備停止の恐れがあるので見せることはできません。ですが魔導盤の刻印を転写した資料であればお見せできます。それでもいいですか?」
「もちろんです。できればその刻印の魔導盤がどのような動きをしていたかもわかるとありがたいのですが」
「わかりました。資料を探してきますので少しお待ちください」
そう言ってシスティナは打ち合わせ部屋を出ていく。
数分後、部屋に戻ってきたシスティナは両手いっぱいに資料を抱えていた。
「まずは粉末機の刻印の写しと、それに似た動きの刻印があれば見せていただきたいのですが」
システィナの息が整うのを確認してアベが声を掛けた。
「はい。ええと、こちらが現在の粉末機の写しです。そしてこちらは以前粉末機として使用していた物の写しです」
「ありがとうございます。それでこの二つの違いは何ですか?」
「現在の粉末機は起動用魔石に触れている間のみ動きますが、以前の物は一度触れたら動きっぱなしになり、もう一度触れたら止まる、というものでした。そのため、作業者の何名かが粉末機の動作中に薬草を入れようとしてケガをしたので使うのをやめました」
「それは正しい判断だと思います」
アベはそう言って刻印の写しを眺める。
刻印の左側には四角やひし形の模様、そして右側には丸い模様がいくつも描かれていた。
そしてその左右の模様同士は線でつながっており、いずれの模様の近くには文字らしき記号がある。
「システィナさん、この文字らしきものは読めますか?」
「いえ、読めません。過去の研究記録でも解読はできなかったみたいですね。私たちはこれを古代文字と呼んでいます」
「古代文字ですか……」
「はい。基本的に魔導盤にはこの古代文字と模様が刻印されています。細い線は魔力の通り道を表していて、その途中の模様が魔力を流したり止めたりしているだろう、ということはこれまでの研究結果でわかっています。しかしその法則性がわからないため、意図した動きになりません」
アベは考え込む。
「でもこれってラダー回路に近いっすよね?線の途中の模様が接点で、丸印がコイル、古代文字がアドレスでは?」
イズミが横からのぞき込んできた。
「お前よく知ってるな」
「だって新入社員研修のとき、講師だった先輩が教えてくれたじゃないっすか」
「あれ?そうだったっけ?」
「そうっすよ」
イズミとアベの会話にシスティナが反応した。
「らだー?せってん?それらは一体何のことですか?」
「あぁ、元の世界での呼び方のことです。接点は条件、コイルは結果、アドレスというのは接点やコイルを識別するための番号みたいなものです。これらを組み合わせて作るプログラムを、私たちの世界ではラダー回路といいます」
「なるほど。条件と結果、そしてラダー回路ですね」
システィナも羊皮紙にメモをとる。
「はい。粉末機の動きはラダー回路にするとこうなります」
アベは羊皮紙にラダー回路を書いていく。一つの接点の先にはコイルがある。
「起動用魔石を接点X0、粉末機の回転動作をコイルY0とします。最初は接点X0の手前まで魔力が流れていますが、起動用魔石に触れると接点X0が『ON』状態となるので魔力が通ります。そうするとコイルY0まで魔力が通るので、今度はコイルY0が『ON』状態となり、粉末機が回転します」
アベは次に以前の粉末機のラダー回路を羊皮紙に書いていく。
「こちらの回路は、Y0が『ON』状態となるところまでは同じです。ですが起動用魔石から手を離す、つまりX0が『OFF』状態でもY0を『ON』状態のままにする必要があります。そのため、魔力の通り道をもう一つ増やします。接点X0のある道と、接点Y0のある道を作り、どちらからでもコイルY0に魔力を供給できるようにします。これを自己保持回路といいます」
「はじめは起動用魔石に触れないと魔力が通らない、しかし一度コイルまで魔力が通ってしまえば今後は別の道からコイルに魔力を供給する……ということでしょうか?」
システィナが羊皮紙を見つめながら考えを整理する。
「その通りです。ですが自己保持回路はこのままでは切れないので、別で切る回路が必要です。今回はもう一度起動用魔石に触れることで自己保持が切れるように、それとは別の回路がありますね。場所としてはここですね」
「なるほど……」
システィナのメモが止まらない。
「おい、お前ら!結局魔導盤は変えられるのか?どうなんだ?」
ここまで話を聞いていた工場長だったが、かなり前から考えることを放棄していた。
「そうですね。私たちはこれまで魔導盤の刻印を模様だとか古代文字の一種として考えてきましたが、魔導盤の刻印も『条件と結果の組み合わせ』なのかもしれません」
「ん?つまりはどうなんだ?」
工場長はシスティナの次の言葉に集中する。
「それは……」
「それは?」
工場長はゴクリと唾を飲み込む。
「……わかりません」
ズッコケる工場長。
「工場長、システィナさんの言ってることは本当です。もっと刻印のパターンを調べて、実際の魔導盤でも検証しないとわからないですし」
「そうっすよ。まだ仮説段階なんで、これからっすよ」
アベとイズミは必死にフォローする。
「お、おう……そうだな。んで、どうすんだシスティナ。魔導盤で試すのか?」
「……そうですね。では解体予定の魔導盤で試しましょう」




