第五話 初めての改善
システィナから語られたのは過去の異世界人がこの世界にどのような影響を与えてきたかということだった。
異世界人は漏れなくこの世界に何らかの変革をもたらしてきた。
それによって世界の常識が変わることも少なくない。
そしてそれらは異世界人の知識によりもたらされるのだと。
「だから昨日、お二人の職能を聞いたとき、この工場やこの国にどういった影響を与えるのかを危惧していました」
「それで警戒していたと」
「はい。変革はすべての人にとって良い結果をもたらすとは限りません。それを見極めるのも私に与えられた役目です」
システィナはアベの言葉に即座に答えた。
「わかりました。ですが、私たちも結果を出さなければここに置いていただけない立場ということは理解しています。ですので、作業者への影響が少ない範囲で簡単な改善案を提案させてください。もちろん工場長、システィナさんの了承を得られなければ改善も実施しません」
「……わかった。まずは話を聞かせろ」
「私も聞くだけであれば構いません」
「ありがとうございます。では加熱・撹拌の工程に戻りましょうか」
◇◇
一行は加熱・撹拌の工程に戻ってきた。
「この工程の問題は、どの薬草粉末を何杯入れたかを作業者が振り返ることができないところにあります。そのため、どこまで作業が進んだのかを目に見える形にします」
「作業の進み具合を見えるようにする、ということでしょうか?」
システィナは言葉にしたものの、アベの説明にいまいちピンと来ていなかった。
「そうです。現状は薬草粉末を木桶から直接釜に投入しています。これでは何回釜に投入したかが途中でわからなくなる恐れがあります。これを見える形にするため、一度中間の入れ物に入れるようにします。疲労回復用のポーションであれば、一番粉を二杯、魔力回復用なら四杯ですよね?」
「あぁ、そうだ」
工場長が返事をする。
「一番粉用に準備する中間用の桶には、木匙二杯分と四杯分のところにしるしをつけます。これで一番粉を何杯入れたかが見えるようになります」
「その考え方はわかりますが、結局作業手順が増えてしまって作業者の方が中間用の桶を使わなくなってしまう可能性はありませんか?」
やりにくい作業や人に頼ったルールでは長続きしないと、システィナ自身、これまでの経験で嫌というほど理解していた。
「そこは木匙の可動範囲に制限をかけて、物理的に大釜まで届かないようにするっす。簡単な方法でいくと、木匙の柄と薬草粉末の置台を紐でつなげるとかっすかね。中間桶を使わないと大釜に入れられなければ、必然的に使うしかないっすから」
「それは作業をやりにくくするってことですか?」
イズミの考えにシスティナが反応する。
「やりにくくはなるっすね。でも間違いは減ると思うっすよ」
イズミの表情に迷いはない。
「私たちの元いた世界では、費用対効果って言葉がありまして、対策にかける費用や時間によって得られる効果が高ければその対策はやったほうがいいです。今回でいくと、作業改善によって作業時間が増えますが、それによりNG品の手戻り件数が減る可能性があります。ここを天秤にかけ、工場全体としてメリットがあるかどうかで、やる、やらないを判断したほうがいいと思います」
「工場全体として……ですか」
アベの言葉を聞き、そうつぶやいたシスティナは工場長の方を向いた。
工場長は黙って腕組みをしていたが、アベたちの話を聞き終えると意を決したかのような表情で言った。
「おい、その改善がうまくいかなかった場合、すぐに元に戻せるか?」
「木匙の紐と中間桶の撤去、レイアウトの微調整くらいっすから、三十分もあれば戻せるっす」
「よし、わかった。じゃあ一番釜での作業改善を許可する。戻すかどうかの判断は結果を見たうえで俺がする。いいな?」
「はい、わかりました」
こうしてアベたちのポーション工場での改善が始まった。
◇◇
工場長の許可のもと、アベとイズミの主導で薬草粉末の投入作業改善を開始した。
「まずはポーションレシピの確認、次に中間桶と木匙用の紐の選定と準備、最後に作業性の確認だな」
「あとは元のレイアウトに戻せるように現状のスケッチも必要っすね」
「そうだな」
アベとイズミで大まかな作業内容の確認を行う。
元の世界で何度もやってきたやりとりだ。
「では工場長、必要な部材の調達をお願いできますか?」
「おう。木桶と紐だな、使えそうな物を準備させる」
今回はアベたちが主導で改善を行うため、改善に必要な物や、やってほしいことはどんどん伝えて共有していく。
遠慮をしていては改善は進まない。
「システィナさんは、イズミと一緒に現状レイアウトのスケッチをお願いします。床にしるしが付けられるところは、直接マーキングしてください」
「……え?!イズミさんと一緒にですか?」
システィナは一瞬動きが止まり、遅れて返事をした。
「何すかその反応?ちょっと傷つくんすけど」
「べ、別に深い意味はありません。早く行きますよ」
システィナはそう言うと、ショックを受けているイズミを置いてスタスタと作業場に向かって行ってしまった。
その後、工場長に準備してもらった木桶にアベがしるしを付け、イズミが木匙と作業台を紐でつないでいく。
大釜と中間桶、薬草粉末の桶のレイアウトは使う人の意見も考慮するため、作業者とも話し合って暫定の位置を決定した。
「では、もう一度作業の流れを説明します。まず、一番粉はこちらの一番粉用の中間桶に入れてください。今の時間帯は魔力回復用ポーションの生産回なので、木匙で四杯です。四杯入れるとちょうどこのしるしの位置まで薬草粉末が溜まります」
「はい、わかりました」
アベの説明に、この工程を担当している若い作業者が返事をする。
「一番粉を中間桶に入れ終わったら、次は二番粉を二番粉用中間桶に、五番粉を五番粉用中間桶に入れてください。精製水も同じように専用の中間桶に入れてください」
「薬草粉末の桶と木匙、中間桶は同じ色でわかりやすくしておいたんで、迷ったら色を見てくださいっす」
イズミが色のついた部分を作業者に見せながら言った。
「すべての中間桶に材料が準備できたら、そこで初めて大釜に入れてください」
「最後に投入ですね。わかりました」
「もし作業中にやりにくいことや、もっとこうしたいなどの意見があれば私たちに言ってください。できる限り対応します」
「え?意見を言っていいんですか?」
作業者はアベの言葉に驚き質問した。
「もちろんです。現状の作業手順や作業環境が必ずしも最善とは限りません。やりにくかったらやりやすい方法に変えればいいんです。しかしそれには一つ、守らなければならない決まりがあります」
「決まり……ですか?」
作業者は首を傾げた。
「はい、それは『勝手に変えないこと』です。たとえどんな小さな変化でも、それが原因で問題が発生したら変えた人の責任になりますからね。まぁ、いろいろ説明しましたが一度やってみましょうか」
作業者はアベの説明通り一番粉から順に中間桶に薬草粉末を入れていく。
その後、二番粉、五番粉と作業を続けていき、すべての材料が中間桶にそろった後、釜に投入した。
「いいですね。では続けてください」
「はい、わかりました」
作業者は返事をすると、作業を再開した。
それからしばらく見ていると、最初は手順を確認しながら慎重に作業していた作業者だったが、だんだんとスピードが上がってきた。
「あのー」
「はい?」
五番粉の一杯目を入れ終わった直後の作業者に、突然アベが声をかけた。
「紐の長さや中間桶の位置は問題ありませんか?」
「ええっと、そうですね。二番粉用の木匙の紐は今の位置より台のこのあたりに固定したほうが作業しやすくなると思います。あと、中間桶は全体的に釜に近づけたほうが投入作業のときに歩かなくて済むので楽になると思います」
「わかりました。それらについては後で改善しますので、一旦今のままで作業を続けてください」
「わかりました」
工場長がアベに近づく。
「おい、アベ!作業者の邪魔すんじゃねぇって言ったよなぁ?」
「まぁまぁ工場長!これは必要なことっす。……たぶん」
「あ?たぶんってどういうことだ!ちゃんと説明しろ!」
「勝手なことをしてすみません。ですが、ひとまず作業者を見ててください」
作業を再開しようとした作業者だったが、すぐに動きが止まってしまった。
「ほらみろ!作業者がどこまでやったかわからなくなってんじゃねぇか!」
工場長がアベに詰め寄るが、それでもアベは作業者から目を離さなかった。
「あっ!見てください」
システィナが作業者を指さしながら声を出した。
工場長が振り返ると、先ほどまで止まっていた作業者が中間桶の状態を見て、正しい順番で作業を再開しているところだった。
それを見た工場長は思わず目を見開いた。
「……もしかして、作業者を試したのか?」
「はい。ですが説明もせずにすみませんでした」
「次からは事前に説明しろ」
「そうします」
思いのほか工場長が凄んできたので、アベは少し罪悪感を感じていた。
なぜなら、工場長が怒るほど真剣なのは、それだけ作業者や品質に対して誠実に向き合っている証拠なのだから。
その後、作業者の要望をもとに多少の改善を加え、何回か作業を繰り返してもらう。
作業者が慣れてスピードが上がってくると、改善前後の作業時間の差はほとんどなくなっていった。
しばらく作業を見ていた工場長は短く息を吐いた。
「一番釜はこのまま使わせる。数日問題なければ他の釜にもこの改善を取り入れるぞ」
「やったっすね、先輩!」
「あぁ、そうだな」
アベとイズミがお互いのこぶしを突き合わせて喜んだ。
「ただし、出荷に影響しそうな問題が出たら戻すからそのつもりでいろ」
「もちろんっす。いつでも戻せるっすよ」
イズミが返事をした。
「それとシスティナ、こいつらに魔導盤のことを説明してやってくれ」
「……そうですね、わかりました」
「よろしいのですか?」
アベは、工場長とシスティナの言葉に驚き思わず聞き返してしまった。
「はい。しかし正直に言うと、まだあなた方がこの国にどのような影響を与えるかについては判断しかねています。ですが、薬草粉末の投入作業改善であなた方のやり方や考え方を見て、魔導盤に関する説明をしてもいいと判断しました。今後私の補助をしていただくためにも、魔導盤に関する理解はある程度必要ですから。では、ここで立ち話もなんですから場所を変えましょう」
そう言うと、システィナは工場の隅にある打ち合わせ部屋に向かって歩き出した。
◇◇
部屋の中央には八人掛けの重厚な長方形の木製テーブルがあり、その上には羽ペンとインク、羊皮紙がいくつか並んでいた。
壁面には黒板や専門書の入った本棚が置いてあり、ひときわ大きなアーチ形の窓からは生産ラインを一望することができた。
システィナは全員が席に着いたことを確認すると口を開いた。
「お二人は魔導盤についての知識はない、ということでよろしいのですよね?」
「はい。その通りです」
「では、まず一番大切なことをお伝えします。……それは、魔導盤は壊れたら直すことはできず、そして新しく作ることもできません」
「え?は?え?それは一体どういうことっすか?製造元の会社がなくなったんすか?」
「いえ、そうじゃなくて、そもそも魔導盤は古代文明の遺物なんですよ」
「……はい?」




