第四話 ポーションの作り方
工場長の後に続き、二人は次の薬草粉末化工程へと歩き出した。
工場長の話では、この工場ではポーションの材料として八種類の薬草が使用されている。
それらの薬草は、この工程にある魔導盤を使った粉末機で粉状にされていた。
「まさに巨大石臼ですね」
二段に重なった、黒い光沢のある円柱状の大きな石塊を見ながらアベがつぶやいた。
上部には薬草を入れる穴があり、粉末機の横には宝石のようにきれいな石が設置されている。
作業者がそれに軽く触れると、魔導盤の刻印が光り出し、上段の石塊がゆっくりと回りだす。
ゴリゴリと石がこすれあう音が響く中、ほどなくして石塊の重なった隙間から、さらさらとした薬草の粉末が流れ出てきた。
「この粉末機ですが、あちらの石のような物に触れている間だけ動いているんですね」
「おう、そうだ。勝手に動くと危ないからな」
アベの問いに工場長が答えた。
「ちなみに作業者の方があの石に触れている時間は一日にどれくらいなのでしょうか?」
「あぁ?正確に時間を計ったことはないが、一日の半分以上じゃねぇか?」
「半日以上もっすか?!ちなみに、石に触っている間は別の作業とかはできないんすよね?」
「……そうだな。できることなら別の作業も入れたいところだが、安全を考えるとどうにもな」
しばらくすると、さらさらと流れ出ていた薬草粉末が石塊の隙間から出なくなった。
作業者はそれを確認すると、固まった脚をほぐすように一度ひざを曲げた後、隙間に残った粉末を掻き出していた。
「半日以上立ちっぱで、ただ石に触るだけって考えると結構しんどいっすね」
「以前は座れるようにしていたんだが、どうにも眠気に耐えられないやつが多くてな。今は立ち作業にしている」
「なんか設備に合わせて作業者に無理させてるみたいっすね……」
「こればっかりはしょうがねぇ。設備は簡単には変えられないんだから、どうしたって人が合わせるしかねぇんだ」
工場長はそう言いながら作業工程を見つめていた。
◇◇
その後、三人は大釜の前に移動した。
大釜は複数配置されており、それぞれの釜では作業者が粉状の薬草を木桶からすくい、精製水の入った大きな鉄製の釜に直接投入している。
大釜の下のかまどでは薪が真っ赤に燃え盛っており、投入された材料がぐつぐつと煮え立ち始めていた。
薬草の投入が終わると、厚手の前掛けと手袋を身に着けた作業者が、額の汗を時折ぬぐいながら焦げ付かないよう大きなへらで釜の中身をかき混ぜていた。
「一つのポーションに八種類の薬草を全部使うわけじゃねぇ。疲労回復用、解毒用、魔力回復用、外傷治癒用など、用途によって配合する種類を変えている。それと精製水を混ぜて加熱・撹拌した後、濾過してようやく原液になる」
「このまぜまぜ作業もきつそうっすね」
イズミは思わずつぶやいた。
大きなへらでかき混ぜるだけでも重労働だが、火加減を見ながら焦げ付きを防ぐ必要もある。
そのため体力だけでなく精神的な負担も大きそうだった。
作業負荷が高いうえ、火や熱湯の近くでの作業となると危険もある。
「それにしても、エプロンと手袋はずいぶん頑丈そうなやつを使ってるんすね」
「エプロン?あぁ、前掛けのことか。その二つは火に対する耐性があるから、ここの工程では必須の装備だ」
「耐性?!炎の鎧みたいな感じっすか?」
「あ?何だそりゃ?」
「……気にしなくて大丈夫です。ところで投入する薬草の種類と量はどのように管理しているんですか?」
アベが薬草粉末の入った木桶を見ながら質問した。
「製造するポーションごとに時間帯を分けている。例えば疲労回復用のポーションの時間なら、それに必要な薬草粉末以外は近くに置かないようにすることで、種類の入れ間違いを防止している」
そこまで言うと、工場長は作業場に貼り出されていた羊皮紙を一枚外して持ってきた。
「量については木匙を使っての管理だな。木匙のすり切りを一杯として、どの薬草を何杯入れるかはこのレシピを見ればわかる」
「なるほど。パッと見た感じ結構ややこしそうなレシピですが、量の入れ間違いとかは起きませんか?」
「新人のうちはレシピを見ながら作業するからほとんど間違えることはない。ただ、それだと量がこなせないから、慣れてるやつはレシピを見ずに作業をしちまってるな。当然、そうなる以上多少のミスは出る。だが、その場合は検査工程でひっかけるから、出荷されることはない」
レシピを見て慎重にやっていた作業者も、いつしかレシピを見なくても作業ができるようになる。
しかし、慣れたときほど間違いは起きやすくなる。
それは、元の世界もこの世界もきっと同じなのだろう。
「あれが濾過の作業っすか?」
イズミが三番目の釜を指さしながら言った。
加熱・撹拌作業が終わった作業者は、慣れた手つきで釜の中身を濾過していく。
目の細かい麻布を二重三重と重ね、その上から煮出した液を少量ずつゆっくりと注いでいく。
布の下の器にはうっすらと緑がかった抽出液が溜まり始めていた。
「濾過が終わってようやくポーションの原液になる。この原液と他の材料を次の工程で調合するんだが、その工程もなかなか大変でな。まぁ実際に見たほうが早いかもな」
工場長はそう言うと次の工程に向かった。
◇◇
調合・瓶詰め工程では作業者が原液、聖水、精製水を銅の小柄杓を使って一瓶ずつの量をはかりながら混ぜ合わせていた。
作業者は配合した液を瓶に注ぐと、すぐさま仮栓をした。
その後、配合された液の入った瓶を搬送台のうえに置くと、作業者は近くにある石に触れる。
魔導盤の刻印が光り始めると、搬送台に置かれた瓶は、ゆっくりと次の工程に流れていった。
「原液と聖水を一対一で配合する。それを精製水と合わせるんだが、その配合割合で等級が変わる。精製水の割合が多ければ低級、少なくなるにつれて中級、高級と等級が上がっていく。ちなみに低級は青瓶、中級は黄瓶、高級は赤瓶で、どの種類のポーションでもその三段階だ」
「水で薄める割合で等級が変わるって、なんか某乳酸菌飲料みたいっすね」
「……」
アベも思ったが、元の世界の話をしてもややこしくなるだけなのでツッコむのはやめた。
「そういえば、どの種類のポーションでも等級が同じなら色も一緒なんすよね?紛らわしくないんすか?」
「ポーションの種類ごとに瓶の形を変えているから問題ない」
「あ、なるほど!それなら問題なさそうっすね」
「ところで工場長、配合済みのポーションを大量に作らず、この工程で一瓶ずつ配合するのには何か理由があるのですか?」
「理由はポーションの効果保証期間を長くするためだ。薬草を原液に加工した時点で劣化は始まるが、材料を配合して一度ポーションになるとより劣化が早まる。それを防ぐには配合直後の瓶詰めと、減圧魔法で瓶内の空気を減らさなきゃならん」
「なるほど、作り置きできない理由はそこですか。効率より品質重視ということですね」
「しょ……」
「ん?どうかしたか?」
「いや、なんでもないっす!」
イズミはポーションにも消費期限があるんだと言いかけたが、また無視されそうなので今回はやめておいた。
「でも一瓶一瓶、等級に合わせて配合割合変えるのって、普通にミスりそうっすね。小柄杓使ってますけど、表面張力もあるでしょうし作業者によってばらつきありません?」
「よく見てるな。まぁ多少の誤差は規定値以内なら問題ない」
◇◇
瓶詰めされたポーションは搬送台に乗って次の検査工程に運ばれていく。
検査工程には鑑定士が数人並んでおり、瓶を一本一本手に取り検査作業を行っている。
「この工程では、異物が混ざっていないかと、品質が規定内かを検査する。さっき言った配合誤差が規定値内かどうかはここでわかる。問題なければ減圧処理工程、問題があれば手直し工程に流すか、廃棄することになる」
「品質検査は見ただけで判断できるんですか?」
アベは鑑定士がどのように検査しているかが気になった。
「異物があるかについては目視チェックだが、品質に関しては鑑定スキルで行う。品質が規定値から外れている場合、鑑定したときに『疲労回復用低級ポーション+』みたいに『+』とか『-』が判定結果にでる。『-』は精製水の入れすぎで、ポーションの効果が低い」
「マイナスは良くないっすけどプラス側もダメなんすか?」
「駄目に決まってんだろ。上振れの製品を使った客が、またその効果を期待したらどうすんだ?同じ製品なのに解毒できるときとそうじゃないときがあったら命にかかわる可能性だってある」
「あぁ、確かに。となると、この工程もかなり神経使いそうなんで、作業者の負荷も高そうっすね」
そう話している横で、鑑定士の一人が確認済みの瓶を置くと、鼻の付け根を親指と人差し指でつまみながら目を一瞬閉じていた。
「一本でも効き目のおかしいものがあれば信用問題になる。どんなに大変でも検査はなくせない」
そう話す工場長の表情は曇っていた。
おそらく鑑定士の負荷のことを気にしているのだろう。
出荷前の検査工程は必ず必要だが、鑑定士に頼りきりになっている現状では無理もない。
「そういえば、さっきから鑑定士の人がなんか書いてるみたいっすけど、あれは何すか?」
「あれはNG品の理由を記録するためのリストだ。後でどの工程に問題があったかを調べるために、NG品が出たら該当する理由のところにしるしをつけている」
「理由は何が多いんすか?」
「これまでの記録では、撹拌工程の撹拌ムラが理由になることが一番多い。なんせ釜単位だからな」
「あのまぜまぜ地獄のとこっすね」
「……お前、工場長に聞こえてるぞ」
アベの忠告も虚しく、小声で言ったつもりのイズミの声は工場長に届いていた。
当然イズミは工場長に睨まれていた。
◇◇
検査に合格した瓶は、次に減圧処理工程に送られる。
この工程では、減圧魔法を使える作業者が瓶内に残った空気を抜いていた。
作業者が仮栓に手を添えて減圧魔法を使うと、液面からポコポコと泡が立ち始めた。
瓶内の空気が抜けるのに合わせ、仮栓がゆっくりと沈み込み、そのまま瓶口を密閉した。
その後、瓶はラベル貼り工程へ送られる。
作業者は瓶の色ごとにラベルの種類を変え、向きを揃えながら貼り付けていた。
「生産中のポーション用ラベルしか手元に置いてないんすね。これなら他の種類のラベルと貼り間違えることはなさそうっすね」
「そうだな。だが、等級別のラベル貼り間違いはどうしても起きちまう。そのため、この後にも検査工程がある」
そう言いながら工場長はラベル検査工程の方を指さした。
作業者は送られてきた瓶を一つ一つ手に取り、瓶の色に合ったラベルが貼られているかを確認していた。
◇◇
検査に合格した瓶は、その後搬送台に乗って梱包工程まで運ばれていく。
梱包工程では、ポーションの種類および等級ごとに一箱十二本で梱包されていた。
「とまぁ、ここまでがこの工場全体の流れだな。おっと、そろそろ魔導技師様が来る時間だ。お前ら失礼のないようにしろよ」
工場長は時計を見ながら言った。
「工場長、その『魔導技師様』って呼び方やめていただけませんか?」
二人が声のした方に振り向くと、そこにはイズミくらいの年齢の女性が立っていた。
彼女は気品のある金刺繍の入った深い紺青のローブを身にまとっているが、機能的に配置された革ベルトや工具差しが、現場の人間としての説得力を醸し出している。
後ろで束ねた銀髪に、エメラルド色の瞳。
どこかあどけなさを残しながらも、整った顔立ちをしていた。
しかし、その表情はどこか硬く、警戒しているようだった。
「悪い悪い。それよりさっそくだが、こいつらが例の異世界人だ。こっちの落ち着いたやつがアベで、こっちの若いのがイズミだ」
システィナは二人に顔を向ける。
工場長の紹介に合わせ、まずアベを見てその次にイズミに視線を移した。
「……」
「あ?どうした?さっさと自己紹介しろ」
「あ、し、失礼しました」
システィナは一度咳ばらいをしてから話し始めた。
「はじめまして。私は王国魔導技師のシスティナ・オムールです。この工場の魔導盤管理および工程への導入を担当しています」
「私は異世界人のアベと申します。元の世界では制御設計、こちらの世界で言うところの魔導盤に似た装置の動きを考える仕事をしていました。よろしくお願いします」
「同じくイズミです。俺……いや、私は機械設計をやっていました。装置の形を考える方っすね」
「工場長からもお話があったかと思いますが、あなた方には今後私の補助をしていただくことになります。しかし異世界から来たあなた方に、いきなり設備を触らせるわけにはいきません」
「それはその通りだと思います」
「当然っすね」
システィナの目がわずかに開いた。
「意外ですね。私が言うのも変ですが、異世界の知識をこの工場に取り入れるため、いろいろ無茶なことを言ってくるのかと思っていました」
「え?」
イズミは驚いたが、それと同時に表情の硬さの原因についても納得した。
「システィナさん、どうしてそんなふうに思ったんすか?」
「それは……」




