第三話 ポーション工場見学
異世界最初の役所手続きが終わった二人は、明日から働くことになるポーション工場を目指して歩いていた。
「設備導入とか改善補助って、やっぱりそういうことなんすかね?」
「まぁ、俺らがこっちに呼ばれた理由と何かしら関係はありそうだな。とはいえ、明日現場を見るまでは断定はできないけど」
「確かにそうっすね。ところで先輩、一旦冒険者ギルド行ってみません?」
「……行かん」
「あ、それか武器屋とか道具屋でもいいっすよ?」
「行・か・な・い!」
一度目の返事を聞き流されたアベは、はっきりとイズミに聞こえるように返事をした。
「えぇ?そんな怒らなくても」
「あのなぁ、まだこっちの世界に来て初日なんだぞ?そういうのは安定した生活基盤を築いてから……」
「あ〜はいはい、わかりました、わかりましたよ。ちょっと言ってみただけじゃないっすか」
イズミはふてくされながらそう言った。
アベはめんどくさいと思いながらも、置かれている状況を楽しもうとするイズミの切り替えの早さには、少し感心していた。
「このあたりじゃないか?」
外来者受付からほどなく歩いたところにポーション工場が立っていた。
工場は石造りの大きな建物で、近づくと薬草の匂いがした。
まだ稼働中なのか、工場からは人の声や設備らしき音が聞こえる。
「俺たちの新しい職場、結構でかいっすね!」
「初日でクビになったりしてな」
「先輩、そういう変なフラグ立てないでくださいよ」
「悪い悪い。でも、まずはここからだな」
「はい!でもまぁ、今までもキツい案件いろいろありましたけど、なんだかんだ先輩と一緒に乗り越えてきましたもんね!今回もきっと大丈夫っすよ!」
「そうかぁ?俺はちょっと不安だけどな」
「ちょっと先輩!」
どんな仕事が待ち受けているのか、自分たちはやっていけるのか。
そんな不安をかき消すかのように、二人は冗談を言いながらポーション工場を後にした。
◇◇
「先輩、俺もうお腹空きすぎてやばいっす。……まさか、給料貰えるまで絶食生活なんてことないっすよね?!」
「さすがにそれはきついな……。とりあえず宿についたら一度相談してみよう」
「はぁ、パンの耳でもいいんで恵んでくれないっすかね」
空腹に耐えながらしばらく歩いていると、一際明るい建物が見えてきた。
その建物は、看板に大きく『釜鳴り亭』と書かれた木造三階建ての宿だった。
「地図によるとここだな」
「ん?先輩!こ、この匂いは!」
イズミが匂いにつられて建物に吸い込まれていく。
それは肉と野菜をミルクで煮込んだような、甘くやさしい匂いだった。
アベもその匂いには抗えず、イズミに続き宿に入っていった。
「あの、外来者受付で紹介されて来ました」
「あぁ、いらっしゃい。外来者受付の紹介ってことは紹介状はあるかい?」
宿に入ると、恰幅のいい女性がカウンター越しに声を掛けてきた。
「はい、こちらが紹介状です」
「ほぉ、あんたら異世界人なのかい、珍しいねぇ」
「やっぱここでも同じリアクションっすね」
「珍しいけど客には変わりないからね。今日から一泊でいいね?食事は今日の夜と明日の朝の二食付きだよ」
「食事付きなんですね!とてもありがたいです」
転移前に会社で昼食を取って以来、まともな食事を口にしていなかったため、アベは心からそう口にした。
「……神様ぁ!」
イズミは隣で両手を組み、おかみさんを崇めていた。
「すみません、それで明日からは受け入れ先の指示に従うように言われているのですが……」
「あぁ、それなら働く場所によってまちまちだね!寮に入れてくれるとこや、別の宿を用意してくれるとこ、このままうちで寝泊まりって場合もあるよ。まぁ、だいたいどこもしっかり面倒みてくれるはずだから、心配しなくていいよ。クビにならないようにしっかり働くんだね!」
おかみさんは豪快に笑いながら教えてくれた。
「大丈夫っす!ご飯さえ食べられれば何とかなるっす!」
「あんたたちどこで働くことになってるんだい?」
「俺たち、ポーション工場でお世話になる予定っす!クビにならないように頑張りまっす!」
「ん?あんたたちポーション工場で働くのかい?ならちょうどいいね」
「……ちょうどいいとは?」
「まぁその辺の話は後回しだよ。まずはご飯でも食べな。お腹減ってんだろ?」
「「はい」」
アベとイズミはおかみさんの言葉が気になったが、それ以上にお腹が減っていてそれどころではなかった。
ほどなくしておかみさんは二人を食堂の席に案内した。
少しして運ばれてきたのは、緑鮮やかな葉物野菜と熟れた酸味のありそうな赤い果実のサラダ、表面にこんがり焼け目のついた焼きたての丸いパン、そして程よい大きさにカットされた肉と野菜をじっくり煮込んだホワイトシチューだった。
アベとイズミは迷わずシチューを口に運んだ。
ホロホロになるまで煮込まれた肉と野菜が口の中で自然と溶け出し、具材の凝縮されたうまみが一気に広がっていく。
「う、うううう、うますぎるっす!空腹抜きにしてもうまいっすよこれ!」
イズミが驚いたように言った。
「そりゃそうだよ!ここのシチューは王都で一番の味ってもっぱらの評判さ。テイクアウトするリピーターも多いんだからね」
おかみさんが得意げな顔で二人を見た。
「確かにこの味なら納得っす。やっぱ料理の味は大事っすよね。海外出張のときでも料理が合わないとつらいっすけど、これならやっていけそうっす」
「あぁ、そうだな」
今日の寝るところがあり、ご飯を食べられる。
その安心感からか、アベは元の世界のこと、そして家族のことを思い出し、無意識に眼鏡の真ん中を押し上げていた。
「……先輩!このパンもうまいっすよ!明日の仕事に備えてたくさん食べましょう!」
「そうだな!腹が減ってたら仕事もうまくいかないもんな!」
そう答えて、アベは食事を続けた。
「あんたたち、お腹いっぱいになったかい?」
「はい。とてもおいしかったです」
「もうそろそろだと思うんだけど……」
ちょうどそのとき、宿の入り口の方から扉の開く音とともに、大柄でスキンヘッドの男が入ってきた。
「おう、戻ったぞ」
「あんたお帰り。疲れてるとこ悪いんだけど、ちょっとこっちに来ておくれよ」
おかみさんがその男を手招きしてこちらに呼び寄せる。
「この子たち、明日からあんたの工場で働くんだってさ。外来者受付から連絡きてんだろ?」
「あぁ、聞いてる。こいつらのことだったか」
「あのー、おかみさん。この方は一体?」
イズミはおそるおそるおかみさんに質問した。
「あたしの旦那で、ついでにあんたたちが働くポーション工場の工場長だよ」
「は?え?工場長?!」
「あぁ、俺がその工場長だ」
いきなりの工場長の登場に驚くアベとイズミに対し、男の鋭い視線が向けられていた。その目は、まるで面接官のように二人を品定めしているようだった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアベと申します。明日からポーション工場でお世話になることになりました。よろしくお願いします。こちらが外来者受付の紹介状です」
「同じくイズミです。よろしくお願いします」
アベとイズミは立ち上がり、頭を下げた。
工場長は紹介状を受け取ると、上着の内ポケットにしまった。
「お前らのことは外来者受付からだいたい聞いている。お前ら異世界人なんだってな?」
「はい、その通りです」
「まぁ、紹介状がある以上、お前らがどんな奴だろうが見習い期間は面倒みてやる。だがな……」
工場長の目が鋭さを増した。
「王国民だろうが異世界人だろうが関係ない。うちで働く以上、うちのルールは守ってもらう。作業者の邪魔をしないこと、設備に勝手に触らないこと、このルールが守れないやつは俺の工場には入らせねぇ」
「はい、わかりました」
「俺も大丈夫っす」
アベとイズミの表情を見て、工場長の目が少しだけ丸くなった。
「まぁ、ルールを守れるなら悪いようにはしねぇ。わからないことがあったら何でも聞け」
「……あの、それでは一つよろしいでしょうか?ポーション工場では魔導盤を使っていると聞きましたが、明日見せていただけるのでしょうか?」
「見るだけなら問題ない。だが、魔導盤は壊れたら終わりだ。この国にはポーションを必要としている人がたくさんいる。設備が止まって出荷できません、なんて許されねぇんだ……何が言いたいかわかるな?」
「はい、もちろんです。魔導盤に限らず、生産中の設備に許可なく触れるようなことはいたしません」
「許可なくか……まぁいい。その考えはこっちの世界でも同じだ。だが、ここは俺たちの世界だ。お前たちの世界の常識で勝手に判断すんなよ」
「わかりました」
「よし。じゃあ明日の朝、八時に工場の入り口に来い」
「はい」
工場長はそう言って、カウンターの奥に移動していった。
「驚かせてすまないね。見てくれはあんなんだけど、根はいい人だから」
「いえ、事前に顔合わせできてよかったです。それに、とても仕事に対してまじめそうな方なので安心しました」
「まさに工場長!って感じの人っすね!怒らせたら怖そうっすけど」
「お前それフラグか?」
「いやいや、違いますって!」
この世界に来てまだわからないことだらけだ。自分たちの技術が通用するかもわからない。
それでもやるしかない。まずは現場を見ることからだ。
「ところでおかみさん」
「ん?どうしたんだい?」
「明日の朝ごはんって何時からっすか?食べてからでも間に合いますか?」
「……一応工場長に出発時間の目安を聞いておくか」
◇◇
釜鳴り亭で朝食を済ませた二人は、ポーション工場に向かって歩き始めていた。
少しひんやりとした空気に、通りのパン屋の香ばしい匂いが混ざり合う。
東の空に昇り始めた朝日が朝露でぬれた石畳を照らし出す頃、遠くから王都の朝を告げる鐘の音が聞こえた。
「これが七時の鐘の音だな」
「そうっすね。昨日工場長に言われた時間より早く出発できましたね」
二人は昨晩工場長から『初日だから七時の鐘の音が鳴ったら釜鳴り亭を出ろ』と言われていた。
「それにしても、やっぱ俺ら異世界にいるんすね。起きたら夢でした、みたいなのをちょっと期待してたんすけど」
「それな。俺も何回も夢であってくれと思ったけど、悲しいかな、これが現実なんだよな」
「確かに」
「あ、お前今適当に流したろ」
「ばれました?朝はエンジンかかるの遅いんすよ」
そんな軽口を叩きながら工場地区に入っていく。
気持ちに余裕があるのは昨日の下見のおかげで迷うことがないからだ。
「さっきから荷馬車を引いてる人や、木箱を持った作業者っぽい人たちとばっかりすれ違いますね」
「工場地区に入ったからな。やっぱりどこの世界も朝からちゃんと働くんだな」
「俺らも今日から仲間入りになるかもしれないっすけどね」
「そうだな」
ほどなくして石造りの大きな建物が見えてきた。
木製の門の上には『王国認可ポーション工場』と書かれた看板が掲げられている。
門付近には、薬草や空き瓶を運搬する業者がごった返しており、順次中へと入っていた。
「えっと、このあたりが集合場所でいいんすよね?」
「そのはずなんだけどな」
アベとイズミはあたりを見渡す。
「来たか」
工場長が門の内側から姿を見せた。
「おはようございます。改めまして、異世界から来ましたアベです。本日はよろしくお願いします」
「同じくイズミです。よろしくお願いしまっす」
「遅刻はしなかったようだな。今日は昨日言った通り工場を見せてやる。何回も言うが、ルールは守れよ。作業者の邪魔をしない、設備に触らない。いいな?」
「わかりました」
「よし!じゃあ、ついてこい」
アベとイズミは工場長に続き、工場の中に入っていく。
高い天井に石の床。中は思っていた以上に広かった。
壁際の棚にはさまざまな種類の薬草、色とりどりの空き瓶、コルクで蓋をされた聖印入りの小瓶に詰められた青い液体など、ポーション製造に使用するであろう材料が並べられていた。
棚には間口ごとに材料名のプレートが貼られており、きちんと管理されていることがうかがえた。
「まずここで材料の受け入れを行う。その後は薬草の粉末化、加熱・撹拌、濾過、調合・瓶詰め、品質検査、減圧処理、ラベル貼り、ラベル検査、そして梱包して出荷だ」
「魔導盤はどの工程で使用されていますか?」
「今は薬草の粉末化工程と、瓶詰めから梱包工程までの搬送部分で使っている。他の工程にも魔導盤を入れて効率を上げたいところだが、工程に合う魔導盤がなかなか見つからないそうだ。その辺の詳しい事情は後で魔導技師から説明してもらう」
「魔導技師?」
アベとイズミは初めて聞く単語に反応する。
「簡単に言えば魔導盤のスペシャリストだ。作業工程に魔導盤を入れるときは魔導技師が最初から最後まで面倒をみる。魔導盤の機能を把握して、どの工程に使えるかを検討し、実際に工程に入れて使えるようにする。調子が悪くなったときの対応もだな」
イズミが少し考えてアベのほうを向く。
「これって俺らの世界でいう生産技術職に近いっすよね?」
「あぁ、ほとんどやってることが生技だな」
「なんだ、お前らの世界にも同じような職業があるのか。なら話は早い。お前らはその補助をやってもらうことになる」
工場長はそこまで話すと、次の薬草粉末化工程へと歩き出した。




