第二話 異世界最初の手続き
「先輩!先輩ってば!」
だんだんと視界が戻る中、イズミのうるさい声が聞こえてきた。
「ちょっとあれ見てくださいよ!でっかい石壁っすよ!それに冒険者みたいな人もたくさん!」
イズミが指をさした方向に目をやると、そこには長い行列ができている。
馬車に乗った商人らしき人や、大きな荷物を抱えた旅人、腰に大きな剣をぶら下げた冒険者たちが並ぶその行列の先には、木製の大きな門と、それを囲むように聳え立つ石壁が延々と左右に続いていた。
「……俺たち、本当に別の世界に来たんだな」
どこからどう見ても日本ではない。
これからどうしようかとイズミに相談しようとしたアベだが……
「ステータスオープン!……あれ?ん~これじゃないなら……ステータスよ開け!うっ……これでもないのか」
ぶつぶつとつぶやくイズミを一旦放置して、アベはそっと空を見上げた。
「先輩!違うっす!これは、ええっと……そう!一応お約束みたいなものっすから!」
恥ずかしがりつつも、どこか残念そうにイズミは言い訳をした。
「ステータスもないってことは、きっとレベルもないんすね。初異世界なのに……」
「それそんなに必要?俺たち別に戦いに来たわけじゃないんだし、あんまり気にすんなよ」
「いやでも、日常系の異世界ものでも普通ステータスってありますし……」
「……」
「え?なんすか?」
「まぁ元気出せって」
「……はい」
アベはイズミを慰めつつ作業着のポケットを確認すると、唯一、胸ポケットに入れていた家族写真だけが残っていた。
「良かった……」
アベはつぶやきながら中指で眼鏡の真ん中を押し上げた。
「予想はしていたけど、あいつマジでほぼ全部工場に置いてきやがったな」
「あー、俺もなんもないっすね。あとステータスも開かないですし」
「……こんなんでどうしろと」
「ステータスについてはナチュラルに無視するんすね。別にいいっすけど」
イズミの文句は無視しつつ、アベはこれからのことを考えていた。
「それで、これからどうする?このまま門まで行ってみるか?」
「まぁそれしかないっすよね」
「だよなぁ」
二人は覚悟を決め、門まで続く長い行列の最後尾へと足を運ぶことにした。
「なんか入国審査を思い出しますね。なに聞かれるんすかね?」
ずっと周りをキョロキョロ見ていたイズミだったが、自分たちの番が近づいてきたため少し緊張し始めていた。
「実際何を聞かれるかわからないが、俺たち別の世界から来たって正直に言った方がいいのかな?」
「いや、それはできれば言いたくな……」
「では次!前へすすめ!」
「「はい」」
イズミが言いかける前に門番に呼ばれてしまったため、アベとイズミはその声に反射的に返事をした。
「それでは身分証の提示を」
「すみません、身分証は持っていません」
「ん?あぁそうか、王国外から来たんだな?それでどこから来た?いや、待て。……ずばりその格好からして異世界から来たんだろ?!」
イズミはドキッとしながら、門番に聞こえないようアベに身を寄せた。
「せせせ先輩やばいっす!これ、やばいやつっす!」
「え?いきなりどうした?」
「あの、異世界人って相場だとめちゃくちゃ嫌われてるか、めちゃくちゃ不審者扱いされるかのどっちかなんすよ」
「は?!それどっちも最悪じゃん」
「おそらくこのパターンは初手牢獄行きっすね」
「いや、でもこの状況じゃ言い逃れできなくないか?それに俺たちはこっちの求人に適性があるから、さすがにそこまでは……」
アベは覚悟を決め門番へ向き直った。
「はい……私たちは異世界人です」
「おっしゃ!当たった!そうかそうか、お前ら異世界人か!おい、やっぱり異世界人だってよ。約束通り、今日はお前のおごりな」
門番は興奮しながら、近くにいるもう一人の門番に話しかけていた。
「おごりってなんすか?っていうか、俺たち牢獄行きとかにはならないんすか?」
拍子抜けしたイズミが思わず聞いた。
「悪い悪い、お前らの格好が妙なんでこいつと賭けをしてたんだ。お前らが異世界人かどうかってな!おかげで今日はただ酒が飲めるぜ」
門番は嬉しそうにそう語っていた。
「それで、なんでお前らを牢獄行きにする必要があるんだよ?もしかして、なんか悪いことでもしたか?」
「いや、何にもしてないっす!むしろこっちの世界初日っす!」
「なに?今日来たのか!それでお前ら、何しにこっちの世界に来たんだ?」
「わかんないっす。信じてもらえないかもしれないっすけど、気づいたらあの辺にいたんすよ」
「そ、そうなのか。まぁ、異世界人ってのはごく稀にこっちの世界に来るらしいけど、なんか大変なんだな……」
イズミの表情を見て、門番はそれ以上聞くのをやめた。
「ところでお前たち、こんなところにいたってことは王都に入りたいのか?」
「はい。ですが先ほども言いましたが、私たちは身分を証明できるものもお金も持っていません。それでも王都に入ることはできますか?」
「おう、それなら外来者受付に行けば仮身分証を発行してもらえるぞ。お前らみたいに身元がはっきりしないやつはまずそこだ。だが、勝手にうろちょろされると門番の俺が怒られるからな。ついてこい」
「助かります」
アベは門番に頭を下げて礼を言った。
「じゃあ、さっそく行くか」
◇◇
門番の後ろを遅れないように少し早歩きで歩いていると、隣のイズミが小声で話しかけてきた。
「いや~、門番さんとの会話はヒヤヒヤしましたけどなんとかなりましたね。門番イベント無事攻略っす。……言葉通じてなかったら詰んでましたけど」
「ヒヤヒヤしたのはお前が初手牢獄とか変なこと言いだしたからだろ」
そんな会話をしながら二人は門をくぐると、王都の中は、まさにアニメや漫画の中に入り込んだような光景が広がっていた。
まっすぐ王城まで続く石畳の道、キラキラした宝飾品や武器・防具を売っている店の数々。
そして露店では果物や野菜、スパイスを効かせた串焼きの店が立ち並び、多くの人でにぎわっていた。
「まさに異世界の町っすね」
「あぁ、思ったよりちゃんと町だな。それより看板の字が日本語じゃないのに読めるのはなんでだ?!」
「そこはそういう仕様ってことっすね。そんなことより、もっとこう、奴隷商がいたり、ごろつきみたいな冒険者に絡まれたりとかないんすかね?」
「……お前そんなにトラブルに巻き込まれたいわけ?」
そんな話をしていると、前を歩いていた門番が足を止めた。
「おいお前ら、ここが外来者受付のある建物だ」
門番が指さした方向を見てみると、そこには『王国民政庁』と書かれた大きな建物が立っていた。
門番の後に続き建物の中に入っていくと、木製のカウンターがずらりと並んでおり、それぞれのカウンターには受付らしき女性がいる。まさにお役所といった感じだ。
「あそこにある番号のプレートを取って呼ばれるまでその辺で座っとけ。俺の案内はここまでだから。じゃあ後は頑張れよ!」
門番はカウンターから少し離れた場所にある木製のプレートを指さしながら言った。
「はい。ここまで付き添っていただきありがとうございました」
「おう、じゃあな」
アベとイズミは門番に礼を言い、言われた通り番号のプレートを手に取り席に着いた。しばらくして自分たちの持っているプレートの番号が呼ばれる。
「十二番でお待ちの方はどうぞ」
「はい」
アベとイズミは完全に役所だなと思いながらカウンターに向かった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「私たちは異世界から来たのですが、ここで仮身分証を発行してもらえると聞きまして……」
「はい、こちらで承っております。それにしても異世界人の方とは珍しいですね」
「やっぱり珍しいですか?」
「そうですね、過去にも何名かいらっしゃったと記録はありますが、私は初めてです」
受付の女性は、そう言いながらハンドボールくらいの水色の水晶を取り出した。
「身分証のない方は、まずこちらの水晶で犯罪歴を確認します。元いた世界も含め、重大な罪を犯していないかを調べるものです」
「お~!こういうのっすよ、こういうの。じゃあさっそく俺から行っていいっすか?」
「あぁ、さっさと行け」
テンションの上がったイズミだったが、いざ水晶に触るとなると少し指先が震えていた。
手のひらで包むように水晶に触れると、水晶はきれいな水色からだんだんと淡い緑へと色を変えながら光を帯びていった。
「結果は問題ありませんね。もう手を離していただいて大丈夫ですよ」
「ふぅ~、早弁と遅刻は法に触れなかったっすね」
腕で額の汗を拭くイズミをちらっと見て、アベと受付の女性は聞かなかったことにした。
「……ではそちらの方もお願いします」
アベも水晶に触れる。結果はイズミと同じだった。
「はい、問題ありません。では次に滞在目的をお伺いします。観光、商用、就労、留学、永住、ワーキングホリデー、その他のいずれかでしょうか?」
「……こっちにもワーホリってあるんすね」
イズミがアベを見る。
判断は任せます、という顔だ。
「それでは就労でお願いします」
「就労ですね。ではこちらの紙にお名前と、職業、職能を記載してください」
そう言って受付の女性は申請用紙のような紙を渡してきた。
アベは手渡された用紙を見るが、やはり日本語ではない。
不思議なことに意味は理解できるが、文字を書くことはできない。
「大変申し訳ないのですが、私たちはまだこちらの世界の文字が書けません」
「そうでしたか。ではこちらで記入するので口頭で教えてください」
それからアベとイズミは、自分たちの名前と、元の世界での職業や経験、身につけている技術について説明した。
「アベさんは制御設計、イズミさんは機械設計ですか……。この国ではあまり聞きなじみのない職業ですね。ただ職能を聞く限り、アベさんは魔導具や魔導盤の整備、イズミさんは設備の形を変えたりする仕事が近いかもしれないですね」
「あの、すみません。魔導具や魔導盤について教えていただけますか?私たちの世界にはなかったものでして……」
アベが聞き返すと、受付の女性ははっとした。
「そうですね、失礼しました。魔導具とは魔石を利用して生活のサポートをする物のことを言います。調理するときに火を起こす魔導コンロや、野菜などの日持ちしない食料を冷蔵保存するための魔導冷蔵庫、あとは照明器具なんかも魔導具ですね」
「なるほど!魔導具はいわゆる家電のことっすね」
「次に魔導盤ですが、これは主に大型の設備を動かすためのものです。工場で製品を搬送したり、水門を開いたりなど、用途はさまざまですね」
「元の世界の制御盤と似たような感じだな」
「あ~確かに!どっちも『盤』が付いてますしね」
「魔導具や魔導盤はこの国になくてはならないものです。ただ、魔導盤を扱うためには専門の知識が必要ですので、もしアベさんの知識が活かせるのであれば、重宝されるかもしれませんね」
受付の女性はにっこりとしながらそう言った。
「ありがとうございます。魔導具と魔導盤については理解できました。お話を聞く限りでは魔導盤の整備のほうが私の職能に近いかもしれません」
アベの見解にイズミもうんうんとうなずいている。
「そうですね、職能を加味して斡旋できる仕事ですと……王国認可のポーション製造工場の設備導入補助、設備改善補助があります」
「ポーション製造工場?!それってどんな工場なんすか?」
「この国の特産品でもあるポーションを製造しており、疲労回復用や魔力回復用などのさまざまな種類のポーションを作っています。工場では薬草の加工から梱包・出荷まで行っており、その生産ラインには魔導盤を利用した設備もいくつかあります。先ほど申し上げた製品の搬送などにも使用されているとか」
アベとイズミが顔を見合わせる。
「イズミ!」
「先輩!」
「「これだ!」」
二人はどこか確信めいたものを感じた。
「仮身分証の方については、基本的に一週間は見習い扱いとなります。見習い期間中の働きを見て、受け入れ先が採用するかどうかを判断しますので、現状は正式採用ではないことをお忘れなく」
「はい、それで問題ありません」
アベの返答を確認すると、受付の女性は書類に大きな印を押した。
「では明日、王国認可ポーション工場へ行ってください。先方へはこちらから連絡が入りますので、工場の方がご対応してくださるはずです。当日はこちらの仮身分証と紹介状を工場の担当の方に提出してください。なお工場の場所についてはこちらの地図に記載してあります」
「ありがとうございます」
アベは書類を確認する。
仮身分証、ポーション工場への紹介状、そして地図。
それらの書類が手元にあるだけで少し安心した。
しかし、イズミの顔はそうではなかった。
「あの、俺たち今お金がなくて、今晩泊まるとこもないんすけど……」
「あぁ、宿泊に関してですね。外来者の一時滞在の場合、一泊分は就労支援対象となりますので費用負担なく宿泊可能です。ですので、紹介状を宿の受付に提示していただければ一泊できます。その後については受け入れ先の指示に従ってください」
イズミの顔が晴れていく。
「名前は釜鳴り亭という宿屋です。本業は宿屋ですが酒場としても有名ですので、冒険者や労働者の方などからの人気も高いです。料理もすっごくおいしいので、私もここの同僚たちとよく行くんですよ。場所は工場地区の近くにありますが、詳細は先ほどの地図にも記載がありますのでそちらをご確認ください」
「助かった~!よかったっすね、先輩!」
一通りの手続きも完了したため、受付の女性に頭を下げ、二人は外来者受付を出た。
「あれ?普通、転職エージェントって企業との橋渡しっすよね?なんで自分たちでハロワみたいなところに行ってるんすかね?結果的に仕事見つかりましたけど……」
「あいつがやったのは、俺たちをこの世界に送るところまでってことなんだろ。勤務先の斡旋手続きは自分たちでやれってことらしいな」
「えぇ……どんだけ雑なんすか。あ、でも門番イベントから役所手続きまで、全部チュートリアルの強制イベントだったりして?」
「お前なぁ……まぁ、そこはわからんが、まずはこっちの世界で安定した生活ができるようにならないとな。てことで、一度ポーション工場の場所を確認しておくか」
「そうっすね!」
初めての土地で初めての仕事。
初日から道に迷って遅刻でもしたら洒落にならない。
二人は先ほどもらった地図を片手に、明日働くことになるポーション工場へ向かって歩き出した。




