第十五話 初めての王都観光②
「イズミさん……?どうかしましたか?」
システィナが振り返ると、深刻そうな面持ちをしたイズミが立ちすくんでいた。
「え?!あ、ええっと……そうそう!さっき行った武器屋に忘れ物してきちゃったので取りに戻りたいなーなんて」
「忘れ物ですか?まぁしょうがないですね。戻りましょうか」
「すいません、せっかく連れてきてもらったのに。店主さんもお邪魔してすいませんでした。また来ますね!」
「はい、またいつでもおこしください」
イズミとシスティナは、店主に頭を下げると道具屋を後にした。
◇◇
道具屋を出て武器屋に向かってしばらく歩いているが、イズミの顔はずっと暗いままだった。
「イズミさん」
「……はい」
「忘れ物って嘘ですよね?」
「……」
システィナに嘘を見抜かれ、イズミは一瞬言葉につまる。
「……あの、さっきの店主さんの話本当なんすか?」
「やっぱり気にしてたんですね」
「そりゃ気にしますよ、あんな話聞いちゃったら。のんきに遊んでる場合じゃないって……普通、思いますよ」
元の世界でもみんながみんな、なんでも買えていたわけではなかった。
イズミ自身もこれまで身の丈に合った生活をしてきており、娯楽品や嗜好品なら我慢すればいいと考えるタイプであった。
しかしポーションは違う。
無ければ命に関わることだってありえる。
「イズミさんは優しすぎです。だって、イズミさんからしたらほとんど関係のない人たちじゃないですか。道具屋の店主だって会ったのはさっきが初めてですし、この国のひとたちだってほとんど顔すら知らないんですよ?」
「……」
「だからイズミさんが気にする必要はないんです」
システィナはまだイズミたちに線を引いている。
それは決して拒絶ではなく、責任を負わせたくない気持ちの表れであるとイズミも理解はしていた。
「システィナさんが俺のことを考えてそう言ってくれるのはうれしいっす。でも……それでも俺は今、この世界にいて、この国のポーション工場で働いてるんすよ」
「それはそうかもしれませんが……」
「俺は、今まで設備を作ることしかしてきませんでした。だからポーションを安くするなんてできないかもしれません……だけど、見て見ぬ振りはやっぱり無理っす」
「イズミさんはそういう方でしたね。……少し歩きましょうか」
そう言うと、システィナは武器屋とは別の方向に向かって歩き始めた。
◇◇
システィナに連れられてきたのは、幅広い水路が一望できる歩道だった。
「ここは?」
「ここはこのあたりで有名なお散歩コースですね」
お散歩コースと言うだけあって、歩道に沿って等間隔に設置されたベンチには運動疲れで休憩している人や、座って水路を眺める人たちがいた。
「てかこの水路すごいっすね。水路とか柵の作りもそうっすけど、なにより水がきれいというか」
統一感のある石造りの水路は、柵の見事な造形とも相まって町の景観をより美しくしているようだった。
そしてその水路の水は、水底が透き通って見えるほど澄んでおり、水面が揺れるたびに日の光を反射してきらきらと輝いていた。
「この水路の水がきれいなのは施設で浄化しているからですね。川から引いてきた水を浄化して、生活用水や工業用水用に流しています」
「なるほど……でもどうして俺をここに?」
「ええと、その前にちょっと私の話を聞いてもらえますか?あそこに水門がありますよね?あれは私が今の仕事に就いて、初めて一人で導入した設備なんですよ」
システィナは柵の手すりから少しだけ身を乗り出して水門を指さした。
イズミもつられてシスティナの横に立ち、同じように身を乗り出すと、水面から真っ直ぐに立ち上がる鉄でできた大きな水門が目に飛び込んできた。
「え?最初からポーション工場じゃなかったんですか?」
「そうなんです、最初は上司に連れられていろいろな現場に行きました。そしてある程度経験を積むと、いわゆる一人で仕事を任せられるかという試験みたいなものがありまして、それがあの水門を開閉させる設備だったんです」
「あぁ、テスト的な感じっすね」
「はい。でも実際、経験を積んだといっても未熟には変わりないので、とても苦労しました。問題が出るたびに対応に追われて、正直何度も逃げ出したくなりましたね」
「その気持ちわかります。俺も同じような経験しました」
「そのときの私は早く認めてもらいたくて、全部自分でやろうとしていました。その方が結果的に早く仕事が進むと考えていたので。ですが結局それがダメでしたね。どんどん悪循環にはまっていって……それである日、上司に言われたんです。『お前の仕事はなんだ?』と」
「……」
「それで考えたんです。魔導技師の仕事ってなんなんだろう、私がやらなきゃいけないことってなんだろうって。そしたら気づいたんです。私じゃなきゃできない仕事と、そうではない仕事があるってことに」
「専門分野は専門家にってやつっすね」
「そうですね。私が魔導盤の専門家であるように、水門の設備を作るためにはいろんな専門家の協力が必要です。その専門家のみなさんを繋ぐのが私の仕事なんだと、そこで初めて知りました」
「ハハッ」
「なにか私変なこと言いましたか?」
イズミに笑われたと思い、システィナは少しだけ頬を膨らませた。
「いや、そういえば俺も昔先輩に似たようなこと言われたなって思い出しまして」
「フフッ、同じですね」
イズミとシスティナは笑いあう。
「だから、イズミさんはポーションの価格を下げることを無理に考える必要はないんです。ですが……」
システィナはイズミの方を向く。
「価格を下げるためにはイズミさんの専門家としての知識や経験はきっと必要になります」
「でも、かき混ぜ棒すらまともに設計できてないっすからね、俺」
システィナは再び手すりに手をおき水門のほうを見る。
「私、今でもたまにここにくるんです。問題や辛いことがあっても、あの水門を見ると自分はできたんだって、きっとなんとかなるって、そう思えるんです。だから、イズミさんにもそう思ってほしくてここに連れてきました。今はまだかき混ぜ棒はうまくいってないかもしれないですけど、私はこのままだとは思いません」
「何とかなる……かぁ」
「気休めかもしれませんが、案外そういうもんだと思いませんか?」
「まぁ、確かにそうっすね!今までもなんとかここまでやってきたはずなのに、なんだか弱気になってました。でも、システィナさんのおかげでまた頑張れそうっす!」
「そうです、その意気です」
二人の間に柔らかな風が吹く。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「いいっすよ、なんでも聞いてください」
「撹拌工程の改善のことも道具屋のことも、なんでそこまで一生懸命なんですか?」
「え?なんかおかしいっすか俺?普通だと思ってたんすけど……」
「あ、いや、決して悪い意味とかではなくて、もし私がこことは違う世界に行ったとしたら、自分のことだけで精一杯になりそうな気がするなと思いまして」
「ん~そうっすね、改めて言われると……」
イズミは今まで自分がすべきだと思った行動をしてきただけだった。
しかし、なぜ『そうすべき』だと思ったのかを、イズミはシスティナに聞かれて初めて考えた。
「ええっと、理由はいろいろありますけど、大きい理由は……たぶん二つっすね」
「二つですか」
「はい。まず、俺のいた世界ってこっちの世界みたいに魔法とかないんすよ」
「あぁ、以前もそうおっしゃっていましたね」
「はい。で、そのときも話したかもしんないすけど、代わりに魔法とかドラゴンとかダンジョンなんかを題材にした物語がたくさんあるんです。俺、そういうのがめっちゃ好きなんすよ」
「確かに、イズミさんそういうの好きそうですね」
システィナは過去のイズミの発言を思い出しクスっと噴き出す。
「それで、そういう物語って決まって主人公が困ってる人を助けるんすよ。だからっすかね。俺もそうなりたいと思っちゃうのは。すんません、なんか理由が子どもっぽくて」
「いえ、英雄志向は誰しも持っているものですよ。男の子なら」
「いやいや、イジってるじゃないっすか」
「フフッ、冗談ですよ。それでもう一つの理由は?」
「先輩を元の世界に返してあげたいからっすね」
不意に真面目な顔になるイズミにシスティナは身構える。
「それはどういう……」
「こっちに来るときに言われたんすよ。俺と先輩でこっちの仕事を終わらせたら帰れるって。具体的になにをしたらいいかは教えてもらってないんすけど、こっちの世界の人たちの困ってることを俺たちの技術で助けることがきっとそうなんじゃないかと思うんです。……先輩は帰らなきゃダメなんすよ。絶対に」
「そうですか……いや、そうですね!元の世界に帰りたいですもんね。私もできることは協力しますので遠慮なく言ってくださいね!」
「ありがとうございます!」
二人がそんな会話をしていると水門のほうからゴゴゴゴと大きな音が聞こえてきた。
「あれ?何か大きい音がしてますけど?」
「あぁ、水門の開く音ですね。貯水エリアにある浄水を定期的に放水して水位を調整してるんですよ。せっかくなので見ていきませんか?」
大きな水門の扉がゆっくりとせり上がってくると、今まで水門の上流に溜まっていた水が一気に下流に流れ込んできた。
「結構迫力ありますね!……ん?」
上流から一枚の木の葉が水流にのって流れてくる。
その木の葉は水門の柱によってできた渦に飲み込まれ一瞬で見えなくなってしまった。
「システィナさん、あそこ見てください!あの渦のところ」
「え?渦がどうしたんですか?」
「あれです!あの渦!あれを作るんです!かき混ぜ棒と柱で!」
「ど、どういうことですか?」
「俺は今までかき混ぜ棒だけで水の流れを作ろうと考えていました。でも、あの柱みたいな固定物を使って水の流れを『乱す』ことができれば、うまくいくかもしれません!」
「なるほど!」
「すいません!俺、やっぱこれから戻ってかき混ぜ棒の設計し直してきます!」
「え、今からですか?……わかりました。でも睡眠はしっかりとってくださいね」
「了解っす!じゃあ今日は本当にありがとうございました!このお礼はいつか絶対しますんで!」
そう言い残しイズミは釜鳴り亭に戻って行ってしまった。
だんだんと小さくなるイズミの後ろ姿を見ていると、この世界は二人の本当の居場所ではないことを再確認する。
それは出会った頃から理解していたはずなのに。
今こうしている間も、その事実はなにも変わっていないはずなのに。
それでもシスティナの心はざわついてしまう。
「できることは協力します……か」
心から言えなかった。
でも決して嘘ではない。
なんであのときそう思ったのかはわからない。
だけど、それでもきっと二人が帰るためには……
――水門はいつしか扉を閉じ、先ほどまで激しかった水の流れも穏やかになりつつある。
システィナはそんな水面をいつまでも眺めていた。
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