第十四話 初めての王都観光①
「へ?……町を案内っすか?」
「そうです。だからそんなところに突っ立っていないで早く準備してください」
「いやいやいや、確かに先輩や工場長には休めって言われましたけど、さすがにこんな状況で遊びに出かけるわけにはいかないっすよ」
「……本当まじめな方ですね」
「え?なにか言いましたか?」
「いえ。ですが問題ありません。アベさんと工場長からは、イズミさんを一人にしておくと余計なことばかり考えるだけだからと言われていますので」
「何すかそれ」
そう言いながらクスリとするイズミ。
「わかりました!じゃあ今日はお言葉に甘えて案内されます」
「最初からそうやって素直に聞いておけばいいんですよ。では私は一階で待っていますね」
そう言ってシスティナは扉の前から姿を消す。
「ん~、とりあえず準備するか」
システィナの背中を見送った後、イズミは両手を上げ背中を伸ばした。
みんなに気を使わせてるなとか、システィナを待たせてはいけないとか、初任給でこっちの服を買っておいてよかったとか、いろんなことが頭を巡ったが、一旦は好意に甘えることにしたイズミであった。
◇◇
アベとイズミが宿泊している釜鳴り亭は、夜は酒場としても営業しているが、日中は軽食も提供している。
今日は町のほとんどの工場も休みのため、朝から多くの人がゆったりとした時間を過ごすために訪れていた。
イズミの準備を待つため、システィナはカフェスペースに向かった。
「あら、システィナちゃんこんな時間に珍しいね」
水とおしぼりを持ったおかみさんがシスティナの席にやってきた。
「おかみさん、おはようございます。朝は宿泊受付じゃないんですね」
「あぁ、あっちはこの時間帯は混まないからね。ところで、なんか飲んでいくかい?」
「はい、ではアイスコーヒーをお願いします」
「あいよ、アイスコーヒーだね!……それにしても今日はずいぶんと可愛らしいかっこうをしてるじゃないか」
「べ、べべ別にいつもと同じです!」
普段より少しだけ気合を入れたことをおかみさんに見透かされ、今にも顔から湯気が出そうになるシスティナ。
「あはは、いつもと同じね!ちょっと待ってな。すぐコーヒー持ってくるから」
おかみさんは笑いながら厨房に戻って行った。
システィナは落ち着きを取り戻すため、テーブルに置かれた水をいっきに飲み干す。
しばらくしておかみさんがコーヒーを持って戻ってきた。
「はい、アイスコーヒーだよ」
「ありがとうございます」
「ところでシスティナちゃん、最近工場でなんかあったかい?」
「なにか、と言いますと?」
「いやね、最近イズミちゃんの様子がおかしくてさ。前は休みの日になるとうちの息子の相手をよくしてくれたんだけどね、最近は『にいちゃんが遊んでくれない』って息子が拗ねちゃって。夜も遅くまで起きてるみたいだから心配でね。旦那に聞いても答えてくれないからさ」
「……そう、だったんですか」
システィナはコーヒーグラスの水滴を親指でそっとなぞる。
「実は今……」
そう言いかけた時、ドタドタと急いでこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「システィナさん、すいませんお待たせしました!」
イズミの登場に、先ほどまで心配していたおかみさんの表情が明るくなる。
「あ、おかみさん!おざーす」
「おはようイズミちゃん。今日は二人してデートかい?」
「ん~まぁそんな感じっすかね」
イズミは深く考えず反射的に答えた。
なぜなら、男女が二人で出かければ周りからそう見られることもあるだろう、くらいにしか思っていなかったからである。
「なっ……!」
しかし、異性と二人で出かけた経験のないシスティナにとって『デート』という言葉はそんな単純なものではなかった。
だから心の中で何度も何度も自分に言い聞かせてきた。
これは自分の意思ではない、頼まれただけだと。
そうこれは……
「イズミさんに町を案内するようアベさんに言われただけなんです!」
そう言いながら勢いよく席を立つシスティナ。
「システィナさん!わかってます、わかってますから、ね?落ち着いてください」
「ごめんごめん、コーヒーはサービスしとくから楽しんでおいで」
「……なんだかすみません、それでは行ってきます」
恥ずかしさのあまり全力で否定してしまったことや、イズミとおかみさんに気を使われたことに罪悪感を覚えたシスティナであったが、本来の目的を思い出し釜鳴り亭を後にする。
◇◇
釜鳴り亭を出て大通りを歩き始めた二人だったが、突然システィナが足を止め、イズミに向かって頭を下げた。
「イズミさん、先ほどはすみませんでした」
「全然いいっすよ!ところで今日はどこを案内してくれるんすか?」
自分が気にしていたことが馬鹿らしくなるほど、イズミは全然気にしてないと笑顔を見せる。
そんなイズミが少しでも楽しめるよう仕込んできたメモ帳をこっそりと開くと、昨日アベから聞いたイズミの行きたそうなお店が目に入った。
「イズミさんって冒険者ギルドや、武器や道具屋なんかがお好きなんですよね?行ってみますか?」
「え?!いいんすか?やったー!」
「はい。では、ここから近い冒険者ギルドから行きましょうか」
「よろしくおねがいしまっす!」
◇◇
「ほぉ~ここが冒険者ギルドっすか」
「そうですね。ところでなんで冒険者ギルドに行きたかったんですか?」
「え?冒険者ギルドがあったら普通行きますよね?」
「答えになっていないような気がしますが……まぁいいです。入りましょうか」
二人は冒険者ギルドの扉を開け中に入っていく。
入口の正面には受付があり、冒険者らしき人たちが受付嬢と話している。
そして壁際には大きな木製の掲示板があり、そこには依頼内容が書かれた紙がびっしりと貼りだされていた。
「あ!あっちにある依頼の張り紙見に行ってもいいっすか?」
「イズミさん、まさか依頼受けようとしてます?」
「いやいやいや、そんなわけないじゃないっすか。見るだけっす、見るだけ!」
「さすがにそうですよね。じゃあ見に行きましょうか」
イズミとシスティナが木製の掲示板に向かおうとしたその時だった。
「あ!システィナさーん!ちょうどいいところに。魔導盤の発掘依頼について相談したいことがありまして……申し訳ないんですがちょっとこっちに来てもらってもいいですか?」
受付の方からシスティナを呼び止める声が聞こえてきた。
「イズミさんすみません、呼ばれてしまったので少し行ってきてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!一人で見てるんで大丈夫っすよ」
システィナはイズミに一礼して受付に向かい、それを見届けたイズミも木製掲示板に向かって歩き出した。
掲示板の前には多くの冒険者が集まっており、少しでもいい依頼がないかと吟味しているようだった。
「そこのおにいさん、ここに来るのは初めて?」
そんなイズミに一人の魔術師の女性が話しかけてきた。
「え?そうっすけど、なんでわかったんすか?というかあなたは?」
「わたし?わたしは冒険者のメイ・セラールよ。よろしくね」
足首まで伸びたフード付きの黒いロングローブを羽織った彼女は、手に持った小さな杖をふりふりしながら自己紹介をする。
頭には黒いとんがり帽を被っており、その長いツバの下から見える顔は美しく整っていた。
「メイさんっすね。俺はイズミっていいます。ところでなんで初めてってわかったんすか?」
「だって冒険者じゃないでしょ?装備も特にしてなさそうだし、魔術師って感じでもないじゃない」
「鋭い!さすが冒険者っすね!」
指摘の通り、イズミの格好は街中では馴染んでいたが、こと冒険者ギルドにおいては若干浮いていた。
「ところで、なにか困ってることがあれば教えてあげるけど」
「ほんとっすか!じゃあこの掲示板について教えてください!」
「いいわ、教えてあげる。まずこの掲示板は、依頼のランクごとにスペースが区切られていて、左からSランクの依頼、そして右に行くほどランクの低い依頼となってて、Gランクまでの依頼が掲示されてるの」
「SからGっすか!それってやっぱり冒険者ランクと関係があって、一ランク上の依頼までは受けられるとかっすか?」
「あら、よく知ってるじゃない。でも個人で請け負う場合は同ランク帯じゃないと無理よ。Sランクの依頼ならSランクの冒険者、それか複数のAランク冒険者で構成されたパーティなら請け負うことができるわね」
「おぉ!やっぱり定番の設定なんすね。ところで依頼ってどんなものがあるんすか?」
「依頼内容はさまざまよ。魔獣討伐など命の危険にかかわるものほど高ランクで、ペット探しのような達成難易度の低いものほど低ランクの依頼となっているわ」
「なるほど!ところでお姉さんは冒険者ランクはいくつなんすか?」
「わたしはね、この前ちょうど……」
「イ・ズ・ミ・さん、なんだか楽しそうにお話していますね」
そこに引きつった笑顔のシスティナがやってきた。
「あら残念、連れがいたのね……ってシスティナじゃない」
「え?システィナさん知り合いっすか?」
「あぁ、この方はアカデミー時代の同級生のメイさんです」
「つれない言い方ね。ライバルでしょう?」
「それはあなたが勝手に言ってるだけです」
「そうすかそうすか、学生時代に切磋琢磨した仲なんすね!」
「そうなの。だいたいいつもわたしとこの子で学年成績の一位争いをしていたのよ。実技はわたしがダントツだったけど、座学はこの子に勝てる子はいなかったわね」
「実技でも私が勝っていたときはありますけどね」
「それはわたしの調子が悪かったときでしょ?!あれをカウントするのは卑怯よ!」
そう言ってバチバチと火花を散らす両者。イズミからしたらもはや親友では?と思うくらい仲が良さそうに見えていた。
「ところで、あなたたち二人はどうして冒険者ギルドに来たの?」
「同僚のイズミさんに町を案内しているだけです。時間もないので私たちはもう行きます。あなたもさっさと依頼を見つけてお仕事に励んでください。それではまた」
そう言い放ち、システィナはイズミの手を引いて急いで冒険者ギルドを後にした。
「システィナさんって学生のころからすごかったんすね!」
「そんなことはありませんよ。それにあの子は私と違って本当に優秀ですから。先日Aランク冒険者に昇格したようですし」
実はAランク冒険者に昇格したことを真っ先に報告されていたが、システィナは少し恥ずかしくて言い出せなかった。
「え?Aランクって、あのおばあちゃんと同じじゃないっすか」
「そうでしたね、でもあの子はパーティも組まずに単独でAランクになった実力者です。本当にすごいですよ」
そう語るシスティナの顔はどことなく嬉しそうだった。
「そういうの、メイさんに直接言ってあげたほうがいいっすよ?たぶん喜ぶと思いますよ!」
「絶対ダメです。すぐ調子に乗るので」
「あーそっすか……」
それを聞き、なぜかメイに親近感を覚えてしまうイズミであった。
◇◇
「うわぁ~かっけぇぇ!」
壁面に飾ってある武器を眺めるイズミの目は、まるでおもちゃを見る少年のようにキラキラと輝いていた。二人は冒険者ギルドからほどなく歩いたところにある武器屋に来ていた。
ここは王国で一番大きな武器屋で、その品ぞろえと品質の高さで冒険者から絶大な人気を誇っているらしい。
イズミはそこで一振りの大剣に目を奪われていた。
目を奪われている理由は、学生時代にはまっていたRPGの主人公が愛用していた剣にそっくりだったからであるが、システィナはそんなことを知る由もない。
「とても興味深そうに見ていますが、もしかして元の世界でもこういった武器を扱っていたことが?」
「いやいやいや!こんな刃渡り何センチかもわからないもの持ってたら銃刀法違反で逮捕されるっすよ!」
「……よくわからないですが、喜んでいただけたならよかったです。好きなだけ見ていってください」
「良いんすか?うわ!あれもかっけぇぇ!たまんないっすね、ここ!」
そう言って、イズミは店内のありとあらゆる武器を見て回っていった。
あまりにも熱心に武器を物色するため、放置されたシスティナの機嫌がだんだんと悪くなっていることにイズミが気づいたのは、それから二時間後のことだった……
◇◇
「いらっしゃいませ。って、システィナさんじゃないですか。今日はどういったご用向きでしょうか?」
道具屋に入ると、口ひげの生えた中年男性が声をかけてきた。
「こんにちは。今日は新しく同僚になったこちらのイズミさんに町を案内しているんです。よろしければ店内も見ていってよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
「システィナさん、こちらの方は?」
「このお店の店主の方です」
「なるほど」
「同僚の方といいますと、ポーション工場の関係者ということでしょうか?」
「そうっす。ちょっと前からお世話になってます」
「これはこれは。今後は当店ともどもよろしくお願いします」
店主はイズミと握手をかわす。
「ところでシスティナさん、近頃ポーションの仕入れ価格が上がってきているのですがどうにかならないでしょうか。販売価格をあげると必要とする人々に行き届かなくなるので価格は据え置いていますがこのままでは……」
「申し訳ありません。ポーション工場としても材料費の高騰のあおりをうけておりますので……しかし、我々としてもこのまま放っておくつもりはありません。この件は必ず工場長にもお伝えしておきますので、もう少しお待ちください」
「はい、よろしくお願いします……」
店内を見てまわる雰囲気でもなくなってしまったため、どうしようかと思ったシスティナはイズミの方を振り向く。
しかし、そこには先ほどまでと様子の違ったイズミが立っていた。
「イズミさん……?」
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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