第十三話 まぜまぜ君改②
――さかのぼること数分前。
イズミたちは羊皮紙を使ったダブルかき混ぜ棒のテストを成功させ、その結果、工場長から実際の薬草粉末を使ったテストを行うことを許可されていた。
「それではジーナさん、一度水釜と中の水を消していただけますか?」
「わかったよ、ほれ」
システィナの指示を受けた魔術師のジーナは、魔法で作り出した釜や水に魔力を注ぐのをやめた。
その瞬間、先ほどまでジーナのすぐ目のまえに現れていた魔法陣は消え、それと同時に水でできた釜とその中に入っていた水が光の泡となって消え去ってしまった。
そして、先ほどまで水の釜があった場所には、細かくちぎられた羊皮紙がひらひらと床に舞い降りた。
「すっげー!先輩、羊皮紙も濡れる前の状態に戻ってますよ!確かに魔力で作った水だと片付けが楽っすね」
「……魔法ってすごいんだな」
羊皮紙のかけらを手に取り、カサカサとした質感を確かめながらアベがつぶやく。
その後、羊皮紙の片付けも終わり、薬草粉末を取りに行っていた工場長が戻ってきたためテストを再開した。
「よし、それじゃあ薬草粉末を入れるぞ」
工場長が薬草粉末を水釜の中に少しずつ入れていくと、薬草粉末はかき混ぜ棒でできた水の渦に吸い込まれ、釜の中に徐々に広がっていく。
「なんか良さそうじゃないっすか?」
「水に対して薬草粉末はしっかり混ざっているようだが……泡が立ちすぎだな」
工場長の言う通り、釜の中の水には薬草粉末が均等に溶けているようだったが、その水面にはぷくぷくとした泡が立っていた。
「泡ってことは、かき混ぜるときに空気が入ってしまっているということですね。これでは……」
「え?システィナさん、どういうことっすか?」
「ポーションは空気に弱いんですよ」
「そういえば、減圧工程で空気を抜く理由が品質劣化防止という話でしたね」
アベが工場長の説明を思い出す。
「てことは泡が立っちゃダメってことっすか?……うそでしょ」
「これはダメだな」
工場長から不合格判定を受けたイズミは肩を落とす。
「まぁ一回でうまくいくことの方が少ないんだから、泡の出る原因を調べて対策していくしかないな」
「そっすね!それじゃあまず、かき混ぜ棒の羽の長さを変えてみますか。今の羽は水面付近まで長さがあるんでそれが原因かもしれないっすね」
イズミはこんなこともあろうかと、ダブルかき混ぜ棒の羽の長さ違いもオーダーしていた。
現在使用しているかき混ぜ棒は最も長いもので、それより三分の二程度の長さのものと、三分の一程度の長さのものの、計三種類の長さである。
「じゃあ、まずはこれからっすかね」
イズミは現在取り付けてあるかき混ぜ棒を外すと、最も短いかき混ぜ棒を取り付けた。
「今度は羽の位置を釜の底近くにするわけですね」
「そうっす!これで泡立ちがなくなればいいんすけど。ではさっそく」
かき混ぜ棒が回り、工場長が薬草粉末を投入する。
「泡は立たなくなりましたけど……」
「薬草粉末がしっかり混ざってねぇな」
「そうっすね……じゃあ、ちょっと取り付け高さを変えてみてもいいっすか?」
その後イズミの指示のもと、かき混ぜ棒の長さごとに取り付け位置を少しずつ変え、何十回とテストを繰り返す。
しかし、その日はいずれも工場長から合格判定を引き出すことはできなかった。
◇◇
次の日、システィナの提案により土魔法を扱える魔術師を呼び、かき混ぜ棒の回転速度を変えるテストを実施することにした。
しかし、かき混ぜ棒の長さ違い、取り付け位置、そして回転速度違いの組み合わせをひとつずつ試してみても、何一つとして合格判定を得ることはできなかった。
「やっぱりこのかき混ぜ棒の形状だと、長さがないと釜全体がしっかり混ざらないっすね……」
「でもそれだと泡が立ってしまうのですよね」
釜全体をかき混ぜることと泡立ちをなくすこと。
それらの両立の難しさが、とてつもなく高いハードルとなって立ちはだかっていた。
「イズミ、どうする?」
「そうっすね……申し訳ないっすけど、かき混ぜ棒の形状を見直してもいいっすか?」
「よし、わかった!じゃあ新しいデザインを考えたら言え。また木工職人に頼んでやるから」
工場長は右こぶしで胸をドンと叩きながら答えた。
「工場長!あざっす」
「ではシスティナさん、私たちは新しいかき混ぜ棒ができるまでの間に回転速度の定義検証を進めておきましょうか」
「そうですね。速度調整が簡単にできるようになれば魔術師の方にわざわざお越しいただくこともなくなりますしね」
「う……なんかすいません」
「お前は泡の立たないしっかり混ざるかき混ぜ棒の開発を頼んだぞ」
アベは笑顔でイズミの背中を叩く。
「うっす!」
◇◇
それから数日間、イズミはかき混ぜ棒のデザイン設計、アベとシスティナは定義検証を行った。
イズミは当初のダブルかき混ぜ棒以降、いくつか新しいデザインを考えたが、そのいずれも満足いく結果にはならなかった。
対照的に、アベとシスティナは早々に出力用魔石の新しい定義を発見し、出力調整ができるようになったためテスト自体の効率は上がっていた。
そしてこの日も、新しいかき混ぜ棒でテストを行っているが、思うような成果を得られる気配は一向になかった。
「……せっかく回転速度も簡単に変更できるようにしてもらったのに、俺の設計がへぼくてすいません」
気持ちを切り替えようと休憩をとることにしたものの、イズミは半泣き状態になって弱音を吐いていた。
「別にそんなの気にすんなって。そもそも元の世界でも撹拌系の設備なんか作ったことないんだから、ノウハウがない状態だと手探りになるのはしょうがないと思うぞ」
「そうですよ!これまで作ってきたものはうまくいかなかったですが、そのすべてが悪かったわけではないと思います。あきらめずに続けましょう」
そんな話をしている中、工場長がばつが悪そうな表情を浮かべながら会話に割って入ってきた。
「……悪いんだが、上から早く結果をだせと言われててな。このまま撹拌工程の改善が進まなければ、他の工程の改善に切り替えろと言われてる」
「工場長、それは具体的にどれくらいの猶予があるのでしょうか?」
「そうだな、良くて二週間ってところだな。その間に進展がなければ別の工程の改善に切り替えなきゃならん。だが、そもそも今回の目的は解体予定の魔導盤を使って新しい設備を導入することだ。だから早めに見切りをつけて別の改善に移ってもいいんだぞ?」
工場長の話を聞き、イズミの視線が下がった。
しかし次の瞬間、意を決した表情を浮かべたイズミは皆の顔を見る。
「……いや、もう少しやらせてほしいっす。みなさんには迷惑かけるかもしれないっすけど、あの工程じゃなきゃ意味ないんすよ」
「イズミ、なぜそこまでこだわる?」
「みんなが一番困ってる工程を改善するのが、絶対一番いいに決まってるじゃないっすか!ね、先輩?」
「そうだな。もう少し頑張ってみるか」
「わかった!じゃあ期限いっぱいまでやってみろ!」
「うっす!」
◇◇
しかし、それからも思うような成果が得られないまま数日が過ぎていった。
「イズミさん……イズミさん!聞いてますか?」
「え?あ、はい!」
システィナの言葉にイズミはビクっと肩を震わせる。
「イズミ……お前あんまり寝てないんだろ。焦る気持ちもわかるが、体調管理ができていない状態のお前を、これ以上テストに参加させるわけにはいかない」
「アベさん、いくらなんでもそこまで言わなくても……」
「いや、システィナ、アベの言っていることは間違ってねぇ。イズミ、今日はもう帰れ。しっかり頭休めてから続きをやりゃいいじゃねぇか」
「……いや、そうっすね。迷惑かけちゃってすいません」
そう言い残し、イズミは一人宿に向かって歩き出した。
そしてイズミがいなくなった作業場では、少しだけ重い空気が流れていた。
「そうとう追い込んじまってるみたいだな」
「そうですね。元の世界のときも納期に追われて徹夜することはありましたが、今回は自分の考えたアイデアがなかなかうまくいかないことでメンタル的にも来ていると思います」
「そこまでしてこの工程にこだわる必要もないと思うのですが……」
アベは定義検証の夜、宿への帰り道で話したイズミとの会話を思い出していた。
「そうですね。きっと、あいつなりに恩返しをしたいんだと思います」
「恩返し、ですか?」
「工場長やシスティナさん、そしてこの工場の方たちはいきなり来た私たちのことを受け入れてくれました。まだ期間は短いですが、それでもうれしかったですからね」
「わりぃな、俺がもっと期間を延ばせてやれればいいんだが、もう少し交渉できる材料がないと何ともな……」
「……」
アベは顎に手を当てて考え始めた。
「……アベさん?どうかしましたか?」
「ええと、システィナさんに二つほどご相談がありまして。そのうちの一つは工場長にもお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「こちらを見てください」
アベは机の上に羊皮紙を広げた。
「これは釜の加熱と温度調節を行うための回路を表した刻印です。イズミの自動撹拌にこれも加え、完全自動にしたいと考えています」
「……はぁ。アベ、お前も裏でこそこそやるタイプか」
「まぁそうですね。以前からシスティナさんとは定義検証を進めていましたが、温度管理も形になりそうなので、今後はかき混ぜ棒のテストと並行してこちらも実施していいでしょうか?」
「なんだ、システィナも知ってたのか?」
「はい。ですがイズミさんのかき混ぜ棒がうまくいくことが前提だったので……すみません」
「まだうまくはいってねぇじゃねぇか」
「今はそうですね。でも工場長、あいつはやりますよ」
そう話すアベの目には、揺るぎない信頼が満ちていた。
「そうか、まぁいい。好きしろ」
「では温度管理用の魔法が必要になるので、それに適した魔術師の手配を進めますね」
「はい、よろしくお願いします」
「それで、もう一つの私にお願いしたいことというのは?」
「それは……」
◇◇
コンコンとイズミの部屋のドアがノックされる。
「何すかこんな朝っぱらから」
寝起きの状態でドアに向かうイズミ。
「先輩、どうしたんすかこんな朝早く……」
そう言いながらドアを開けるイズミだったが、そこに立っていたのはアベではなく……
「え?システィナさん?」
「おはようございます。今日はアベさんに頼まれて、イズミさんに町を案内するために来ました」
予想外の来客者の登場に、寝ぐせのついたイズミはしばらく固まっていた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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