↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/4

③沈黙の集会

余古波麻(ヨコハマ)には、世渡の入口があるという。

だから、そこに行くように言われた時、サキは何か運命のような気さえ、した。

しかし、丘の上、鬱蒼とした森に囲まれたそこは、何も聞こえない世界だった。

音が聞こえた時、それは終わりのはじまり。

森の奥からの呼び声。

「あぁ、失礼しました。」

 そう言うと、Fはあらためて、自分のティーカップから、お茶をひと口、ふた口、飲んで、カップをテーブルに戻した。

「何も、疑わなかったのですね。」

 言葉とは裏腹に、Fの声も、表情も、明るく、楽し気でさえ、あった。

「お茶に…?」

 今になって、青ざめた顔をして、サキが、Fの顔を見た。

「大丈夫。何も入れてませんよ。

 安心して、お飲みなさい。」

 そう言われても、自分の甘さが、情け無くなる。

(気をつけろと、あれほど、言われて育ったのに…。)

 自分の命を狙っている人は、この世に少なくない、と、物心ついた時から、教えられていた。

 それに価値がなくとも、邪魔なモノを排除したい、と思う人は多いのだと。

 この学園にきて、Fが自分の出自と生い立ちを知っている、そうと知ってから、それだけで、気を許してしまっていたことに、今、気がついた。

(なんて、愚かな…。)

 そう思ったことが、顔に出ていたのだろうか、Fが慰めらように、

「そんな風に思い詰めることは、ありません。

 アナタがここに、この学園に、私に、気を許してくれたこと、私は嬉しく思いますよ。ただ…。」

と、言ったあと、すぐに、表情を固くした。

「この学園の中でも、安全ではないことは、お分かりいただけますね。」

 サキは身が引き締まる気持ちで、Fの言葉に頷いた。

「アナタをここに呼ぶことが出来たのは、幸いです。

 前任の保健婦は、この学園を、壊滅させようとする力が派遣してきた者でした。」

 そう聞かされて、サキは驚きを隠せない。

「子どもたち、全員に、毒を飲ませようと、企んでいました。」

 さらに衝撃を受け、肌が粟立つ。膝の上にのせた手が震える。

「なんて…。」

「酷いことを、と思うでしょう?

 けれど、それがこの学園が置かれている、現実なのです。」

 

 Fが話してくれたのは、やはり驚くべきことであった。

 

 数年前、ここで育った、1人の男子のところに、迎えがきた。

 それは、記録に残る中で、ほんの数回、あるかないかの出来事だったという。

 ある名家の若い当主が急死した。

 そして、その家には跡取りとなるべき子どもがいなかった。

 そこで、前当主の婦人が、この学園に棄てた、亡き夫の落とし胤のことを、その子が男子であることを、悔しさに、歯軋りをしながら、一族の前で明かしたという。

 それから、学園は大騒ぎになった。

 その男子を探し出し、様々な検査をして、その家の血統であることを、間違いないと、確認し、証明して。

 恭しく、迎えにきた車に、その子を乗せ、送り出した。

 しかし、その事で、この学園は否が応でも、世間に知られることとなってしまった。

 それは、ごく一部ではあるが、力を持つ、人々であったため、学園はその人たちに、狙われることになったのである。

 

「あ、あの、お伺いしても?」

 サキが思い切って、声を出した。

 Fはその声に、一瞬だけ驚いたが、すぐに、

「どうぞ。構いませんよ。」

と、答え、サキを促した。

「この学園は、どうやって、維持、運営されているのですか?」

 サキの言葉に、Fは今度こそ、驚きを隠さなかった。

「なるほど。私はアナタのことを、少し甘く見ていたのかもしれませんね。」

 しまった!と、思い、サキが、

「あ、いえ、あの、申し訳ございません!立ち入ったことを、私のような分際で…。」

と、慌てて、座ったまま、体を二つに折り、頭を下げて、取り消したが、もう、遅かった。

「構いませんよ。」

 Fが再びそう言って、何故か、満足そうに口元を緩ませた。

「アナタの疑問は、もっともです。

 詳しいことは、今は、時間もないのでまた、あらためますが。

 簡単に言えば、この国を動かしている力は、1つではない、ということです。

 ここを必要としている力。人たちと言ってもいいでしょう。

 そして、その反対側に位置する力、人たち。」

 その、Fの言葉だけで、サキの疑問はほとんどの答えになっていたので、サキは何もわずに、深く頷いた。

 必要としている人たちの力で、維持され、運営されているということか。

 自分をここに呼び寄せたのは、その人たち。

 そして、別の力はここを、サキのことも、亡きモノにしようとしているのだと。

 至極、単純なことではあるが…。

 ここにいる子どもたちのことを考えると、恐ろしいこと、考えたくないことだった。

 

 その後、Fから、この学園のこと、子どもたちの人数、年齢層についてと、これからの仕事について、説明があり、それが終わると、

「それでは、行きましょう。講堂で全校集会があります。

 そこで、アナタを正式に、子どもたちに紹介します。

 そして、アナタはこれから、『S女史』と呼ばれます。

 よろしいですね。」

と、言われ、これにもサキは、言葉もなく、頷き返した。

 

 部屋を出ると、Aが待っていて、Fが頷くと、サキの後ろに付いて、一緒に歩き出した。

 昨日、通り抜けた本館の、手前を左に折れ、階段を降りると、吹き抜けの広いホールに出て、そこにある大きな扉を抜けると、講堂のようだったが、サキたちはその横にある小さな扉を抜け、細い通路を進み、講堂の前方にある舞台の袖に出た。

 そこから、講堂の様子を見たサキは、息をのみ、肌が粟立つのを抑えられなかった。

 広い講堂のほぼ全てを埋めて、子どもたちが座っていた。

 小学生から、高校生までのその全員が、なんの音も立てず、声も出さずに、ただ、座っていたのだった。

(これは、一体…?)

『静かにしなさい』と、言われたのだと、そう思いたかった。何度も、そう注意された結果、こうして、静かにしているのだと。

 しかし、そう思えない、何かが、そこにはあった。

 昨日、通り過ぎた教室と全く同じ、不自然なほどの静けさ。異様な静寂。沈黙している子どもたち。

「学園長先生のお話です!」

 男性の声が響き、サキは現実に引き戻される。

 いけない、しっかりしなくては、これからこの子どもたちと向き合うのだから…と、自分を奮い立たせる。

「S女史、ご一緒に。」

 Fにそう声をかけられ、「はい」と、小さく答えると、頭をキリリと上げ、その後に付いて、壇上に進んだ。

「皆さん、おはようございます。」

 Fが全員に、そう呼びかけた。次の瞬間。

「学園長先生、おはようございます!」

 一糸乱れぬ、とはこのことか、と思うほどの揃った声が響きわたった。

 サキの位置からFの顔は見えなかったが、満足そうに、小さく頷いたように見えた。

「今日は、新しい保健室の先生をご紹介します。皆さんの健康を保ち、守るために、心を尽くして、お世話してくださいます。

 S女史です。S女史、こちらへ。」

 はい、と、小さく答え、Fの横に並んで、一度息を吸い、下腹に力を込めると、

「皆さん、おはようございます。Sと申します。

 これから、たくさん、お話しすることがあると思います。

 どうぞ、よろしくお願いします。」

 そこまで、一息で声を響かせた。

「よろしくお願いいたします!」

 先ほどと同じ、一糸乱れぬ、子どもたちの声が響き、次にこれも、良く揃った拍手が起こった。

(歓迎、されている?)

 一瞬、そう思いそうになったが、あらためて講堂全体を見渡し、その思いを打ち消した。

 拍手をしている子どもたち、その顔に笑顔はなく、目は虚に、空を見ていたのだ。

(ああ、静かだ…。)

 満場の拍手を浴びながら、サキは底知れない静けさを感じて、その本当の静けさに、何かに胃を鷲掴みにされたような気分だった。


 その後、Fに促され、舞台から降りる時に、ふと、目の端がとらえたもの、それは1人の男子生徒。

 誰一人、ぴくりとも動かない中、その男子生徒だけが、左手を、上げた。まるで、サキに何か合図でも送るかのように。

 ほんの一瞬だったが、それがどんなに危険な行為であるか、その時のサキには知る術もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。