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逆走

何かが倒れたような鈍い衝撃音に続いて、複数の悲鳴が上がる。

教室内にいた生徒たちの表情が一瞬で変わり、さっきまで談笑していた空気は、まるで別の場所へ置き換えられたように張り詰めた。


「……今の何だ?」


柊斗も含め、ほとんどの生徒が窓の外の方へ視線を向ける。

だが、奏は同じようには見なかった。


窓の外へ顔を向けることもなく、ただ静かに椅子へ座ったまま。


「侵食獣だ!」


誰かの叫び声が教室内へ響いた。

その言葉を聞いた瞬間、先ほどまで混乱していた生徒たちの間に、別種の緊張が走る。


侵蝕獣。

それは、発展した現代の日本においても世界中において、完全には消え去らなかった脅威の一つだった。


人間の生活圏へ現れる異形の存在。

都市設備や防衛技術が進歩した今でも、時折その隙間を縫うように現れ、人々の日常を壊していく。

だからこそ、誰もがその名前を知っている。


ただし、知っていることと、実際に遭遇することは別だった。


「避難警報が鳴ってないって!」

「学校の感知システムは?」

「先生たちは?」


様々な声が飛び交う。

しかし、その中で一つだけ聞こえた言葉に、奏はわずかに反応した。


解決人ソリストは?」


そう、この時代には、侵蝕獣へ対抗するための存在がいる。

表の社会では扱えない問題を引き受ける者たち。

通常の方法では対処できない事件、および侵食獣を対処する特殊な専門家。

それが解決人ソリスト


「こんな場所に来るわけないだろ……」


柊斗が呟く。

それもそうだ。最近の解決人ソリストは基本的に出現率の高い都市部や危険区域で活動している。

都市圏から離れた高校には常駐している解決人ソリストなどいない。


『失礼します。わかるように侵食獣が出現しました。地下の避難所を開放します。皆さん、急いで!――』


放送が途切れる。

一瞬の沈黙の後、教室内が一気に騒がしくなった。

誰かが机にぶつかり、誰かが友人の名前を呼ぶ。

普段なら教師の声に従って整然と動く生徒たちも、さすがに突然の侵蝕獣出現には動揺を隠せなかった。


「避難訓練だと思えばいいのに」

「何言ってんだ、奏。お前も行くぞ!」


柊斗はそう言い残し、他の生徒たちと共に避難経路へ向かう。

当然、今この場でわざわざ危険へ近づく理由なんてない。


普通なら。


「……行くか」


そうして教室ががらんとした頃、奏はようやく椅子から立ち上がった。

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