眠れる学校の問題児
黒羽奏は、世界を見るのが嫌いだった。
正確には、見えすぎることが嫌だった。
人間の表情。
呼吸の変化。
言葉と本心のわずかな違い。
街を歩けば、誰かの嘘が見える。
機械の前に立てば、その内部構造まで理解できる。
空を見上げれば、雲の流れや風向きから数分先の天候すら予測できる。
そして、最も厄介なのは、世界そのものが常に情報を吐き出していることだった。
だから黒羽奏は、いつも目を閉じている。
眠っているわけではない。
ただ、余計なものを見ないために。
「黒羽」
教室の前方から彼を呼ぶ声がした。
「おい、黒羽! 返事しろ!」
今度は少し強い声だった。
仕方なく、奏は顔だけを上げる。
「聞いてます」
「なら授業を受けろ」
「内容はもう理解しています」
「そういう問題じゃない」
教室の何人かが笑った。
いつもの光景だった。
黒羽奏。
成績は学年でも上位。
教師が説明する内容を一度聞けば覚え、難関問題でも苦労する様子はない。
それだけなら、ただの優秀な生徒だった。
「でも、それだけなんだよなあ.......」
いつの間にか時間は過ぎ、授業は終わっていた。
一番後ろの隣の席で、クラスメイトの男子生徒――清井 柊斗が溜息をついて休憩時間だというのにまだ寝ている奏を見やる。
授業中は寝る。
課題は忘れる。
時々、勝手に教室からいなくなる。
周りから見れば、才能を持て余した問題児。
それが黒羽奏という人間だった。
「お前さ、その頭使えば人生楽勝だろ」
「......すぴー」
「寝てるふりするな!」
柊斗が奏の机を軽く叩く。
「見てる感じ、大学入試の過去問が入った平均点24点だったテストも満点だったみたいだし。お前本当に高校生か?」
「一応」
「一応ってなんだよ」
「戸籍上は」
「そこを疑ってるんじゃねえよ」
柊斗は呆れたように椅子にもたれた。
でもそれでこそ奏だ。
「......変な奴」
「廊下で腐女子が騒いでるから僕の周りから二メートル以上は離れて」
「席にすら座れねえのかよ」
その瞬間だった。
奏のは顔をがばっと上げる。
それはほんの一瞬。
誰も気づかないほど小さな変化だった。
「今日は、みんな早く帰った方がいいかもね」
奏がそう発言したその後、外から叫び声が上がった。




