お礼は物より(有栖視点)
「は?もう一度ってもらえるか?」
有栖は驚いて本を取り落としてしまいそうになったが、本を大切にと念じてなんとか落とさずに済んだ。
「お礼をさせてくださいと言いました。」
何か不都合でもと首を傾げる蒼井は夕陽を浴びて輝いていて、見惚れてしまうほどに綺麗だが今はそれどころではない。
「別に私は気にしない。お礼をされる方が変な感じがする」
「私も、お礼をしないと気が済みません。なにがよいでしょうか」
淡々と作業をしながら聞いてくる。
このまま断っても同じ問答の繰り返しだろう。
諦めて何にするか考えた方が良さそうだ。
まず蒼井に金品を要求するなんてことはできない。
そんなことをするぐらいなら有栖は舌を噛み切って死ぬだろう。
だとすればなんらかしらの行動か…
有栖はいいことを思いついた。
自然と有栖の口に笑みが浮かぶ。
「なら、二つほどいいだろうか」
結局、有栖の願いは二つとも受け入れてもらえた。
さして難しいしいことではなかった自覚はあるが、訳を知っている有栖からすると飛び上がりそうなほどうれしいことだった。
かつて、誰も呼んででくれなかった有栖の名前を呼んでくれたことのぬくもりを誰よりも知っている。
その安心を蒼井に与えられるのなら、有栖はなにを差し出しても構わないと思っている。
名前に呪縛があるのなら、居場所を与えればいいと考えた。
古本屋で偶然見かけたとき、学校の廊下ですれ違ったとき、有栖がどれだけうれしかったか、蒼井はまだ知らない。




