月を見に
「つき、どうぞ」
有栖さんからおにぎりを手渡された。
「晩御飯。あげる」
すでに時間がたっているであろうおにぎりの具は、わたしが好きなものだ。
「いつの間に?」
「つきがバイトをしている間に買いに行った。好みじゃなかったか?」
そんなことない。私は慌てて首を振って、おにぎりを開けた。
上手く開けられなくて、おにぎりのご飯と海苔が別々になってしまった。
「こっち食べるか?同じ味だが」
差し出されたきれいなおにぎりはなんだか癪に触って意地でおにぎりを元通りにした。
「ははっ」
有栖さんは笑っている。
「もう、笑わないでよ」
笑われているけれど、不思議と不快感はない。
おにぎりを食べ終わると、外はより暗くなっていた。
「つき、月」
二度呼ばなくてもわかっていると顔を向けると、有栖さんは上を指さしていた。
「月が浮かんでる」
上を見ると、確かに白い月が浮かんでいた。
「きれいだね」
あの月に、すべてを残して行ってしまいたい。
勉強も将来も家族も何もかも、放り出して何も気にせずにいられたら。
「わたし、家に帰りたくないんだぁ」
抱えていた言葉は思っていたよりもずっと軽く、するりと口から出ていた。
「父さまと母さまが喧嘩してるの。帰ったらきっと私が怒られる。
だから、帰りたくないの」
有栖さんはじっとこちらを見ていて何も言わない。
「ごめんね、いきなり」
有栖さんは大きく首を振った。
そして、私の頬に手を触れて、涙をぬぐった。
気が付かないうちに、私は泣いていたらしい。
「大丈夫。あたしはここにいる」
その手は、私をすべて肯定していて、暖かい。
「ひろこ、ちゃん」
その手の温かさを知ってしまったら。
一人で耐えてきたことを肯定されたら。
こらえきれない涙があふれてしまった。
有栖さんはわたしを包み込むように抱きしめてくれた。
「つき、大丈夫」
なにも大丈夫じゃない。
それがわかっているのに、その温かさに縋らずにはいられない。




