有栖さん
鈍行の電車で4駅。
遠いかと言われればそうではなく、近いとも言い切れないあたりで私たちは電車を降りて、バスに乗ってさらに山に向かう。
終バスの時間が気になったけれど、有栖さんは何も気にしていなかったのできっと平気なんだと思う。
「うわぁ、初めてだ」
有栖さんに連れられてやってきたのは高台だった。
「ここに来るのがか?」
「それもだけど」
夜に外に出るのも、友達と遊びに行くのも、全部がはじめて。
「ひろこちゃんは、私にたくさんの初めてをくれるね」
友達になってくれたのも、一緒にアルバイトをしたのも、何も聞かずに一緒にいてくれるのもはじめて。
顔をのぞきこむと、有栖さんはふいっと顔をそむけてしまった。
有栖さんは結構照れ屋だ。
「そうでもない。あたしのほうがもらっている」
そう言って有栖さんは下を見つめた。
あまりビルがない地域なので、ほんのちょっとの高台でもよく下が見える。
「きれいだね」
ほんの少し身を乗り出して下を見る。
すっかり夜になっているから、海の方から風が吹き付けてくる。
ここにきてしまったことへの罪悪感や恐怖は消えない。
それでも、とても満たされた思いになる。
「つき」
耳障りの良い、やわからな声で有栖さんに名前を呼ばれて振り向く。
「こっちに座ろう」
指し示された椅子におとなしく腰を下ろす。
「時間は大丈夫なのか?」
有栖さんは心配してくれる。
有栖さんはいつも、わたしを否定しない。
その言葉の少なさに、どうしようもなく救われる。
「うん、いいの」
今は、帰りたくないから。
だから有栖さん、何もしなくていいからここにいて。
ここにいさせて。




