逃避行(有栖視点)
「ねえ、今日バイト終わったら、どこか行かない?」
紫苑さんと会って土日を挟んだ月曜日、玉兎はそう提案してきた。
「かまわないが、門限はいいのか?」
今まで玉兎は門限があるらと言ってバイトが終わると急いで帰っていたのだ。
遊びに行こうと誘ってもいつも断られていたので、珍しいこともあるものだ。
玉兎はすっと笑った。
その笑顔はきれいなのに、まったくうれしくなさそうだ。
「うん、いいの。ねえひろこ、たすけてよ」
あたしには、それを断る理由もなく、そして玉兎からの頼みを断る気もなかった。
「わかった」
縋る必要があるのに縋るところのないような、そんな雰囲気だ。
家で何かあったのだろうか。
けどあたしから聞くことはしない。
玉兎が話すまでは、あたしはじっと待つまでだ。
「どこかに行くのはいいが、どこに行きたいんだ?」
玉兎のバイト終わりを待って外に出ると、季節柄すでに夕日がまぶしい時間だった。
「ん~、あまり考えてないな。
ひろこちゃんはどこに行きたい?」
聞かれてもあたしも行きたいところはない。
「そうだな、玉兎は何をしたい?」
玉兎はすこし上を向いて考えてから、夕日を背にしてこちらに振り返った。
「ひろこちゃん、今日はつきって呼んで。
お願い」
逆光で表情はよく見えない。
けれど、その縋るような声を聞いてしまっては断ることはできなかった。
「わかった。
じゃあ、つき。近くか遠くかどちらがいい?」
「遠くに行きたい」
間髪入れずに答えた玉兎はあたしの手を握って駅の方に歩き出した。
「うん、じゃあ遠くに行こうか」
玉兎は駅についても電車に乗っても、握ってきた手を離すことはなかった。




