第9話 - 死んだら終わり -
試験に落ちることは分かっていた。
対戦相手にとどめを刺さなかったんだ。そりゃあ、当り前さ。
でも、全然後悔はしていない。
だって、こんな試験が間違っている。
まぁ、別に騎士団じゃなくていい。
これからは、のんびり暮らしていこう。
たまに退屈だなって感じるけど、きっと楽しく生きていける。
きっと…。
って、なに泣いてんだよ俺。
こんな人前で恥ずかしい。
止まれよ。止まってくれよ。
「うっ….。うっ…。」
我慢しようとすればするほど、どんどん涙が溢れた。
しばらくして、大聖堂を後にしようとしたところ、1次試験の試験官に呼び止められた。
「神尾ミル、俺についてこい。」
「はぁ。」
くだけた口調で返事して、背中を追いかけることにした。
ここは、応接室のようだ。
そこまで広さはないが、部屋のほとんどを覆うサイズのテーブルと、いかにも高そうな椅子が並んでいる。
俺は、その内のひとつの椅子に腰かけた。
向かい側の椅子に、その男が腰かけて話を始めた。
「なんで最後とどめを刺さなかった?合格の可能性もあったんだぞ?」
きっと俺の試験態度に不満があって呼び出したんだな。
まぁ、こんなバカげた試験は二度と受けたくない。
いっそ全部言ってやろう。
「ありえないだろ。」
「何がだ?」
「人を殺すなんて。」
その男は何も言わず、ただ俺を見ていた。
続きを求められている気がした。
「正直あいつは人として最低で死んでもいいような奴だと思った。でも、あいつが本当に死んだら全部そこで終わりなんだ。」
あの時、自分でも何でそうしたのかよく分からなかった。
でも、言葉にするとそういうことだったのか、と驚いた。
「死んだら終わり?」
俺は続ける。
「ありえないかもしれないけどさ。もしあいつが生きてれば、反省していい奴になるかもしれないし、そうなれば俺に感謝すらするかもしれない。でも、死んだら、、死んだら、そんな可能性すらなくなってしまうんだ。」
「反省するかもしれない、か。でもそれは楽観的すぎないか?同じことを繰り返すかもしれない。」
「そうなれば、何回でも分からせる。」
「お前の大事な人を傷つけられても、か?」
「….。」
ドキッとして言葉に詰まる。
真っ先に立花のことが思い浮かんだ。
その瞬間を想像してみたが、最悪な気分だった。
無意識に力が入る。
「もしそうなれば、怒りに任せてそいつを殺すかもな。」
ふと、坂東が付けていたネックレスを思い出した。
「でも、今日そうなりそうになった時、あいつの家族の写真を見て、一気に気持ちが冷めたんだ。」
「なぜだ?」
握り締めた拳を優しくほどいた。
「だって、俺があいつを殺したら、あいつの家族は泣いて悲しむだろ。そんなことをしたいわけじゃないのに。しかも、俺の大事な人は戻ってこないだ。ただ、一瞬スッキリして終わり。そんな殺しに意味はない。」
そうだ。あの時、立花が傷つくことを想像して、俺はカッとなった。
でも、実際は何かが起きたわけじゃない。
もしその時になれば、俺が守ればいい。
もう何も失うものなんてないんだ。捕まってでも止めてやる。
「そうか。」
顔を上げると、試験官が優しく笑っていた。
「合格だ。神尾ミル。」
「え?」
「条件付きだが、正式にお前を聖騎士団に迎え入れる。」
意味が分からなかった。
この人、俺の態度が気に入らなかったから呼び出したんじゃないのか。
動揺している俺を、この人は見ていた。
「お前は間違いなくあの試合に勝っていた。だが、試験としては不合格にせざる得なかった。そういうルールだからな。でも俺はお前みたいなやつがいてもいいと思うんだ。実際あの試験では誰も死なないようになっているしな。」
「は?なんだよそれ?」
誰も死んでない?そんなわけないだろ。
俺はこの目でしっかり見たんだ。立花が対戦相手を刺したところを。
「あぁ、実はあの大聖堂には結界が張られていて、死ぬようなダメージを受けても、ギリギリ死なないようなラインまで即回復するようになっている。だから、誰も死なない。というよりも死ねない。」
大聖堂についた時、かなり大人数の騎士団員がいて、何か祈りを捧げていた。
そういう宗教の人だと気にも留めていなかったが、きっとその人たちの能力だったんだ。
「じゃあ、負けた人たちは?」
「今頃、救護室でぐっすり寝てるよ。いやぁ、志願者たちには悪いことをした。そのせいで、ひどくショックを受けている女の子もいた。しかし、このことを伝えると、慌てて救護室に駆け寄っていったよ。」
それは立花だと思った。
もう落ち込んでいないといいな。
肩の力が抜けると、試験へのイライラが出てきた。
「なんで、俺たちを騙すようなことをしたんだ?」
試験官は、悟りきった虚ろな目をしていた。
「副団長が言っていた、"人を殺す命令がある"というのは事実だ。実際、別の国から攻撃された時、国の命令で俺たち騎士団が攻め入る人間たちを一掃した。だから、そんな状況でも躊躇しないように、殺しを経験させるってのが目的だった。でも、本当に人を殺す必要まであるのか?俺も何度も経験してきたが、それがどうしても分からない。」
試験官が俺から視線を外して、自分の頭をかきむしりながら声を出した。
「だから、お前みたいな見ぬほど知らずのバカやろうが一人くらい、いてもいいと思った。
俺がお前を聖騎士団へ推薦したい。」
誰が、見ぬほど知らずのバカだ。失礼なやつだな。
でも、今はそんなこと、どうでもいい。
推薦ってなんだ。試験に落ちたんだぞ?
「そんなことできんのかよ?」
「あぁ、これはいわゆる裏口での入団だ。もちろんリスクがある。そのリスクはお前が騎士団にとって邪魔な存在になれば、俺が責任を取らなければいけない。辞職なんて生ぬるい処分なんかじゃない。」
辞職以上の処分。
死刑のようなものを思い浮かべたが、怖くて聞くことができなかった。
「なんでそこまで?」
「今日のお前を見た時、何かいいなって思っちまったんだ。能力もないくせに目は死んでなくて、でっけぇ理想ばっか掲げていると思えば、それを貫く根性もある。そして今こうして話してみても、本当に面白い奴だなぁって。だから、そんなお前が、これから世界を見て、どんなことをやるのか、俺も見てみたいと思った。お前は騎士団に入って何がしたい?」
「俺は…。」
俺が騎士団に入りたい理由。
昔、地元の夏祭りで能力犯罪が起きた時、騎士団に助けられた。
それがきっかけで騎士団への憧れが強くなっていった。
でも、この試験で綺麗な部分だけじゃなくて、汚い部分もいろいろを知った。
知りすぎて、もう頭ん中がぐちゃぐちゃだ。
でも、俺のしたい事なんて、もっと単純なんだ。
「俺が全員守る。騎士団のやつらも全員だ。」
試験官が口を大きく開いて笑った。
そして口角が上がったまま、言った。
「紹介が遅れたな。俺は聖騎士団総指導長の平ティルだ。ようこそ聖騎士団へ。」
ーー条件付きで、俺の聖騎士団の入団が決まった。




