第11話 - 生きていてほしい -
「ミル…。あなたは幸せに生きて。心から愛している。」
夏祭りの当日、朝起きたら自然と涙がこぼれていた。きっと変な夢を見たせいだ。
夢の中で、俺は誰かに抱きしめられていたような気がした。それにしても、夢で出てきたあの声って….。って、やばい!もう8時だ。急いで学校に行かなくちゃ。
学校に着くと、いつも通りヨミが喋りかけてきた。
「おいミル、またギリギリかよ。そんなんで騎士団は大丈夫なのか?」
「いや、真剣にヤバいかもしれない。すまんが、毎日起こしてくれない?」
「あほか。まぁそんなことより、お前今日暇か?」「今日は予定あるが、何かあったか?」
「いや、お前が一人寂しくならないように、ミオと俺とお前で夏祭りでもどうかなーって思ってたんだ。ミオのやつは怒るかもしんねぇが。」
「そうか。夏祭りなら立花と行くんだ。」
「へぇ、そうなんだな。….って、は!?今なんて?」
ヨミに、俺の両肩をガッチリ掴まれる。
「昨日、立花と行く約束をしたんだ。」
「は?お前から誘ったのか?」
「まぁな。元気出るかなって。ほら、女の子ってイベントごとが好きだってお前も言ってたし」
「…まぁ、それは言ったけどさぁ。で、なんでお前が元気づけたいんだ?」
なんでって...なんでだろうな。さらにヨミが続ける。
「別に、ミオとか他の友達とかに任せときゃいいだろ?」
その時、立花の作り笑いが思い浮かんだ。きっと立花なら、その場は誤魔化して一人で抱え込むんだろうな。
「それじゃあ、ダメだ。」
「なんで?」
「...それは。」言葉に詰まる。ヨミはそんな俺を見て、呆れたような顔をしていた。
「まぁ、お前デリカシーがないとこあるから、嫌われないように気をつけろよ。」
「そんなわけねぇだろ。….多分。」
すると授業開始のチャイムが鳴り、いつも通りの学校を過ごした。
確か、18時に天照神社の入り口に集合だったよな。それにしても、すごい賑わいだ。ちゃんと立花を見つけられるんだろうか。
人混みに流されながら周りを見渡して歩いていると、ふと目が止まった。鳥居のそばに、花のように綺麗で、でもどこか儚げで守りたくなる、そんな面影を見つけた。それが立花だと、すぐに分かった。
「お待たせ、立花。」
「あ、神尾君。」
立花は、落ち着いた色味の花柄模様が目立つ浴衣を着ていた。髪の毛もいつもと違って、団子のようにまとめ上げられていた。
立花は、着ている浴衣を見せながら、俺に聞いてきた。
「どう?この浴衣。似合ってる?」
急に胸が苦しくなる。祭りの太鼓の音のせいだろうか。妙に釣られて心臓のリズムが上がってる気がする。
「似合っているよ。とても。」
「…良かった。ありがとう。」
立花は、少し頬を赤くして、短い髪の毛を触りながら、そう言った。
「じゃあ、テキトーに回ってみるか。何かしたいことあるか?」
「んー。何か食べたいかも。りんご飴とか。」
立花の顔の近くに赤いリンゴ飴がある画を想像してみる。赤いリンゴが一輪の薔薇のように、立花を引き立てていると思った。思わず声が出た。
「なんか可愛いな、それ。」
「え!?」
立花が、驚いた表情をしている。もしかしてデリカシーのないことを言ったのだろうか。言葉が足りてないかも。
「あ、いや、りんご飴食べてる立花がってことな。」
「あ…うん。」
やべ。間違えた。それって、てっきり俺が立花のことを好…。急に恥ずかしくなって、紛らわすように歩き始める。屋台を見ながら歩いていると、前の方から俺の名前が呼ばれた。
「おーい、ミル!こんなところにいたのか。」
「ヨミ、お前らも来ていたのか」
ヨミとミオだ。二人ともTシャツ姿で、いつものご飯のついでに祭りに寄ったような風貌だ。
「げ。こんなとこでミルの顔みちゃったよ。」
ミオがまた変なこと言ってきた。
「そんな悪い顔してんのかよ。」
そう俺が答えるが、ミオは俺に興味なさそうだった。すぐにルミの方を見て、驚いた表情をした。
「って、え!?ルミじゃん!あんた何その浴衣!めっちゃ可愛いじゃん。時間かかったんじゃないの?」
立花が恥ずかしそうに答える。
「そう?ありがとう。せっかくならって着ちゃった。」
「はっはーん。そういうことね。」
ミオが何か悪いことを思いついた顔をしている。
「え!え!どういうこと?」
立花は頬を赤くして戸惑っている。
「大丈夫。あたしには言わなくても分かるよ。」
ミオは立花の肩をポンポンとし、満足したのか次はヨミの肩に手を回した。
「ほんなら、あたしらは二人で回りたいから先いくわ。おつかれい!」
ヨミはもう少し喋っていたそうだったが、引っ張られるように人混みに消えていった。そして、また二人きりになった。
「あいかわらず騒がしいやつらだな。」
「確かに。でも、なんかいいね。息ぴったりで。」
「そうか?」
立花が少し嬉しそうに見えた。ミオは案外、女の子同士での面倒見はいいのかもしれない。
その後、りんご飴を食べたり、射的やスーパーボールすくいをした。立花もところどころ楽しんでいるように見えて、少し安心した。
「いててて。」
立花のカツカツとリズム良くなっていた下駄の音が止まった。
「ん、どうした?」
「ちょっと下駄で足が擦れちゃったみたい。」
立花の足先を見ると、指と指の間が赤くなっていた。
「ちょっと休むか。」
「ごめんね。」
「いや、丁度俺も人混みで疲れていたんだ。ゆっくりしよう。」
俺たちは、大通りから外れて、人のいない木陰にあった赤い布がかけられた台に座った。
「今日、人多いねぇ。」
「そうだな。」
俺は手に持っていたビー玉が入ったラムネソーダの瓶を側に置いて、聞いてみた。
「でも、ちょっと安心した。」
「え?」
「少しは元気そうで。」
「...元気なんかじゃないよ。」
「え?」
立花の肩が震えている。いきなり声が大きくなる。
「だって私、試験で人を殺したんだよ!?この手で相手のことを刺したんだよ!?そんな人が元気にしてていいわけないじゃん!!」
俺は、思わずびっくりした。立花にじゃない。自分にだ。何が立花が元気そうだ、だ。こんなにも苦しんでいるじゃないか。
「それは、立花の意志じゃない。」
「ううん、誰が何と言おうと刺したのは私。全部私が選んだことなの。」
「あんな状況なら誰だって従うしかなかった。」
「でも、神尾くんはしなかったんでしょ!?」
「それは...。」
「だから、私なんか生きてる資格なんてないんだよ。」
「そんなことはない。」
「...なんでそんなに優しくするの!?いっそ突き放してくれた方が楽なのに!お前なんかいらないって...。」
立花は、次第に涙を流した。いつも見ていた、磨き上げられた翠玉のような綺麗な瞳が、涙を拭う手で見えない。その泣いている姿が、なぜか昔の自分と重なった。思っていることを素直に話した。
「...俺さ。本当は夏祭りが嫌いだったんだ。」
「え?」
「前に、地元の夏祭りで、唯一仲良くしてくれた友達が、能力犯罪に巻き込まれて死んだんだ。」
立花は、涙を頑張って抑えようとしながら、俺の目を見て離さない。
「そっから俺は、無力な自分を変えたくて、騎士団に入ろうって思ったんだ。でも、夏祭りと聞く度に、そのことを思い出して嫌だった。」
「...うん。」
「でも、今日立花と一緒に来て、夏祭りも悪くないなって思えた。過去は消えたわけじゃないけど、そんな風に思えたのは、全部立花のおかげなんだ。」
言葉にしたとき、すごく心が軽くなった。今まで抱えていたものが全部消え去ったみたいに。
「だから、俺は立花に生きていてほしい。」
「…え?」
「だって、立花が生きているだけで、こんなにも救われる人がいるんだ。立花は生きてていいに決まってる。」
「私そんな...。」
「大丈夫。もし同じようなことがあっても俺がついてる。全部解決できないかもしれないけど、一緒に悩んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりすることぐらいはできる。」
「どうして、そんなに優しくしてくれるの?」
「立花を守りたいからだ。」
「守りたい?」
「あぁ、期待に応えようと頑張ったり、人に気を遣いすぎて押しつぶされそうになったりしている立花が、何も考えず安心して頼れる居場所が俺であったらいいなって思うんだ。」
「…うん。ありがとう。なんか心強いな。」
立花の涙は止まり、次第に笑顔になっていた。その後、顔がムスッとしながら、声をだした。
「でも、立花ってちょっと距離を感じるなぁ。…ルミって呼んでよ。それならもっと近く感じるかも。」
「分かった。そうするよ。」
「じゃあ私も、ミルって呼んでいい?今日、ミオだけ呼んでてずるいって思っちゃった。」
「なんだよそれ。もちろんいいに決まっている。」
後で飲もうと置いていた、ラムネソーダの瓶についた水滴は、赤い布に落ち切っていた。
「えーんえーん」
近くから子供の声がした。俺たちは席を立ち、その子を探した。
「僕どこから来たの?って、ねぇ!ちょっと待って!」
子供は俺たちを見た途端、すごい速さで去っていった。心配で俺たちも追いかける。
すると、埃やツタで古びた小屋に辿りついた。子供の後を追い、中に入ってみる。中は、祭りの灯りで薄っすらと照らされていた。でも、中には子供がいなかった。
「ミル!こっちに来て!なにか書いてある。」
ルミが何かを見つけたらしい。寄ってみると、そこには日本語で書かれた本が開かれておいてあった。
"天照祭りは、お米などの穀物の豊作を祈るために行われる。2000年以上続いてきた人間のお米を自ら育てて、いただく行為を神に祈ることは、国家の繁栄につながる。"
「…は?お米って育てるもんなのか?しかもそれを祈るってどういうことだよ。」
猛烈な頭痛に襲われる。俺がこの頭痛を経験したのは、2度目だ。
図書館で調べものをしていた時だ。隣を見ると、ルミも頭痛に襲われていた。
「ルミ!大丈夫か!?」
「何これ痛い…。でも大丈夫。一体何が。」
急に背筋が冷たくなった。嫌な予感がする。他の人たちは大丈夫か気になり、小屋を飛び出して大通りに向かった。
大通りに着くと、信じられない光景がそこにはあった。
ーーー見渡す限り全ての人が地面に倒れこんでいた。




