43.【番外編】ある花屋の恋慕の花④
「はぁ」
「何?その盛大なため息。帰省時に何かあったのか?」
ブルーノはフィンに近づくと横に腰かける。
横目でチラリとブルーノを確認したフィンはまた一つため息をついた。
「ブルーノは婚約者っているのか?」
「いや?」
「恋人も?」
「うーん、そもそも恋人を作る文化はあまりないかな」
フィンとブルーノは今でこそ友人であるが、平民と貴族、それもブルーノは高位貴族で兄は後の王配殿下だ。貴族は縁談が持ち込まれ結婚することが多い。家同士の政略的な結婚が普通であり、恋愛による結婚だとしても家同士で婚約を結ぶため、恋人期間は婚約期間と同等となる。
「そうか。そうだよな」
「何? 悩みって恋愛事?」
「……」
フィンの様子にブルーノはさらに興味を示したが、フィンは恋愛相談の相手として果たしてブルーノは相応しいのかと悩んでしまった。
「ブルーノは格差のある相手についてはどう思う?」
「格差? お相手は貴族なの?」
「いや、違う」
「違うのか? 俺の場合は格差が明らかであれば難しいな。そういうものだと教わってもいるし、父や兄の立場を考えても、他のものよりもより一層厳しいだろう」
次期オークランス辺境伯となり、後の将軍となるであろうブルーノには自由はない。
「お前とは悩みの種類が違うことはわかってるが、あの人との格差は年齢だ」
「すごい年上? それとも年下?」
「3歳上……」
想像と異なっていたためブルーノは唖然とした。
「そんな顔するなよ。自由度の高い平民のこの時期の3年を甘く見ないでくれ」
ブルーノは悪かったと片手を上げると、話を進めるよう促した。
「ずっと好きだった。ずっと。俺、入学したころ体小さかっただろう?あの人に守られてきたんだ。俺はあの人の背中を追いかけてて、やっと背丈が追いついた頃にあの人は成人してて。夢を叶えて自分で商売を始めて生計を立てて。俺はこれから士官学校を卒業してやっとスタートラインに立つというのに、あの人はいつ結婚してもおかしくない年齢になってる。これからは俺が守ってあげるんだと思って、男だとみて欲しいと思ってるのに、あの人を前にするとあの頃の自分に戻っちまう。口調もさ、この図体で、『僕だよ』って。それで自分だと気づいてもらえるなんてさ。なんか情けなくなっちまった」
ブルーノはからかうことなく真剣な眼差しでフィンを見つめる。
「情けなくはないと思うぞ。フィンは元々優しいんだ。それが口調にも表れている、それも特にその彼女に対してそうなるのだとしたら、彼女だけが特別だということの表れだろう?」
フィンは頷き、彼女だけが特別ということに同意する。
「だったら何を迷うことがある? ただ特別だということを伝えればいいのではないか? その先に進めるかどうかはそこからだろう。俺はそれができるお前がうらやましい。」
フィンはブルーノを見つめ返し、首を傾げる。地位も名誉も見目も人柄もすべて兼ね備えている立派な友人にうらやましがられることが不思議でしかなかった。
「自由度が高いんだろう?」
ブルーノはにやりと口角を上げる。自由という言葉がフィンに突き刺さる。ブルーノはどれだけのことを我慢しているのだろうか。敷かれたレールの上を歩く人生を歩まざるをえないブルーノの苦悩を少しだけ感じた。
「といっても、最近までは次男という立場に甘えていたんだけどな。兄上はどれだけのものだったか……」
士官学校でも語り継がれるほど立派な彼の兄を思い浮かべる。それを考えると自分は縛りもなく何をしてもいいような気がした。
「なあ、ブルーノは『恋慕の花』って知ってるか?」
話題の変化にブルーノは微笑んだ。フィンの頭の中では次の段階に進んだのだろうと前向きにとらえた。
「ああ。知ってるよ。とはいっても、ついこの間知ったばかりだがな」
ブルーノが教えてくれたのは、表彰のために初めて王都を訪れた際、たくさんの花を受け取ったこと、それをはじめは英雄を称えるものだと勘違いしたこと、一目惚れをしたらそれを表現するために花を贈ると聞き、とたんに嬉しさやら恥ずかしさやらで複雑な思いを抱いたという話だった。
フィンは横目でブルーノの整った横顔を見る。ただ背の高い騎士というだけの自分でさえ王都にいる間に10本近くの花を受け取ったのだ。ものすごい量だったのだろうなと思った。
「思いを伝えるにはこれを使わない手はないんだけど、あの人、花屋なんだ」
「彼女の商売というのは花屋をしているのか。では花は好きだろう? いいんじゃないか?」
「じゃあ、ブルーノだったら一輪花をどこで買う?」
「それは、花屋だろう? ん? ん~、確かにな」
ブルーノは顎に手を当てる。
「あの人に、ほかの店で買った花を贈るのも、あの人の店で買って渡すのも、なんか変だろう?」
「それは悩むな。……ん? そもそもの悩みってこれだったのか?」
フィンはポリポリと頬をかく。
「な~んだ。随分と長い前振りだったな」
ブルーノは大笑いする。
「そうか。では俺からは一つ。俺はお前が第二騎士団に配属希望を出してくれたことを嬉しく思ってる。俺はお前を最も近い位置に置きたいと考えてるんだ。私的にも近い存在で、公的にも近くに置きたいとね。それだけ信頼している。これは父上にも許可を得ている」
明かされた配属通知にフィンは姿勢を正した。
「お前が第二騎士団に来るということはオークランスに住まいを移し王都を離れることになる。元々オークランス領民である騎士は問題ないが、出身がオークランス以外の騎士は、既婚者であれば家族をオークランスに呼び寄せるか、単身として赴任する。単身として赴任する場合は、月に数日間の帰省機会が与えられる制度がある。独身者ではその制度はない」
フィンは目を丸くした。
「彼女は王都で商売をしている。ということは制度を利用するのが最善だろう。配属までに決断が必要だぞ? フィン」
フィンは感心する。これ以上に力強い後押しはない。
「ありがとう、ブルーノ。お前に相談してよかった」
「相談というより雑談だったがな」
ニカッとブルーノは笑った。
フィンは早速行動に移した。
次回、番外編最終話となります。




