41.【番外編】ある花屋の恋慕の花②
フィンはとある店に入った。
カランカランとドアのベルが鳴る。
「いらっしゃ……!」
女主人は来店した人物に驚き固まった。長身の騎士を見て驚いたためだ。
「ただいま。母さん」
「……フィン? フィンなの!?」
呼ばれた呼称に恐る恐るフィンに近づいた女主人は、腕やら肩やらを両手でポンポンと触れ、最後には両腕を伸ばしフィンの顔を両手で挟み込んだ。
「あらぁ。フィン! すっかり大きくなっちゃって。でも目元はそのままね。お父さんにそっくりよ。オロフ! 出てきて! フィンが帰ってきたわ!」
女主人セルマに呼ばれて、奥から店主である父オロフが出てきた。
「! ずいぶんと大きくなったな、フィン。おかえり。ご苦労だったな」
「父さん。あんなに大きかった父さんが小さく見えるよ」
フィンはオロフと軽く抱き合った。
「久しぶりね。ほら、こっちに座って。お腹は空いてる? 何か食べるかい?」
セルマは椅子をひき、フィンを座らせた。フィンは変わらぬ二人を前に嬉しさから笑みがこぼれた。
「じゃあ、ビーフシチューを食べたいな」
「そうかそうか。わかったよ。ビーフシチューだな」
オロフはニコニコと調理場に向かっていった。セルマは水の入ったグラスをテーブルに置く。セルマもニコニコと笑みを携えている。そしてフィンの前を陣取った。
「もうすぐ卒業ね。無事卒業を迎えられてよかったわ。あなたもオークランスでの反乱の鎮圧隊に入っていたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったわよ。本当に無事でよかったわ」
フィンはブルーノ・オークランスに選ばれた学生騎士団の一員だった。
「有事っていつ突然あるかわからないんだな。徴兵制の意味がわかった気がするよ」
「あんなに小さかった子が大丈夫かしらなんて思っていたけど、心配もいらなかったわね。本当に逞しくなって。士官学校はどうだった?」
「たくさんのことを学んだよ。それにたくさん食べさせられ、たくさん鍛え上げられ、気が付けば昔の俺じゃなくなってた」
「んまぁ。『俺』だなんて。昔は『僕』って言ってたのにね」
「士官学校の男所帯で『僕』なんて弱々しくて使わなくなっていったんだよ。はじめは少しいじられたな。でもすぐに背が伸び始めて、今では学生の中でも大きい方だ。見た目には舐められなくなった」
「そう。いつもマリーナちゃんの後ろに守られてたあなたがね。じゃあ今度はあなたが守ってあげられるじゃない」
セルマから出たマリーナの名前に思わず反応した。先ほど会ったマリーナの姿が頭に浮かぶ。背が高くなったことでマリーナを見る視点が変わった。自分を見上げ頬を膨らましているマリーナは年上の成人女性なのにとてもかわいらしかった。
「あらやだ。フィンったら顔が真っ赤よ?」
フィンは恥ずかしくなり腕で顔を隠した。
するとそこに、カランカランとドアのベルが鳴る。
「遅くなってすみません。すぐに準備しますね」
急いで走ってきたのだろう。頬を上気させた女性が入ってきた。
「あらヴィヴィ。そんなに慌てなくて大丈夫よ。お客さんはまだ来てないから」
「えっ、でも……」
ヴィヴィと呼ばれた女性はフィンをチラリと見た。
「ああ、ヴィヴィは初めてね。これ、うちの息子よ。前にも話したことあるでしょ? 士官学校に行ってるって」
「あっ、そうですか。初めましてヴィヴィです。こちらで給仕をさせてもらってます!」
勢いよくぺこっとお辞儀するヴィヴィに、フィンも軽く頭を下げる。すると、ヴィヴィの手元のブーケが目に入った。それはフィンだけではなかった。
「あらっ、やだっ! ヴィヴィ! もしかして、プロポーズされたの!?」
セルマがヴィヴィに近寄る。顔を真っ赤にさせつつも、満面の笑みでヴィヴィは答えた。
「はい!!」
セルマはぎゅっとヴィヴィを抱きしめると飛んで喜んだ。
「おめでとう! ヴィヴィ! お祝いしなくっちゃ! あなたの好きなアップルパイを焼きましょう!」
「ありがとうございます!」
とても喜ばしい場面に立ち会えたことに、フィンも嬉しくなった。そしてブーケについて尋ねようとしたところ、またもセルマに先を越された。
「彼ったらセンスがいいじゃない。これマリーナのブーケでしょ?」
「はい! 私たちが出会うきっかけになったお店のお花です! ラッピングも素敵で……」
ヴィヴィはうっとりとブーケを眺めている。
「あっ! マリーナちゃんは今、花屋をしてるのよ。知ってた?フィン」
セルマはくるっと振り向いた。
「ああ、ここへ来る前に見かけて、立ち寄ったよ」
「会ったの? きれいになったでしょ? マリーナちゃん」
フィンは先ほどのマリーナが頭に浮かび、ボンっと顔を赤く染めた。
「あらぁ。フィン」
セルマはフィンの様子に、見た目は変わっても心は変わっていないと覚った。
「フィン。卒業後はどうするの? もちろん王都に戻ってくるんでしょ?」
フィンは顔を上げ座り直す。
「いや、第二騎士団に希望を出した」
セルマは唖然とした。奥から出てきたオロフはビーフシチューを片手に固まっている。
「騎士になる道に進んだとして、第三騎士団じゃないの?」
セルマは不安気に口にする。平民であるフィンが騎士として王都で暮らすには第三騎士団が適任であると考えられた。オロフはゆっくりとテーブルにビーフシチューを置き、近くの椅子に腰かける。
「お前が選んだ道ならば否定はしない。だが、厳しい道じゃないのか?」
騎士服を着て帰省できるのは、進路を騎士になると決めているものだけだった。二人は騎士として帰省したフィンを見て、騎士になることに決めたことは理解したが、自分たちから離れての暮らしになるとは思わなかったのだ。
「俺は、オークランスで学生騎士団として第二騎士団と共に活動するという経験をした。それは、団長でもあるブルーノに引き抜かれたからだ。実力を認めてもらえたことも嬉しかったが、ブルーノとはすごく近くて、親友と呼べるほどに仲良くなった。あいつのリーダーシップを目の当たりにして、あいつの近くで……、あいつって言っちゃいけないな。ブルーノ様の近くでブルーノ様の為に仕えたいとも思った」
フィンは、女王陛下の婚約者であるスヴェン・オークランス辺境伯令息の弟であるブルーノ・オークランス辺境伯令息と親友であるという。そんな雲の上のような人との事実にオロフは息を飲み、セルマは腰が抜けてしまった。
「こんな機会はないと思うし、第二騎士団に入れば騎士として強くなれる。騎士であるからには強くなりたい」
ヴィヴィに支えられながらセルマは椅子に腰かける。オロフと共に真剣にフィンの話を聞いた。
「俺は誇らしいよ、フィン」
オロフは頷く。
「騎士になって強くなりたいって言ってたものね。フィンの夢だもの。その道を究めるチャンスがあるなら、挑戦する価値はあるわね」
セルマは涙を浮かべながら微笑んだ。
「でも、マリーナちゃんはどうするの?」
フィンはピクッと反応する。
「あなたが強くなりたかったのって、マリーナちゃんから守られている自分を変えたかったからでしょ? ずっと好きだったじゃない」
体が小さく近所の悪ガキからよくいじめられていたフィンを救い出してくれていたのが3歳上のマリーナだった。フィンは近所の強くて優しいお姉ちゃんに憧れ慕っていたが、いつしかそれは恋心に変わっていった。セルマからどうするのと聞かれたが、マリーナとは恋人というわけでも婚約者というわけでもない。ただフィンが思いを寄せているだけなのだ。
第二騎士団に所属するということは、生活拠点が離れてしまうということになる。商売をしているマリーナを呼び寄せることはできないだろう。それも娯楽もなく閉塞的なオークランスに平民女性のマリーナが生活するのは考えられない。そもそもフィンの思いが通じるかもわからないのだ。通じたことを仮定したとして先の生活を考えると、前途多難である。
「あの、思いはお伝えしないんですか?」
ヴィヴィは深刻な顔をしているフィンに向けて、『恋慕の花』があるじゃないかとブーケを掲げる。
「そうよ。あまりのんびりはしてらんないわよ? マリーナちゃんもいいお年頃だから、他の誰かのものになっちゃうかもしれないわね」
「えっ……」
フィンの顔が青ざめていく。
「今はいい人はいないみたいだけどね。だからこそ、士官学校の卒業がタイミングなのかなって私は思ってたわよ。チャンスよフィン! って」
「でも、急には……。考えておくよ」
フィンはマリーナを思い浮かべた。再開の時、母セルマと同じような反応をしていたマリーナの自分に対する思いは、家族、それも弟のように思っているのではと感じたからだ。まずはマリーナに意識してもらわなければと思うのであった。




