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アディショナルタイム第1節(後編:Open Your Voice-青春は語る)

帰りのホームルーム。


「えー、それじゃあ生徒会から、連絡を一つあるそうだ。

野中」


担任が目配せしてきた。


蓮は立ち上がり、プリントを手に取る。


(……初仕事が、これか)


喉を一度鳴らしてから、読み上げた。


「えー、すでに校内アプリにも告知があると思いますが、

明後日の昼休み、中庭特設ステージで"Open Your Voice 2"が開催されます。

卒業式直前のため高等部・中等部3年は優先登壇されますが、それ以外の学年の登壇もできます。

登壇希望の生徒はHR後に生徒会室へ集合してください」


読み終わると、クラスがざわついた。


「Open Your Voice!」「また来た!」「前回やばかったよな!」


蓮は黙って着席した。


(……学祭以上に緊張した)


地味だったが、蓮は悪くなく感じた。


---


当日。


午後授業の始業チャイムと同時に、中庭へ生徒が流れ込んでくる。

蓮は誘導係の腕章をつけて、入口の端に立っていた。隣には他の委員が二人。


「野中くん、こっち空けといて」


結衣が走りながら指示を飛ばす。


「了解です」


誘導なんて大した仕事じゃない。

ただ立って、混雑したら「こちらへどうぞ」と声をかけるだけだ。

でも——生徒会側から見る中庭は、観客席から見るのと少しだけ違う景色だった。


(……この位置から見てたのか、ともみ先輩たちは)


ステージの準備をする結衣。

整列待機する数名のSS。

静かに全体を見渡すともみ。


押田体制の頃と、何が変わって何が変わっていないのか。

この場所に立つと、少しだけ分かる気がした。


---


3年生のモブが数人叫んだ。


「受験終わって、志望校に首席合格しました〜!!生きてるぞ〜!!」


「部活引退して後悔なし!!頼んたぞ後輩!!ありがとう七星!!!」


「好きなラーメン食べようと思ったら、幼馴染に先回りされて、味わう余裕すらなかった!!」


笑いと拍手が波のように広がる。

蓮は誘導しながら、少しだけ笑った。


(……3年生って、こんな感じなのか)


自分があの場所に立つのは、まだ2年先なのかもしれない。


---


「次のスピーカーは——1年、佐藤 涼子さん」


結衣の声がマイクから広がった瞬間、観客席がざわっと揺れた。

蓮は思わず動きを止めた。


(……涼子が?)


ステージに涼子が上がる。


マイクを両手で握って、一度だけ深呼吸した。

観客がざわつく中、涼子は静かに口を開いた。


「高等部1年の、佐藤涼子です」


よく通る声だった。


「……去年の9月から、付き合っている人がいます」


「えっ」「知ってた」「誰!?」


涼子は構わず続けた。


「その人は——」


一拍。


「朝ごはん抜くんです。毎回言っても聞かない」


クスクスと笑いが広がる。


「遅刻ギリギリまで寝てる。でも試合には誰より早く来る」


「あるある!」「それ誰!?」


「褒めると照れて話題変える。でも結果は絶対出す」


笑いが大きくなる。


「……そういう人です」


涼子は少し俯いて、それから顔を上げた。


「ずっと、言おうか迷ってました。付き合ってるのに、今さら何を、って思って」


静まり返る。


「でも——言わないと後悔する気がして…この思いを伝えます!」


涼子の目が、観客席の右側へ向いた。


拓真がいる方向だ。


「同じクラスの、藤井拓真くん!!」


中庭に声が響いた。


「あなたのダメなところ、全部知ってます!!それでも——」


一拍。


「あなたの隣が、一番好きです!!」


中庭が爆発した。


「おおおおお!!」「夫婦!!」「強すぎ!!」


蓮はぽかんとしたまま、笑っていた。


(……らしいな、佐藤さん)


拓真は顔が真っ赤で、頭をかいていた。


その瞬間、観客席の男子たちが一斉に拓真を指さして煽る。


「拓真!!返事しろよ!!」


「ステージ上がれ上がれ!!」


「逃げんな!!」


涼子はステージの上で静かに立ったまま、マイクを握って待っていた。


その姿が——どこまでも強かった。


拓真は頭をかいて、天を仰いで、それから息を吐いた。


「……はあ」


そのまま、ステージに向かって歩き出す。


「うおおおおお!!」


中庭が歓声で揺れる。


拓真はステージの前まで来て、マイクも持たずに涼子を見上げた。


「……お前、ほんとに余計なことしかしないな」


照れを全部混ぜた声だった。


涼子が笑う。


拓真は頭をかいてから、中庭の全員に聞こえるように言った。


「——俺も、お前の隣がいい」


涼子が叫んだ。


「やったあああああ!!!!」


中庭が狂乱した。


「きゃあああ!!」「夫婦確定!!」「尊い!!」「結婚(ばくはつ)しろ!!」


蓮は腕章を隠しながら、その光景を眺めていた。


(……お前ら、ほんとに)


冷めてはいない。

ただ——、すごく遠い話みたいだった。


---


中庭がまだざわついていた。


「夫婦!」「強すぎ!」「涼子ちゃん最高!」


興奮が収まらない中、司会の結衣がステージ中央へ戻ってきた。


マイクを持つ。


「……最後のスピーカーです」


いつものMCトーンじゃなかった。

それだけで、中庭の空気がすっと変わった。


「生徒会会長——倉原 ともみさん」


一瞬の間があって——


「会長!!!!」「キタ━━━━!!」「会長も言うの!?」「やば!!」


中庭が再び湧いた。


ともみはゆっくりとステージに上がる。

涼子みたいに走り出すことも、拓真みたいに頭をかくこともなく。


ただ、マイクの前に立った。


一拍。


「こんにちは。生徒会長の、倉原ともみです」


「いえーーーい!!」「会長!!」「会長もしゃべるの最高!!」


もう一度湧く。

ともみはありがとと言いながら、少しだけ笑った。


それから——静かに、話し始めた。


「2年前の夏に、誰かに言葉を渡したことがあります」


湧いていた声が、すっと消えた。


誰かが「……え?」と呟いた。


それだけだった。


「でもその人は——その時、まだ壊れていました」


誰も笑わない。


「だから私の言葉は、受け取ってもらえませんでした」


美鈴は息を呑んだ。


(……2年前の夏……)


隣の友達が何かを囁いたが、耳に入らなかった。

視線が、無意識に蓮を探す。

見つけた時は、蓮は固まっていた。


ともみはマイクを両手で持ち直した。


「ずっと——諦めていませんでした」


一拍。


「受け取ってもらえなかったのと、断られたのは、違うから」


観客がざわつく。


「誰の話?」「会長に……そんな人が?」「え、恋愛の話?」


ともみは構わず続けた。


「でも最近——少しだけ、思うことが変わりました」


一拍。


「……その人と、好きなものを一緒に楽しみたいと思って、誘いました」


蓮の動きが止まった。


「返事は——まだもらえていません」


小さく笑う。


「でも、その人が前に進んでいくのを見ていたら……」


「届かなくても——渡した言葉は、ちゃんとそこにあったんだって」


「それだけで……十分だったかもしれない、って」


中庭が、しんと静まり返っていた。


さっきの熱狂が嘘みたいだった。


蓮の胸が痛い。


(……2年前の夏……あの時の……)


分かっていた。


分かっていたのに——こうして静かに言われると、全然違う。


ともみは最後に、ほんの少しだけ笑った。


生徒会長じゃない笑い方だった。


「名前は言いません」


「でも——前に進んでくれてたら、それで十分です」


「ありがとうございました」


深く一礼。


中庭に、静かな拍手が広がった。


中には「ともみ〜がんばれ〜」「思いを届け〜」などの応援が聞こえ

ともみは、笑顔で手を振りながらステージを後にした。


涼子の時みたいな狂乱じゃない。

でも——どこか、もっと深いところから来るような拍手だった。


蓮はまだ動けなかった。

美鈴は、蓮の横顔から目が離せなかった。


胸の奥が、きゅっと痛い。


(……これ、なんだろう)


理由は、まだわからない。

でも——わからないまま、目が熱くなった。

結衣はステージ脇で腕を組んだまま、静かに目を閉じていた。


(……言ったんだ、会長)


それだけを、心の中で呟いた。


---


蓮は腕章を返し、校門へ歩き出そうとしたとき


「野中くん」


美鈴に声がかかった。


「……お疲れ様」


「……ありがと」


少し間があった。


「今日も……一緒に帰っても、いい?」


蓮は少しだけ迷った。


「……うん」


二人は並んで歩き出した。

でも今日は、言葉がなかった。


(……なんで黙ってるんだろ、俺)


いつもなら何か話せる。

他愛ない話でも、授業のことでも、なんでもよかった。

でも今日は——言葉が、出てこない。


ともみのスピーチが、頭の中でまだ鳴っていた。


(「2年前の夏に、誰かに言葉を渡した……」)


(「返事は——まだもらえていません」)


(……俺のことだ)


分かってた。最初から分かってた。

なのに——美鈴の隣を歩きながら、その言葉を反芻している自分が、なんかずるい気がした。

美鈴も、黙っていた。


(……何か、話さないと)


でも言葉が見つからなかった。

ともみのスピーチを聞いた時から、胸の奥に何かが引っかかったままだ。


(2年前の夏……その人と、好きなものを一緒に楽しみたくて……)


(返事はまだもらえていない)


隣を歩く蓮の横顔が、あの瞬間——固まっていた。


(……蓮くんは、知ってたんだ)


それだけで、なぜか胸が痛い。


(私には関係ない話なのに)


(なんで、こんなに)


夕風が吹く。


思わず、歩幅を半歩だけ縮めた。

気づいていないふりをした。


駅の改札が見えてきた頃、美鈴が立ち止まった。


「……また、ね」


「…うん…また、明日」


美鈴は改札の向こうへ消えていった。

蓮はしばらくその場に立っていた。


(……なんで、今日はこんなに重いんだ)


答えは出ない。

ただ——美鈴が最後に少しだけ歩幅を縮めたこと。

それだけが、なぜか頭に残っていた。


夕風が、また吹いた。


「お、蓮じゃん」


振り返ると、拓真と涼子が並んで立っていた。


「生徒会の仕事、お疲れ」


「お疲れー」


「……お疲れ」


三人の間に、一瞬だけ静かな空気が流れた。

拓真は何も言わなかった。

涼子も何も言わなかった。

ただ——二人とも、ちゃんと聞いていたのだ。


ともみのスピーチを。


「……シェイクとビッグバーガーくらいなら、奢るよ」


拓真がさらっと言った。


「え、でも——」


返事を待たなかった。

拓真が蓮の肩を掴み、涼子が反対側から腕を引く。


「行くよ」


「ちょ、待って——」


「待たない」


涼子がにこっと笑った。

完全勝利の余韻を浸るような笑顔だった。

蓮は抵抗するのをやめた。


「あー、わーったよ。引っ張んなって」

(……こいつら、ほんとに)


でも——少しだけ、胸が軽くなった。


---


気づいたら、窓際の席に座っていた。


「……ダブルチーズバーガーって言ったっけ、俺」


「言ってない。俺からの奢りだ」


拓真はフライドポテトをつまみながら、涼子と何か囁き合っていた。


(……いちゃついてる)


蓮はシェイクのストローを咥えたまま、二人を眺めた。


「いつもマックデートしてるの」


拓真が答える前に、涼子が口を開いた。


「いつもじゃないかな……本当は拓真と、二人だけがよかったんだけど」


「……ごめん」


「ううん」


涼子はにこっと笑った。


「どこぞのネクラさんがどうしてもほっとけなくて」


拓真がさらっと言った。

蓮は少しだけ笑った。


「ネクラって言うな」


「事実だろ」


「……まあ、今日だけは」


否定できなかった。


シェイクを一口飲む。

しばらくして、拓真が言った。


「……会長の主張、蓮のことだよな」


蓮は少し間を置いて、頷いた。

拓真はポテトを一本口に放り込んで、天井を見た。


「俺だったら、二つ返事するけどなー。美人だし」


「たくまー」


涼子の声が低くなった。


「あはは、冗談だよ冗談」


拓真は笑いながら涼子をなだめる。

蓮はその様子を見ながら、もう少しだけ笑った。


「蓮、最近美鈴ちゃんと一緒に帰ってなくない?」


涼子が聞いた。


「俺が下校する時間帯で大体だけど……それがどうしたの」


涼子は少し考えるような顔をして、ストローをくるくると回した。


「……別に。ただ」


一拍。


「美鈴ちゃんって、蓮のこと、よく見てるなって思って」


蓮は少し黙った。


「……どういう意味」


「そのままの意味だよ」


涼子はにこっと笑った。

それ以上は言わなかった。


拓真はポテトをつまみながら、窓の外を見ていた。

蓮はシェイクの残りを見つめた。


(……分かってる)


美鈴が自分をよく見ていることくらい、気づいていた。

帰り道の歩幅のこと。

「野中くんなら、きっと大丈夫だよ」という声のこと。

今日の、あの無言の道中のこと。

全部、ちゃんと届いていた。


でも——


(俺は)


オタク側の人間が、イケメン側に踏み込んでいい世界に——まだ、なりきれていない。

頭では分かっている。

協定は止まった。ルールはなくなった。

でも長年「お前はこっち側だ」と刷り込まれてきたものは、そう簡単には消えない。

踏み出す勇気じゃなくて——踏み出していい、という実感が、まだ追いついていない。


「……難しいな」


思わず、声に出ていた。

拓真が視線を戻した。


「何が」


「……いや」


蓮は首を振った。

しばらく沈黙が続いた。

拓真がポテトを一本口に放り込んで、蓮を見た。


「蓮、一つだけ」


「?」


「何考えてるかはわからないけど、大体察しがつく」


蓮は黙って聞いた。


「けど——焦って答え出す必要は、ないと思うよ」


「……え?」


拓真はもうそれ以上言わなかった。

代わりに、バーガーを持ち上げて言った。


「とりあえず、冷める前に食おうぜ」


涼子が小さく笑った。


蓮は少しの間、拓真の顔を見ていた。


(……お前、ほんとに)


「……うん」


バーガーを手に取った。


三人分の咀嚼音と雑談と、窓の外の夕暮れ。

それだけで、十分だった。

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