魔法の夜が明けるまで
幸せの音楽は鳴り止まない
それから、残りのサンドウィッチと紅茶をゆっくり楽しみながら、ペコが通訳となって四人でスイーツの味の感想や妖精たちのことを話した。
妖精の味が色によって微妙に違うことは何故だろう。誰かがそんな疑問を口にすれば、また誰かが妖精たちが花になったことを根拠に仮説を提示する。
妖精たちは元々意思のない花々で、月光や妖精の泉によって妖精となり、ティターニアの国へ導かれるのではないか。
じゃあティターニアが砂糖になったのはどうしてだろう。
そもそも妖精の国ってどんなところ。
泉の水には、どれほどの魔法の力があるのだろうか。
その時間は、エドガーの記憶にある中でも最も充実して楽しいひと時だった。
かまどたちは日本から来た料理好きの女子高生で、エドガーとエリザベスは幼馴染の許嫁。その程度しかお互いのことは分からなかったが、それで十分だった。
大事なのはお互いの素性よりも、美味しい料理を一緒に楽しんだということなのだ。
言葉や国籍の壁を越え、料理は人と人との絆を深める。
エドガーとエリザベスという凸凹の許嫁であっても、かまどとペコという女子高生と化け物であっても、一緒に美味しい料理を食べれば、同じ幸せを共有できた。違った存在であっても、料理という絆で繋がることができた。
テーブルを飛び交う話題は尽きない。
けれど、時間は過ぎていくし、紅茶には終わりがあった。
「これで最後ね」
エリザベスがティーポッドを傾ける。紅茶の最後の一滴、すなわちゴールデンドロップ。茶葉の旨味が凝縮された一番のお楽しみは、全員で少しずつ分け合うことにした。
『いいティータイムだったねぇ……』
かまどはすっかりエリザベスの淹れた紅茶が気に入ったようだった。ペコはとっくに自分の分の紅茶を飲み干して、テーブルに残ったスイーツたちを手当たり次第胃袋へと片付けている。
「ねえ、エリザ……」
ゴールデンドロップに濃縮された勇気の風味が消えないうちに。エドガーは立ち上がってエリザベスの前で跪く。
「まだ月が出ているから……ボクと踊ってくださいませんか。美しいお嬢さん」
十五歳の若造がするには大げさすぎるキザな仕草。けれどこの夜に限っては、むしろ相応しいとさえ言えた。
エリザベスはエドガーの手を取って答える。
「喜んで」
妖精の音楽はもはやない。ぼんやりと輝く森の広場に響くのは虫や獣たちの声と、木々が奏でる風の音だけだ。
しかし、エドガーとエリザベスのステップはピタリと合った。繋がった指を通して、そこにしかない音楽が流れている。
心臓の鼓動が刻む軽快なリズムに合わせて、ふたりはターンし、戻り、跳ねながら笑みを交わす。
妖精に支配されて踊っていた時とは違う、本当の笑顔。
もはや瞳の中にはお互いの姿しか映らない。
月の女神セレーネでさえも、エドガーとエリザベスの姿に嫉妬するだろう。
『かまど! あたしたちも踊ろう!』
ペコがテーブル越しにかまどに前のめりで提案した。
『えぇ~……。あたし、社交ダンスなんてやったことないよ』
『大丈夫だって!』
乗り気ではないかまど。ペコはテーブル越しにそんな彼女の手を取って、そのまま彼女を持ち上げて抱き寄せた。
『ちょちょっ、ちょっとペコっ!』
宙を舞ったかまどはペコの腕力で石のテーブルを跳び越え、その胸の中にどさっと着地する。
『それぇ~!』
エドガーたちを見て影響されたのだろう。ペコはかまどの両手を掴んでぐるぐると引っ張り回す。それはダンスというよりジャイアントスイングだった。
『うぁぁ! 絶対っ、離さないでよぉ!』
『もちろん! 離さないよ!』
孤独な月がエディンバラの荒涼とした大地を照らす。
黒い森の中で開かれるのは、蜂蜜色の舞踏会。
妖精の輝きを纏った、たった四人の参加者たちが思い思いのステップを踏む。
時折聞こえるのは叫び声や笑い声。
そして、互いの名前を呼ぶときの弾む声。
魔法の夜が明けるまで。
幸せの音楽は鳴り止まない。
今日はもう1話投稿します~




