受け継がれる香り
光るよ
「みなさん、私の淹れた紅茶です。妖精女王の……月光の砂糖を加えてご堪能ください」
ふわっと寝間着のスカートを広げたエリザベスは、ちょうどよく蒸れたティーポッドを軽く回した。そうすることでポッドの中の濃度が一定になるのだ。
そして、エリザベスは踊るように全員のティーカップに素早く紅茶を注いでいく。
洗練された所作の細部に、軽やかで愛らしいエリザベスの個性が浮いて出ていた。たとえばポッドを持つ指は丸く曲げられているのに小指だけはピンと伸びていたり、無意識に鼻歌を歌っていたり、綺麗に紅茶が入ると得意顔で頷いたり。
見とれていたら、エリザベスと目が合ってウィンクされた。エドガーは慌てて目を逸らす。
「お砂糖はお好みで」
ガラス瓶の中に集められた月光砂糖はランタンのように光っている。エリザベスに促され、全員がスプーンで好みの量を取って紅茶に入れた。
『かまど! すごいよ! 光ってる!』
月光砂糖は琥珀色の紅茶に溶けると、たちまち月のように淡い輝きを放ち、飲み手の顔を照らした。小さな水面から漂ってくるのは薔薇にも似たフローラルな香り。それはかつてエドガーが大好きだった香りだ。
「エリザ……これってもしかして」
「ええ、そうよ。エディのお祖母さまに淹れ方を教わったの。かまどがちょうど茶葉を持っていて助かっちゃった」
「そうだったんだ……知らなかったよ」
エドガーは目の奥がじんわりと熱くなってきたのを自覚し、何とか零れないように我慢した。楽しかった思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡る。まるで幼い自分に挨拶されたような温かい気持ちが胸の内に湧いてきた。
「いい香りだ……」
大好きだったヘンリーお祖父さまのことを思い出しながら、エドガーは紅茶に口をつけた。
舌の上をまろやかに滑り鼻へと抜けていく芳ばしい香り。夏の陽光を集めて濃縮したような舌触り。そして後味は僅かに甘い。マカロンの時とは違い、まるで朝露の最後の一滴のように淡く儚い甘味が残るのだ。
「……どう、かしら」
懐かしの味を堪能するエドガーを不安そうに見つめるエリザベス。エドガーはティーカップをテーブルに置いてエリザベスの手を握り、心からの微笑みを返した。
「美味しいよ。すごく」
「……よかった」
破願するエリザベス。嬉しそうな彼女を見るとエドガーも嬉しくなった。
「毎日こんな紅茶が飲めたらなぁ……」
エドガーは深く考えず、思ったままのことを口にした。
「えっ、それって……」
「……んっ……ああっ!」
ようやく気が付いて狼狽するエドガー。否定するわけにはいかず、しかし認めるのは恥ずかしい。
「えっと、今のは、なんていうか……ぁ……」
「えっ、ええ、そっ、そうよね……あの……」
エリザベスも追及したいけれどできない、そんな微妙な心の距離感。
「「……」」
ふたりの間に流れる沈黙。くすぐったいそれは、しかしネガティブなものではない。
ゆっくりと、ふたりは顔を見合わせる。目が合うとすぐに逸らし、けれど再び引き寄せられ視線を合わせる。
たき火の音が、森の音が、生き物たちの声が消えていく。
エリザベスの青い眼がエドガーを映している。満天の星も、大きな月も、美味しいスイーツも、そこにはなくて、エドガーだけが、彼女の視界を占領している。
ぎこちなかった二人の距離は次第に近づき、そして――
『うわわっ! みんな身体が!』
――と、ペコが大声で叫んで立ち上がった。エドガーとエリザベスは弾かれたように離れる。
『うわ……、なにこれ?』
かまどが空に手をかざす。身体全体を包むようにぼんやりと、四人は発光しているのだった。
「すごいわ! みんな妖精になったみたい!」
エリザベスはそう言ってその場で一回転した。光の粒子が彼女の動きから微かに遅れて宙に舞い散る。
『光ってるー!』
ペコが大喜びで妖精の門があった辺りに駆けていき、無残に倒れた石柱を踏み台に空高く跳んだ。無数の粒子がキラキラと星屑のように降り注ぐ。
『ねずみ花火……いや、人間花火かな』
かまどははしゃぎまわるペコを呆れ顔で眺めながら紅茶を飲んでいた。けれど、その口元は隠しきれないほどニヤけてしまっている。ペコが喜んでくれることが嬉しくて仕方がないといった様子だ。
大切な人の幸せを、自分の幸せだと感じることのできる強い絆がそこにはあった。
エドガーはペコの一人舞台を眺めながらサンドウィッチでお腹を満たす。すると、再び隣に腰を下ろしたエリザベスが、エドガーの袖を引いた。
「なんだい?」
「あのね……エディ」
エリザベスは指を伸ばし、エドガーの口元についたパンくずを抓んだ。
「……ありがとね」
「えっ?」
「助けてくれてありがとう。大好きだよ」
そしてエリザベスは、満面の笑みでパンくずを自らの口に運んだ。
エドガーは彼女の告白に、ただただ頷くことしかできなかった。エリザベスも分かっているようで、満足げに頷き返してくれた。
今はまだ、それがエドガーの限界だ。
けれどいつか、胸を張ってエリザベスに想いを伝えられるような自分になりたい。そして、またこの紅茶をふたりで楽しむのだ。
また明日~




