妖精のお菓子作り
筋肉痛になるよ
かまどは慣れた手つきで妖精の下処理をしていく。
頭部分を切り落とされ羽をむしられた妖精は、朝市で売られている小さな人参とよく似ている。妖精から流れる液体は午後の陽の色をしており、小瓶に入れると蜂蜜のようにも見える。
『ペコ、テーブルとイス、作っておいて』
かまどが指さしたのは妖精の門があった場所だ。もはや後に残っているのは左右の柱だけである。
「おっけぇー!」
ペコはスキップして石柱を破壊しに行ってしまった。
「あの……私たちも何か」
服の砂埃を払ったエリザベスがかまどに話しかける。
身体を張って守ったボウルのメレンゲを受け取ったかまどが、取っ手が二つついたガラス瓶をエリザベスに手渡した。
『じゃあちょっと水汲んできて。ウォーターウォーター』
明らかにエリザベス一人の手では重すぎる。エドガーはガラス瓶の取っ手の片方を持った。
先ほどまで自分は何の役にも立っていなかった。せめてここからは積極的に手伝いたい。
衝撃波によってできた波も落ち着いた妖精の泉の水は透明で、底の砂までもが綺麗に透けて見えていた。
エドガーが水を汲んでいる間、エリザベスは泉の水で顔を洗う。エドガーは気にしないが、頬の砂汚れが乙女には許せないらしい。
「何もできなかったって思ってるでしょ」
水を汲み終えると、エリザベスがそんなことを言った。ブロンドの髪をまとめて後ろで縛った彼女は、普段よりもさらに快活な印象を与える。
「だってそうだろ」
エドガーは情けない自分を認めざるを得なかった。
「ボクたちを助けたのはペコとかまどだし、君は料理ができるけど、ボクは何にもできないじゃないか」
「……そんなことないよ」
エリザベスはエドガーの隣に腰を下ろす。その横顔はどこまでも優しい。
「エディが私を助けに来てくれて嬉しかった。エディは自分が分かってないだけなんだよ」
「分かってない?」
「そう。エディはカッコイイんだよ。だから何もできなかったなんて思わないで」
「でも……」
俯こうとするエドガーの頬を、エリザベスは濡れた両手で挟んで自分の方へ向かせた。
「でも、とか、だって、とか禁止。私が助けてほしいって願ったらエディが来てくれた。私のこと、守ってくれた。昔からエディは変わらないよ。ずっと、私の大好きなエディのまま」
そして、エリザベスはエドガーの鼻の頭を指先でちょんと押した。
「行こう、エディ! 美味しそうな匂いがするよ」
ふたりが水を汲んで戻ってくると、エリザベスがかき混ぜていたメレンゲには、七色に光る妖精女王の砂糖とアーモンドパウダーが加えられていた。
かまどはメレンゲを潰さないように容器のボウルを回す。泡ができたらヘラの先で潰しながらひたすらかき混ぜ、持ち上げた生地がリボン状に滴り、光沢が出たら完成となった。
『やってみる?』
生地の入った絞り袋がエドガーとエリザベスに渡された。キッチンペーパーの敷かれた鉄板が妖精の石の上に置かれている。そこは妖精の国の残り香の影響で通常よりも早く時間が流れており、生地も素早く乾く仕組みになっていた。
「けっこう難しいな……」
エドガーの成型したマカロンは不格好で、かまどやエリザベスのもののように丸くならない。結局一皿分も作らずに、エドガーはマカロンに挟む生地作りに回された。すなわち、ただの力仕事要員である。
妖精の泉の水と、妖精女王の砂糖を混ぜたシロップを作り、そこに卵黄を加えてクリーム状になるまでひたすら混ぜる。色が仄かに黄色くなってきたら、ここに溶かしたバターを加えて滑らかになるまでまたもや混ぜる。
ひたすら混ぜ続けたエドガーは明日の筋肉痛を覚悟した。スイーツはとにかく混ぜることがすべてだとさえ思う。
完成した生地を絞り袋に入れ、焼き上がってきたマカロンに絞って挟んだら出来上がりだ。もっとも、この仕事もエドガーではなくエリザベスが担当した。次々と焼き上がってくるマカロンのペースにエドガーはついていけないのだ。
マカロンはかまどが焼いている。
百六十度前後まで温まっている石窯で六分ほど焼くと、マカロンの表面からフリルのような足が出てくる。そうしたら一度石窯の覆いを取って内部の熱を逃がす。そして窯の中が百三十度くらいになったところで、さらに十分ほど焼くのだ。
このマカロン作りの合間に、かまどは別の窯から焼き上がっていた二つのスポンジに生クリームを塗っていた。職人のような手つきでたちまち生クリームの城壁が出来上がる。
繁忙期のパティシエのような正確で無駄のないかまどの仕事には、素人が付け入る隙などない。
マカロン作りからリストラされたエドガーはペコの仕事を手伝うことにした。
「君たちは何者なの?」
ふたりで協力して長机のようになった大石にテーブルクロスを敷く。そして、その上にかまどが持ってきた皿やティーカップなどの食器を並べていく。
「料理研究家……いや、美食研究家なのかい?」
「わかんない。けどかまどの料理はサイコーにおいしいよ!」
ペコの笑顔には裏表がない。そのあまりの純粋さには恐怖も感じるが、今は親しみの方が多くエドガーの胸の内を占めていた。
「そうかい。それは楽しみだな」
調理場と化したたき火付近に目をやると、エリザベスが紅茶を淹れていた。茶葉はかまどから提供されたものだが、英国人としてそれ以降の過程は譲れないようだ。温度から注ぎ方まで、話しかけるのが怖くなるくらい集中している。
「妖精を食べたことは?」
食器並べはほとんどエドガーが行った。ペコは石を割ったり、泉の水をさらに別の瓶に汲んだりと力仕事をしている。
「初めてだよ。あっ、『だった』かな? でも、料理したらどんな味になるのかなぁ」
「想像もつかないよね」
ペコの英語は流暢だ。アクセントも発音も英国式、それもエドガーと同じロンドン訛りである。
ペコと友達感覚で話しているうちにエドガーは、ペコの見た目や行動は確かに人間離れした化け物かもしれないが、それは彼女の一面に過ぎないと確信した。明らかに普通の人間であるかまどと仲良さそうにしていることも、ペコへの恐怖を薄れさせた。
きっとかまどは、化け物であるペコをありのままに受け入れているのだ。エリザベスとエドガーがそうであるように、自らと異なった部分を含めた上で、ふたりは対等な関係なのだろう。
『おぉ~い! ペコー!』
『かまど! 早く食べよう!』
かまどに呼ばれてペコが飛んでいく。エリザベスの紅茶も入り、みんなで料理を運んでテーブルに並べた。
真ん中に置かれたショートケーキにはイチゴの代わりに頭から突き立てられた妖精たち。生クリームが妖精の周りでとぐろを巻いており、奇妙だがキュートな見た目に仕上がっている。
鉄板からお皿に移された七色のマカロンは見た目だけですでに美味しそうだ。見栄えよく並べられたサンドウィッチに、ティーポッドの中の紅茶。
まさに英国伝統のティータイムに相応しい。
おまけに、並べられたほとんどの食べ物は妖精のせいで発光しているため、森の広場は夕暮れよりも明るく、朝焼けよりも暗い程度に明るくなっていた。
エドガーの隣にエリザベスが座り、テーブルを挟んで向かい側にはかまど、その隣にペコが腰かける。
いよいよ森のティーパーティーの開幕だ。
また明日~




