二つの戦場
恋とお菓子作りは戦争です
それはまさに嵐と嵐のぶつかり合いだった。
物量に勝る妖精たちはペコを殺そうと一匹一匹が矢のように鋭くなって飛来する。ペコはそのピンク色の髪を豪快に振り乱しながら縦横無尽に飛び回り、ぶつかった妖精たちを地面へ叩き落としていく。
人間が蠅を叩き落とすみたいに、ペコは妖精の軍隊をずたずたに引き裂いた。目にも止まらぬ速さで剛腕を唸らせて妖精を叩き落とす様はまさに怪物と呼ぶに相応しい。
『頭マズイ!』
しかも、ペコは妖精軍と戦いながら、その剛腕で妖精を鷲掴みにしては頭から齧っているのだ。妖精は何匹か一緒になってペコに捕まり、ジャムをべっとりつけられたかと思ったら頭から齧られる。
まさに妖精の踊り食い。
「すごい……」
エリザベスが息を呑む。もはや妖精軍団はエドガーたちのことをすっかり忘れていた。目の前で同胞を踊り食いにする怪物を何とか撃墜しようと様々な陣形で襲い掛かり、片っ端から返り討ちにされている。
「あれは一体何なんだろうね」
エドガーの口から素直な疑問が漏れた。エリザベスも同じことを思っていたようで、ふたりは顔を見合わせ苦笑する。
そんな時、ちょうどペコのハイキックで一薙ぎにされた妖精たちがふたりの間に落下してきた。
『はいはい、ちょっと失礼』
ひょこっとかまどがやって来て、地面に落ちた妖精たちを拾う。彼女はそうやって集めた妖精の亡骸を泉の水で洗い、火にかけた鍋に次々と放り込んでいっているのだ。
この状況で料理の下ごしらえをしているのか。かまどの胆力にエドガーは驚愕せざるを得なかった。それほどペコの暴力に信頼を置いているのだろう。
ぐつぐつ煮える鍋の中を覗くと、妖精たちはチョコレートのようにあっけなく溶けて白く輝く液体になっていた。
見れば、かまどはボウルに卵とグラニュー糖を入れてかき混ぜている。その手の動きは洗練された職人のそれで、思わず見とれてしまうほどに鮮やかだ。
生地が人肌の温度になると、さらに鍋から妖精の液体を掬い入れ、再び混ぜる、混ぜる、混ぜる。
お菓子作りの現場を初めて見るエドガーは、それがあまりにも力仕事であることを知った。お菓子職人に男性が多いのも頷ける。
隣を見ればエリザベスが、かまどに言われもしないのに目の粗いザルで薄力粉を振るっていた。何もせずボーっとしていることが許せないエリザベスらしいなと、エドガーは思った。
自分も手伝いたいが、料理に関してはまったくの素人であり、ふたりから要請されないと何をしていいのか分からない。
かまどはエリザベスに目配せし、かき混ぜていたボウルを彼女に手渡した。エリザベスは薄力粉を生地に混ぜ、底の方から掬うようにして混ぜ続ける。
一方、かまどは辺りに落ちている石を積んで即席のオーブンを組んだ。バターを溶かし、エリザベスが混ぜ終わったボウルを受け取ると二つを合わせてまた混ぜる、混ぜる、混ぜる、混ぜる、混ぜる……。
気の遠くなりそうな作業。ふとエリザベスと目が合う。言葉は必要ない。スイーツ作りにおいてエドガーが何の役にも立たないことははっきりした。
エドガーは気まずくなって調理の現場から戦場へと視線を戻す。せめてそちらでは何か役に立ちたい。
かまどたちが次の料理に取りかかろうとしている間にも、ペコと妖精たちの戦いは苛烈さを増していた。
時間差の攻撃や光による攪乱などを織り交ぜて高度な集団戦を行う妖精たち。ティターニアの指先に合わせてペコを押し潰さんと迫るその姿は、神々しくさえある。
『とりゃりゃりゃりゃ、アチョー!』
しかし、ペコにはすべての作戦が通じない。数で挑めば面制圧の蹴り技で、一点突破を狙えば点制圧の殴り技で、時間差で仕掛けても華麗な手足の連携で、妖精たちの突撃はことごとく玉砕する。
しかし、この化け物を相手にした妖精軍団はひるむ様子を全く見せない。
何かがおかしい。ペコに常識が通じないのは明らかだ。消耗戦を狙っても無意味なはず。妖精が無限に湧くのなら話は別だが。
「……無限に湧くのか」
ペコの活躍ばかりに目がいっていたエドガーだが、戦場となった広場全体を見回してみると妖精の数が減っていないことに気が付いた。ペコが撃ち落として胃袋に収めるのとほとんど同じ速度で妖精たちも増えている。
「どこだ……どこから……」
森の奥の暗がり。違う。いまや妖精は広場全体ではなくペコの周辺に群がっている。森から出てくるのなら、妖精の光が広場まで列をなしているはずだ。森は相変わらず暗い。
空から降ってくる。違う。妖精たちは明らかに、上空を跳ね回るペコに向かって舞い上がって出撃していく。
空気の中から生まれる。そんなわけはない。それならばペコの周囲に一気に発生すればいいのだから。
「発生……そうか!」
また明日~




