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ペコとかまどのオカルトごはん!  作者: GOZOROPS
5皿目:デザート《妖精たちのティーパーティー》
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妖精女王の正体

自分自身に胸を張れる自分になりたい。

 星空と月を映した水の鏡が粉々に砕ける。


「ぷっはぁ!」


 エドガーは水面から顔を出し、エリザベスの背後に回った。エドガーの細腕でエリザベスを抱いて跳べたのは、明らかに火事場の馬鹿力だった。


 泉はエドガーが思ったよりも深く、岸辺からそれほど離れていないのに水底に足がつかない。


 エリザベスの腋の下から腕を回し、岸辺の方へ背中から泳いで行く。学校で嫌々ながら救命講習を受けた甲斐があった。


「はぁ、はぁ……エリザ……」


 エリザベスを引きずるようにして何とか岸辺に上がったエドガーだったが、ついに力尽きて膝から頽れてしまった。水に濡れた服は重く、身体を動かす度にエドガーの気力を奪っていく。


 エリザベスはエドガーの身体にもたれかかっており、意識はまだ戻っていないようだった。


「貴様ァ!」


 ティターニアが形相を変えて叫ぶ。その声には怒りと困惑が入り混じっていた。


「なっ……」


 妖精女王に目をやったエドガーは、驚きに目を見張った。


 彼女は先程までの愛らしい姿から一変、木の根っこのようにしわくちゃな見た目で宙に浮いていたのだ。鼻は老婆のように曲がり、目は狐のように吊り上ったティターニアは、もはや見るも無残な化け物だった。


「……それがお前の永遠か」


 どうして思春期の子どもばかりが妖精に惑わされてしまうのか。


 心に付け入る隙がある人間ほど、妖精の魔法にかかりやすい。それは事実なのだろう。


 しかし、妖精側にも事情があったのだ。自らの永遠を保つためには他者の若さが必要だった。


「ええそうよ! お前には分からないでしょうね。けれどいいの。私たちの世界に来ればお前たちも永遠になれるのよ。自分自身をどう見たいか、あなたも理想の自分になれたらと憧れたことがあるでしょう」


 理想の自分。他人にどう見られるかを自分で自由に操る魔法。ティターニアが言っているのはそういうことだった。


「私たちの世界に来れば、あなたは最高のあなたでいられるのよ! エリザベスに自分は相応しくないと思っていたのでしょう。けれどあなたは世界で一番の男になれる。誰も相応しくないなんて言わない立派な男にね」


 それは確かに魅力的な提案に聞こえる。


 労せずして世界一の男になれば、エリザベスと不釣り合いなどとは誰も言わない。どこに行ってもお似合いのカップルだともてはやされる。世界中のあらゆる人が、エドガーとエリザベスはまさに物語の王子様とお姫様であると認めることだろう。


 しかし、エドガーはきっぱりと首を横に振った。


「ボクはそんなものいらない。ボクは理想の自分になりたいんじゃない……ボクは――」


 エドガーの夢を、空想を、否定しないエリザベス。


 彼女はいつもエドガーと対等でいてくれた。エドガーのありのままを受け入れ、ありのままのエリザベスで接してくれた。


 エリザベスはエドガーを図書室の暗がりから連れ出してくれたのだ。


「ボクはボクであることに、胸を張りたいだけなんだ。いつかエリザに、愛してるって伝えられるように」


 エドガーの言葉に、ティターニアは歪んだ顔をさらに歪める。怪奇小説の魔女のように捻くれた妖精女王は、もはや敵意を隠そうともしない。


 無数の妖精の軍隊を支配する指揮官は声を張り上げてエドガーに命じた。


「愛しのエリザベスを置いて行けばお前の命は助けてやるわ!」


 妖精はいつだって意地悪だ。人間が苦しんだり、悲しんだりするさまを見てケタケタ笑う。表面ばかり、見た目ばかりを取り繕って、その内側は何よりも醜い。


「……お前も同じだ」


 ロンドンの女たち、エディンバラの召使いたち、エドガーのためと言いながら自分の保身しか考えていない母親、愛人を囲ってお金だけで世間体を守る父親、妖精たちも、奴らと同じだ。


「女一人と引き換えに生きられるのよ! 何を迷っているの!」


 エリザベスのいない人生を想像すれば、答えはすぐに出た。考えるまでもない。エリザベスのいない人生なんて、まず想像すらできないのだから。


「そんな人生、ボクの……エドガー・バンシーの人生じゃない!」


「そんな小娘のために、お前は命を捨てるというの?」


「あぁ、その通り」


 エドガーはティターニアを睨みつけ、月に向かって中指を立てた。


「お前らなんて糞食らえだ、若作りババア!」


「強情な人間め! 月の下に我らが糧となれ!」


 ティターニアが右手を挙げる。それは恐らく一斉攻撃の合図か何かだろう。エドガーはエリザベスを庇うように抱きしめた。せめて彼女だけは。


 怒り狂った妖精たちがあらゆる方向から襲い掛かる。皮膚を裂かれ、肉を断たれ、骨を砕かれるのはきっと痛いのだろう。銃で撃たれたことがあると言っていたお祖父さまのお話を思い出すまでもない。痛いに決まっている。


 けれど、所詮それは肉体の痛みだ。エリザベスを置いて逃げたら、自分は一生その何倍もの痛みに責め続けられるだろう。死ぬほどの苦痛を受けながら、死ぬことで楽になろうとは思えず、中途半端に生を謳歌しながら死ぬまでの長い時間を過ごすのだ。


「エリザベス――」


 だから、最後に彼女に伝えなければ。どうしても、どうしてもこれだけは。この一言だけは。


「――愛してるッ!」


 妖精たちの鋭い羽音が、すぐそこに迫って。



『これが妖精?』



 降ってきたのは、聞き慣れぬ言語と少女の声。いつまでたっても痛みはやって来なかった。

また明日~

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