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ペコとかまどのオカルトごはん!  作者: GOZOROPS
5皿目:デザート《妖精たちのティーパーティー》
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勇気の意味

熱い展開になってきました!

 エドガーとエリザベスは妖精たちの合唱に合わせて踊り始めた。耳に心地良い音楽がふたりのステップを一つにする。


 辺りに漂う花のように甘い香りがエドガーの鼻腔を刺激した。息を吸うといつになくいい気分になり、頭の中が空っぽになっていくような感じがする。


 それはアルコールを飲んだ時の酩酊感に似ていた。薄い靄が思考の上に被せられ、次第にすべてのしがらみがぼやけていくのである。


 不安、心配、嫉妬、後悔、そういった感情がなくなっていき、エリザベスに対する愛や、彼女から得られる快感だけで満たされていく。


 いつか一緒に踊った時、エドガーはエリザベスに何度も足を踏んづけられた。


 いつもはクラブで踊っているし、社交ダンスなんて柄じゃないとエリザベスは言ったけれど、その表情は見るからに落ち込んでいた。エドガーはそんな彼女に何も気の利いたことが言えなかった。


 それ以降、ふたりで社交ダンスはしていない。


 けれど今夜は、エリザベスのステップは完璧だ。足を踏むこともないし、身体がぶつかることもない。


「……練習してくれたのかい?」


 問いかけると、エリザベスの顔から笑顔の仮面が少しだけ剥がれたような気がした。それはほんのわずかな揺らぎで、エドガーでなければ分からない程度のものだった。しかし、エドガーにしてみればそれは大きなきっかけとなった。


 エリザベスへの愛と、甘い香りの快楽で満たされていたはずの思考に亀裂が入る。


 これは、何だ。


 妖精にさらわれた想い人を見つけたのに、エドガー自身も妖精に誑かされて踊っている。妖精たちの目的はふたりを妖精の楽園に導くこと。そしてそこには、永遠があるという。


 今の状況を言葉にしてみれば、違和感は確信に変わった。


 このままではまずい。どうにかして逃げ出さなければならない。ヘンリーお祖父さまがそうしたように、わき目もふらずに逃げ出すのだ。


 エドガーたちの身体は妖精の導きに従って勝手に動いており、石の扉へ一歩ずつ近づいていっている。早くしないと、取り返しがつかなくなる。


 エドガー一人なら、あるいは逃げ出せるかもしれない。意思の力を総動員して妖精の囁きから逃げ出すのだ。


 けれど、エリザベスはどうなる。彼女を置いて逃げ出してしまったら、今度こそエドガーは卑怯者になってしまう。この世界で一番価値のない男になってしまう。


 だから、逃げるならふたり一緒に逃げなければダメだ。


「さあ、こちらへ来て。門をくぐれば永遠の幸せがあなたたちを待っているわ」


 曲があと一巡もすれば門にまで至ってしまう。


 永遠の幸せ。それは一体どのようなものだろうか。尽きることのない清らかな水、食べ尽くせないほどの御馳走、消えることのない喜び、沈まない太陽、孤独ではない月、永遠に続くということは幸せなのだろうか。


 エドガーはデイジーの花冠を思い出す。


 ロンドンからエディンバラに逃げてきて、エリザベスと共に草原に寝転がった日。


 太陽の目の異名を持つデイジーが満開に咲いていた。そよ風に乗って花の香りが運ばれてきた。小鳥は歌い、木々は爽やかにざわめき、小川は穏やかに流れていた。


 白い雲がのんびりと西の方から流れてくる。お屋敷で作ったサンドウィッチをふたりで食べた。スクランブルエッグは陽光、トマトはエリザベスの唇と同じ色をしていた。


 エリザベスがシロツメクサで指輪を作ってエドガーの薬指にはめた。エドガーもお返しに、不格好な指輪を作った。


 それをエリザベスの薬指にはめようとして、小指にはめてしまった。そんな照れ隠しもエドガーらしいとエリザベスが笑った。


 その瞬間が永遠に続けばいいと、どれほど願っただろう。


「永遠……」


 あの時、エドガーは心のままにエリザベスと踊った。笑う彼女の手を取って、珍しく積極的に動いた。


 社交ダンスのステップではない、ただ笑い声に合わせてくるくると回るだけの戯れ。


 誰のものでもない物語をふたりで語り合ったあの瞬間。


 お互いがお互いの人生という物語の中で重要な登場人物になったと確信した日々。


「エリザ……」


 思い出せ。


 ギリシア神話の中で、エンデュミオンは幸福だったのか。セレーネは幸福だったのか。


 恋に落ちた二人。女神であるセレーネは年を取らず、人間であるエンデュミオンは老いていく。


 その違いに耐え切れなかったセレーネはゼウスに懇願した。ゼウスは女神の願いを聞き入れ、エンデュミオンに不老不死という名の永遠の眠りを与えた。それ以降、セレーネは毎晩、永遠の眠りについたエンデュミオンに寄り添っているのだという。


 永遠とは覚めない眠りのことであると、この神話は教えてくれる。それはこの世の生を謳歌できない停滞だ。なぜなら、まだ見ぬ未来の幸福にまで目を瞑ってしまうのだから。


 人生が始まってしまった以上、終わりは必ず訪れる。終わりがないものは始まりもしない。


 美しい花のことを考える。人が花の美しさを愛でるのは、咲く前の蕾を期待と共に見守り、咲いた後はいつか散ると知っているから。美しい瞬間が永遠に続くなら、その美しさは色あせる。花は散るからこそ美しい。


 過去があるから、未来があるから、かけがえのない今がある。


 幸福も、花と同じだ。


 幸福が永遠に続けばいいと思えるのは、その瞬間にしか感じられないと知っているから。いつか終わるからこそ、もっと幸福になろうと人は前を向いて生きるのだ。


 そう、それならば。


「永遠なんて……幻想だッ!」


 エドガーはそう叫んで立ち止まる。


 両足を思い切り踏ん張り、妖精の音楽を断ち切った。


 エドガーにつられてバランスを崩したエリザベスを傍らに抱き寄せる。彼女の腰に手を回し、妖精女王の魔法から愛する姫を庇う。


「違うわ!」


 ティターニアは小さな人間の予想外の行動に面食らい、反射的に叫んでしまった。その行動が、彼女から余裕や威厳といった目に見えないオーラを急速に奪う。


「いいや違わない。人は必ず死ぬ。だからこそ今を精一杯生きたいと思う。永遠を望むのは、今を生きられない臆病者だ!」


 終わりがあるからこそ、過ぎ行く一瞬を大切に思うことができるのだ。過去を慈しむことができるのだ。


 エドガーは全身に熱い想いがみなぎっていくのを感じた。記憶の中のヘンリーお祖父さまが、腕の中のエリザベスが、エドガーに勇気を与えてくれている。


「そんなことはない!」


「いいや、あるね。僕もエリザも年を取る。けれど英国人(ジョンブル)は老いさえも楽しむものさ。お祖父さまの顔を見れば分かることだ」


 人生の時間は有限だから、人間はその時々で一番の幸福を求めるのだろう。


 ヘンリーお祖父さまはいつだって幸せそうに生きていたじゃないか。もう戻れない昔を懐かしむことでさえ年寄りの特権だと笑い飛ばして楽しんだ。つらい過去を、なかったことにはしなかった。


「勇気の意味がボクにもようやく分かったよ」


 それは今現在をよりよい未来へと変えようとする意志。


 諦めず、あがき続ける闘志のことだ。


「とぉ、りゃぁあぁぁぁあぁ!」


 そして、エドガーはエリザベスを抱えて跳んだ。妖精の門を囲う、夜空を映した泉の中へと。

また来週~

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