エドガーとエリザベス
スコットランド貴族について
ある夜のこと、ヘンリーは青い光に導かれてお屋敷の裏から森へ向かった。いつもなら起きているはずの召使いたちも、その晩はぐっすり眠っていた。
ヘンリーは森の奥にある巨大な石の門へと辿り着き、青い光と存分に戯れた。ヘンリーは光の正体を妖精だと語っていたが、その詳細な姿についてはエドガーに何も教えてくれなかった。
妖精たちは次第にその数を増し、光の色は青だけではなくなった。エディンバラにいては知ることのない様々な色がヘンリーの周囲に浮かんでいた。
誰が奏でているとも分からない不思議な音楽に乗せられて、ヘンリーはスコットランド人らしい力強いダンスを披露した。
やがてヘンリーは石の門が光り輝いていることに気が付いた。
人の背の何倍もある大きな二つの石が並んで立っており、その上に屋根のように巨大な石が乗っている。石と地面に囲まれた四角い空間には透明な靄がかかり、向こう側の景色が揺らいでいた。
神秘的な光景だが、ヘンリーは得体の知れない恐怖を覚えた。妖精たちが引き止めるのを無視して、ヘンリーは一目散に屋敷へと逃げ帰った。
心地良かった音楽はいつしか攻撃的で激しいものに変わり、妖精たちは真っ赤に光ってヘンリーを威嚇した。
一度たりとも振り向かず屋敷に逃げ込んだヘンリーは、それ以来夜更かしを止めたのだという。
この話が真実なら、エリザベスは妖精に騙されているということになる。
エドガーは自身と同い年の許嫁の少女に思いを馳せる。
母親譲りのブロンドが美しいエリザベスは器量よしで頭もすこぶるいい。乗馬も器用にこなし、射的とバスケットボールが大の得意。
正直、誰が見てもエドガーにはもったいない娘だと口をそろえて言うだろう。何よりエドガー自身がそう思っていた。
「ボクは君に相応しくない」
エドガーは昼間にエリザベスと交わしたやり取りを思い出す。
「許嫁なんて君も迷惑だろう」
エドガーにそう言われた時のエリザベスの表情は、それまでに見たことがないくらい傷ついていた。
今にも決壊しそうなほど潤んだ瞳。彼女が本当にエドガーを愛しているのだと痛いくらいに伝わってきた。
「ボクのことなんて忘れろよ」
心にもない言葉が口をついた。エドガーにはその瞬間、自分が自分ではないように感じられた。
あまりの情けなさに、エドガーはエリザベスを置いて自室へと逃げ帰った。
ドアに鍵をかけると、エドガーはベッドに飛び込んで号泣した。好意を抱いているからこそ、劣等感からエリザベスを遠ざけてしまった。
自分の堪え性のない短気は父親譲りなのだろうとエドガーは考える。
スコットランド人の気質、すなわち酒飲みで、散歩が好きで、力強く、短気でありながら思慮深いといった特徴を、エドガーの父ジョン・バンシーは完璧に備えていた。
もちろん、そんな気質は幻想であり、ただのイメージにすぎない。
スコットランド人らしさというものは、エドガーの祖父ヘンリーが生まれるよりもはるか前にとっくになくなっており、残ったのはそういう「らしさ」に対する懐古だけである。それはスコットランドだけではなく、イングランドやウェールズにも蔓延している一種の病であった。
バンシー伯爵家は第二次世界大戦後、不動産業を手掛けることで相続税引き上げなどの危機を巧みに乗り越えた。その時の当主こそエドガーの祖父、戦争帰りのヘンリー・バンシー伯爵である。
彼は仕事に精を出したため、子をもうけたのは四十代も半ばになってからだった。それが現当主ジョン・バンシーであり、エドガーはジョンとその正妻・アンの間に生まれた長男である。
ジョンは優秀だが恋多き男であった。エドガーが生まれたのが比較的遅いのも、ジョンのそういった性格のせいである。したがって家の中ではエドガーが生まれる以前から常に夫婦喧嘩が絶えなかった。
伯爵家の後継ぎであるエドガーに対して、両親は厳しい教育を施した。優秀な子が家を継げばバンシー家はより一層発展する。
ジョンはこれで心置きなく愛人と関係が持てると喜び、アンはそんな夫に対するいら立ちをエドガーに向けた。
祖父・ヘンリーが孫のエドガーを溺愛したのはそういう事情からである。
また来週~




