新しい私
良い話だなぁ~
「ごちそうさま!」
最後の攻防は五分足らずで決着がついたわ。
すっかり毛根まで食べ尽くされた私の髪。何百年も太陽を知らなかった頭皮パーツが正午過ぎの陽射しに煌めくわ。
こんなんじゃお嫁さんにいけない。
私、もう日本人形でも何でもないわ。出荷前のマネキン以下じゃない!
呪いの力も底をついたわ。私の水晶玉は真っ新になっちゃった。透明すぎてそこにないって言われても頷けるくらい。
髪の毛と一緒に悲しみも、苦しみも、喜びも、私の中に植え付けられていたほとんどすべての感情がなくなってしまったわ。
残っているのは青藍様に対する僅かな執着くらい。それだけが、私をまだ私として人形の中に留まらせているの。
『……かまど』
私の髪をナイフ一本で調理した小娘に思念を送るわ。彼女たちがここを去ってしまう前に、どうしても聞いておきたいことがあるの。
「ん?」
かまどが顔を上げてこっちを見るわ。辺りでは坊主たちが寺内総出で私の髪をかき集めている。ペコもピョンピョン飛び回り、屋根や木の上の髪を回収しているわ。
『どうしてあなたは、ペコといるのよ? 脅されてるわけじゃないんでしょう』
異質な眼と卓越した料理のスキルを持っていても、かまどは所詮ただの人間。それがペコのような化け物と一緒にいるのはおかしなことよ。
かまどにとってペコは何なのか、私はそれが知りたいの。
普通の人間の心に、私やペコのような異形の者はどんな風に映るのかしら。
「どうして、って……そうだなぁ。ペコがあたしの料理を食べたがるから……かな」
かまどはさらっと答えるわ。
その答えはシンプルで、同じ質問に対するペコの答えとまったく同じ。はっきり言って、拍子抜けしちゃったわ。
『そんなんじゃあなたたち、いつか引き離されるわよ。ペコは化け物。人間のあなたとは違う。いつまでも一緒にはいられない』
ちょっと意地悪言っちゃった。かまどは顔をしかめるわ。不快というより、考えたこともなかったという感じ。
彼女は腕を組み、少し考えてからこう言ったの。
「先のことなんて分からないじゃん。今ペコがお腹を空かせていて、目の前に食べたいものがある。あたしはそれに応えて料理する。それで十分でしょ」
若い答え。でも、どこかで納得している私もいるわ。
『……そう。余計なお世話だったみたいね』
この子もまた、私と同じ。誰かに必要とされたがっていたのだわ。
私きっと、このふたりが羨ましかったのね。人間とか異形とか関係なく、互いを必要とする。
私もかつてはご主人様に必要とされていた。人間と人形の違いを越えて、愛を与えられていたの。
必要とし、必要とされること。今も昔も変わらない、それが私の唯一の願い。
『……完敗よ』
「それじゃあ髪、もらっていきますね」
ペコとかまどは髪の毛を回収し終えるとあっさり帰っていったわ。
しばらくサラダには困らないとか何とか話す声が聞こえる。恐ろしい。
世の中にはあんな女子高生もいるのね。私、人形でよかったわ。あんなのがいる教室を生き残れる気がしないもの。
数分後、ふたりを見送って戻ってきた青藍様は私を抱き上げて埃を払う。
「私はずっと、お前のことを惜しいと思ってきた。しかし私の手にかけるには、お前の髪は綺麗すぎたのだ。だが……」
これで私、捨てられるのね。髪も呪いもなくなった、古いだけの日本人形なんて邪魔なだけ。
でもいいの。散々迷惑をかけてきたんですもの。
それに、ペコに髪の毛を食べられて身体が軽くなったから。胸の内にわだかまっていた泥のようなものがぜんぶなくなったんだから。
もう私に未練はない。
そう思っていたのだけれど。
「これでお前も寺の娘になったな」
青藍様は見たこともないほど清らかな笑みを私に向けたの。
『青藍様ぁ!』
今までに抱いたことのない感情が私の水晶に溢れたわ。それは春の桜みたいな色をしていて、私をもっと輝かせるって分かったの。
私は青藍様に必要とされている。
心臓なんて持っていないのに、胸がキュンキュンしてどうしようもなかったわ。
私、捨てられるんじゃない。
私、疎まれ続けるのでもない。
私、出家するんだなって分かったの。
今までずっと過去のしがらみにとらわれてきたけれど、これで身も心も清らかに仏様のもとへ行ける。
青藍様と同じ志を抱くことができるのだわ。
毎朝一緒にお経を読んで、熱い炎で芯まで焼かれ、同じお墓に入るのよ。
『どこまでも……六道の果てまでお供します』
これからも青藍様と一緒にいられる。
最後の最後のその先までも。
涅槃の境地で一つになれる。
我ながら情緒不安定だけれど、女の子だから許してね。
ありがとう、ペコ、かまど。
あなたたちのお蔭で、新しい私になれそうよ。
来週から新しいパートが始まります。よろしゅう~




