人形の昔話
必要とされたい
記憶が次々よみがえってくる。
もしかしてこれ、走馬灯ってやつなのかしら。
もう百年以上も昔のこと。
私は人形として完成した瞬間から私だった。
気が付いたら、意識とか自我とかいうようなものが私の中にあったのよ。
それは透明な水晶に似ていたわ。誰の目にも見えないけれど、しっかりと世界を私の中に映していたの。
はじめ、私はどうしてこんな風に生まれたんだろうって考えた。
私の頭髪に使われたのが本物の人毛だったからかしら、それとも誰かが私に特殊な術を使ったのかも。あるいは私の素体が人骨から削り出された結果かもしれない。
いくら考えても理由は分からなかったわ。
とにかく、私は意識ある人形として生まれたってことだけが確かだった。
ただ、意識があるだけで誰かにそれを伝える術を持っていなかったわ。
だから私以外にとって私は、結局ただの女の子の人形だったのよ。
最初のご主人様は私のことを心から大切にしてくれた。
夜になって、彼女は私にだけ酒癖の悪い夫への悩みを打ち明けてくれたわ。そして私を胸に抱いて眠ったの。
声を押し殺さなければ夫に見つかってしまうから、彼女はいつも涙を流すだけ。
彼女の代わりに叫んであげたいって何度思ったことかしら。
あぁ、私に声帯があったのなら。
彼女の中の濁った感情は涙に融けて、私はそれを水晶に集めたわ。澄んだ水に垂れた一滴の墨。
それはゆっくりと私の深い所に沈殿していった。
やがて彼女には娘が生まれて、私はその娘に受け継がれたの。
私は彼女の母親がそうしたように新しいご主人様にも大切にされたけれど、彼女は父親に大切にされなかった。
私の眼前で乱暴される女の子。
目を瞑りたくても人形は瞼を持っていないのよ。
酒臭い父親に殴られて、上に乗られて、首を絞められながら犯されるご主人様。
いつのまにか、私は彼女に感情移入していたわ。
可哀想なご主人様、可哀想な女の子、可哀想な私。
おかしいわよね、普通は人間が人形に感情を肩代わりしてもらうはずなのに。
彼女は父親が家を出るといつも私をきつく抱いたわ。
私も彼女を抱きしめてやりたかった。けれど動けない私には無理だから、せめて彼女に寄り添ってやろうと思ったの。
彼女の小さな身体が愛しかった。私の水晶でいいなら、いくらでもあなたの毒を吐き出してって思っていたの。
やがて彼女は父親に抵抗するのを諦めた。
泣くことも、叫ぶことも、暴れることもなくなった。そして父親が事を終えて出ていくと、私を棚から出してきて何度も何度も殴ったわ。
彼女は私の木の肌に爪を立て、私の髪を一本ずつ抜いていったの。
私はそれでも彼女が楽になるならと我慢していた。
だって私はただの人形なのよ。人間のことなんてどうしようもないもの。それに、きっとこんなことは長く続くはずがないって分かっていたわ。
透明だった私の水晶が木炭くらいに黒くなった頃、耐え切れなくなった彼女の母親がとうとう駆け込み寺へ逃げ込んで、乱暴な夫と縁を切ったわ。
私のご主人様は救われた。私の髪も、まだ半分以上残っていたわ。
ご主人様は母親に手を引かれ、もう片方の手に私を抱えて帰ったわ。
新しいお家は前より幾分狭かったけれど、何倍も温かかったわ。
ご主人様は毎日私の髪を手入れしてくれたの。
そして自分の髪をたまに抜いては、私にそれをくれたのよ。
幸福だったわ。ええ、私は幸福だった。
外界に一切働きかけることのできない人形の分際で自我を持った私だったけれど、この時ばかりはそのことに感謝したわ。だって幸福を感じられたのですもの。
ただの人形だったなら、幸福という概念自体を知らなかったはず。
そこで終わればよかったのね。
人間には寿命があって、人形のそれよりもずっと短いの。
代わりに人間は子孫を残すわ。愛する人、あるいはそうじゃない場合もあるけれど、自分が生きた証を遺せるの。
それってきっと素敵なことよね。
『ペコォ! あんたはなんでかまどと一緒にいるのよ?』
髪を齧られながら、私はペコに思念を送るわ。
「かまどは料理してくれるから!」
ペコは迷いなく答えるの。純粋な目。細かいことは考えていない、否、考えられないのかもしれないわ。
ペコはきっと食欲の具現化みたいな存在。だからこそ、「食べる」という目的を満たしてくれるかまどを求める。
でもね。
私の間に立ちはだかるこのふたりにも、やがて別れる時が来るはずよ。
だってかまどは普通の人間で、ペコは正真正銘の化け物なんですもの。
同じ人間同士でさえ、愛し合っていても、いつかすれ違って別れるわ。私はそれを見てきたの。
ペコ、かまど。ふたりの間にあるどうしようもない溝に直面して、それでもあなたたちはあなたたちのままでいられるのかしら。
「次のドレッシングだよ!」
次にかまどの鞄から登場したのはフレンチドレッシング。酢とサラダ油を三対一で混ぜて塩胡椒で味付けした、フランス料理の基本中の基本ね。
私の開明なご主人様がフランス料理に夢中になっていた時期があったわ。フレンチドレッシングの欠点は時間経過で分離しやすいことだって言っていた。
そうよ、時間はあらゆるものに変化をもたらすの。時間の前に変わらないものなんて存在しないと言っていい。
私も長く私としてやってきたけれど、やっぱりゆっくりとは変化してきたもの。そして、私の周囲の短命な人間たちは私以上に変化が激しかったの。
私は彼ら彼女らの人生の変化をジッと眺め続けてきたわ。
ご主人様が大きくなって、そのまた娘に私が託され、最初のご主人様が幸せそうな顔で息を引き取って、前のご主人様の顔も皺で覆われて。
私はその間は、ほとんど変化を知らずに暮らすことができた。経年劣化はあるけれど、ご主人様たちは私を大切にしてくれたから、私はいつでも嫁入り前のように綺麗だったの。
けれど時間が経つにつれ、私へのご主人様たちの献身はそれまでのものと変わり始めた。
徳川の時代が終わって日本の国が大きく変わる頃、私の世話をすることは愛情ではなく義務となっていたのよ。
ご主人様の家系の女たちは私を畏れ、私を敬い、私をまるで神仏の像のように扱った。
私はそれを受け入れるしかなかったわ。
激動の時代、ご主人様の家は戦争を潜り抜け、確かな地位を築いていった。
私は常にその家の人々を見守った。私にできることはそれだけだもの。
母から子へと受け継がれていく愛情、それは子を守る親の本能で、その具現化が私。いつしかそう考えるようになっていた。
明治になって知ったのだけれど、海の向こうでも同じように代々受け継がれるクマの人形があるらしいの。いつかお会いできたなら、互いの人生、人形の生について語り合ってみたい。きっと楽しいのでしょうね。
大正の時代になってすぐ、ご主人様たちはお引越しをしたわ。これまで住んでいた東京から、鎌倉へと移ったの。
新しい邸宅は切り通しの先にある、落ち着いた雰囲気の立派な木造家屋だったわ。山の緑に囲まれたお庭には綺麗な鯉が泳いでいて、二階の縁側から身を乗り出したご主人様が餌を元気に撒いていた。
仏壇と私の為だけの和室が、この家の一階にあったわ。薄暗くて陰険な場所だったけれど、家族の声は聞こえたし、昼間は開け放たれた襖の先に庭を見ることもできたのよ。
何も知らない幼い娘、私の何人目かのご主人様が好奇心でいっぱいのお目目を大きく開いて私を抱いた。
もうずいぶん長いこと、人間に抱かれることがなくなっていたと気付いたわ。
すぐにお手伝いさんの老婆がやってきて、私を取り上げて棚の上に安置した。小さなご主人様はきつく叱られ、それでも未練がましく私を見つめた。
子どもって純粋なのよ。
私が私になったばかりの頃の、あの透明な水晶を、彼女たちも瞳の奥に持っている。だから私は老婆を見るたび、その皺の数よりも何倍も長く存在してきたことが嫌になったりもしたわ。
とっくに汚れてしまった私の水晶。けれどまだこの時は、どんな形であっても私はご主人様に必要とされていたの。
また来週~




