散髪開始!
美容室のあのバサッて被るやつ、名前なに?
私の髪を切る。
それはつまり、青藍様が毎朝私の髪を梳かしてくれなくなるということよ。
「普通に切ればいいんですよね。なら簡単かな。ペコ!」
「了解なのだ!」
ペコが私に狙いを定めて近づいてくるわ。猛禽類のような鋭い目つき。わきわきと動く指は私の髪を引き抜く準備体操をしているみたい。
私、髪がなくなったらどうなるの。
また暗闇に閉じ込められるのかしら。それとも捨てられたり、燃やされてしまったりするのかしら。
私にはもう行く場所なんてない。
これまで散々大変な目に遭ってきたのよ。お寺にも捨てられてしまったら、地獄にだっていけないで、野山で朽ち果ててしまうのでしょう。
青藍様は私のこと、もう飽きてしまったの?
なんで私、散髪なんてされなきゃいけないのよ。
そうよ、おかしいわ!
誰も迷惑なんてかけていないもの。青藍様は好意で髪を梳かしてくれているのよ。
檀家の前でも、他の僧侶の前でも、私はみだりに髪なんて伸ばしていない。私には青藍様だけが救いなの。
それとも、私が美しすぎるからいけないの。
青藍様は私に煩悩を刺激されてしまったのかしら。日本人形は仏道修行の妨げになる。そんな話がある?
私はただの人形よ。私はただの女の子。青藍様だって知っているはずよ。
私はただ青藍様のおそばにいたいだけ。そばにいることの何がいけないっていうのよ。
そう、これは陰謀だわ。青藍様は騙されているのよ。
畜生、よけいなことをした奴らめ!
私が青藍様をお救いするわ!
私はずっとここにいるのよ!
青藍様と一緒にね!
そうして、私は髪に妖気を込めたわ。
ガラスケースが砕け散り、私の艶髪が堂内に溢れ出す。
意思を持った私の髪は一直線にペコを飲み込み、大蛇のごとくその身体に巻きついたの。
『キューティクルの中で息絶えなさい!』
「喋れたのか!」
いつも冷静沈着な青藍様も私の力に驚いているわ。
あぁ、取り乱したお顔も素敵!
どう、青藍さま! 数百年熟成された私の呪いは、思念を相手の脳内へと直接送ることができるまでになっていたの。すごいでしょ!
私の髪はペコの自由を完全に奪ったわ。黒い塊の中からペコの頭だけが可愛らしく飛び出ているの。
青藍様の前で人を殺すつもりはさすがにない。けれど気を失うくらいには強く締め付ける。骨の一本や二本は折れてしまうでしょうね。
『観念しなさ――なんですってぇ!』
髪に力を込めた瞬間、ペコは私の拘束をいとも簡単に解いたの。ペコが無造作に両手足を広げただけで数万本の私の毛がブチブチと音を立てて千切れたわ。
「頭の中で声がするよ! 面白い!」
ペコはぜんぜん平気な様子で自分のこめかみをグリグリしているわ。
私の髪に痛覚はないけれど、触感は存在する。だからこそ分かるのよ。
ペコは本当にただ身体を動かしただけ。それだけで鉄をも曲げる私の万力髪を打ち破った。
それはもはや力持ちとかそういう次元じゃないわ。ペコは私が全力を出しても勝てるかどうか分からない、正真正銘のモンスターよ。
「どうすれば美味しいと思う?」
ペコは散乱した私の髪の束を掴むと、かまどに向かって放り投げたわ。美味しいって何がよ。ペコの言っている意味が分からない。
それにかまどもかまどでどうかしているわ。
突然伸びて襲ってきた私の髪を前にして、まったく動揺の色を見せないんだもの。おかしいわ。かまど、あなた普通の人間じゃないの。
「うぅん、ただの毛髪だったら困るけど……」
かまどはペコから届いた私の髪を何本か抓む。そして次の瞬間、かまどの瞳が怪しく光を放ったわ。
ほんの僅かな時間だったけれど、私は見逃さなかったの。
それは呪いにも似た異質な輝き。
私には理解できないけれど、何かしら超越的な法則がそこには働いている。皮膚はないけど鳥肌が立ちそう。
もしかすると、本当にヤバい化け物はペコじゃないのかもしれないとまで思ったわ。それほど、かまどの瞳は異様だったの。
『ちょ、ちょっとあんた、何するのよ? それ、刃物よね……えっ、えっ……』
かまどはスクールバッグからナイフを取り出すわ。ごく普通のサバイバルナイフよ。
でもバッグにナイフを入れている女子高生、普通じゃないわ!
「何って、ただの下ごしらえだけど。ちょちょいっと……それっぽくはなったかな?」
ナイフを持ったかまどの手が目にも止まらぬ速さで動き、私の髪の毛が寸断されたわ。
呪いをこめた髪は通常の毛髪より何倍も堅いはずなのよ。それは時には日本刀の一撃でさえ受け止めるのに、あんな細腕でどうやって。
「どれどれー」
ペコは一足跳びでかまどの元へ戻ったわ。
かまどはバッグから取り出したお皿に私の髪の毛を盛り付ける。私の髪はキャベツの千切りみたいな惨めな姿になっちゃった。
「はいこれ。きのこ餡かけドレッシング」
「やったー!」
『おいおいおい!』
かまどはバッグからきのこ餡かけドレッシングを取り出してペコに渡した。
「いただきます!」
お皿ごと飲み込むほどの勢いで、ペコは私の髪の毛をかっ食らった。
みるみるうちに成人女性一人分くらいの毛髪が消えてしまう。まるで何でも吸い込むピンク色の掃除機。
「すっごい美味しい! この髪の毛すごいよ! ちゃんと育てられてる感じがする!」
ペコは満面の笑みでピョンピョン跳ねる。
人の髪の毛を美味しいだなんておかしいでしょう!
「拙僧が手入れしておりました」
青藍様がちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「人毛農家みたいですね~」
和気あいあいとしたやりとり。私のことなんてこれっぽっちも恐れていない。
『人の毛食べてんじゃないわよ!』
私は髪を一気に伸ばす。呪いの人形のはしくれとして、舐められた、いや、食べられたままではいられない!
数万の髪がペコに襲い掛かっていき――
「わぁい! 食べ放題だぁ!」
――その口の中へと吸い込まれた。
また来週~




