女の子は誰でも
可愛くなりたい
待ち合わせまではあと五分。
女の子だもの、身だしなみチェック。着物と帯、大丈夫。肌のつや、大丈夫。髪形髪質、大丈夫。今日も私はきっと可愛い。
ごーんとお寺の鐘が鳴る。雀が庭で鳴いているわ。落ち葉を掃くのは修行僧。廊下を拭くのも修行僧。埃を払って、ご飯を作って、何をするのも修行僧。
そう、ここは女人禁制の厳格なお寺。私が生まれるずっと前、鎌倉時代からの歴史を刻むの。
「ナムゥ~アミィ~ダブゥ~ツゥ~……」
今日も美しい低音が本堂に木霊する。皺ひとつない袈裟、整えられた眉、切れ長の鋭い目、すらりとした長身と落ち着いた物腰。
まさに私の理想とする殿方がそこにいたわ。
朝の読経を聞いたなら、凪いだ日の海みたいに落ち着くことができるはずなのに、私の胸は早鐘を打つの。大好きすぎて張り裂けそう。今すぐその袈裟に飛び込みたい!
「お前も朝だぞ」
愛しの住職・青藍様が、私を抱いて朝日に顔を向けてくださるの。
晴れている日はいつもそう。毎日晴れてくれたらいいのにって思うわ。
特に梅雨の時期なんて、何日も雨が続くからストレスが酷いのよ。虫もたくさん湧くし、良いことなんて何もないわよ。
「お前の器量はお寺には相応しくないな」
青藍様は私の髪の毛を毎朝梳いてくださるの。一本一本丁寧に柘植の櫛を使ってね。
もちろんこのお寺で櫛を使うのは私だけ。私のためだけに、青藍様は櫛を買ったのよ。
今日は気分がいいからいつもより髪も長くなっている気がするわ。ここ数日は陰鬱な天気のせいで太陽を拝めなかったから、私の髪もキューティクルが落ち込んでいたの。
私の手入れが終わると青藍様は本堂に隣接した応接室に入って行ったわ。壁の電話を耳に充てて誰かに電話をかける姿も素敵。
「……を依頼したいのですが……ええ……はい……仰る通りです」
決まりきった挨拶をしてから、青藍様はそんなことを言って私にちらりと目をやった。
一瞬だけれど、私は青藍様の美しい瞳の奥に戸惑いの色を見つけたわ。これまで青藍様からそんな目を向けられたことはなかったの。
「檀家の方々も是非と……はい……そうです……根こそぎ……はい、拙僧もそう考えております」
話の内容は完全には分からない。けれど、あまりいい話でなさそうなのは伝わってくるの。なるべく私に聞こえないように話しているのだけれど、私、そういう雰囲気には敏感なのよ。
「はい……ではよろしくお願いいたします」
電話を切った青藍様は私を見ようとはしなかった。渡り廊下へと足早に去っていくその横顔は凛々しくて、普段の優しい目つきではなくて獅子のように鋭い目つきをしていたわ。
私、一体どうなるのかしら。
お昼を過ぎた頃、やって来たのはふたりの小娘だったわ。
彼女たちは本堂の正面で青藍様と合流して、仏像には見向きもしないで私の所にやって来たの。
やる気のなさそうな顔をしている黒髪と、爛々と目を輝かせるピンク髪。
黒髪の方はどこかの高校の制服に身を包み、スクールバッグを提げている。
私も高校というものに通ってみたかった。私の時代には寺子屋しかなかったもの。
共学高校に入学して、始業式でお経を読む青藍様に出会ってキュンキュンな青春を送るのよ。
ピンク髪の方は明らかにヤバい感じがするわ。
ヤバいって便利な言葉よね、今風の言葉で一番好き。ヤバい、を並び替えると刃になるというのも、常軌を逸したすごさのことを的確に表現していると思うわ。
話がそれちゃった。
ピンク髪、会話を聞いているとペコというらしいわ。
彼女、ここに入って来てから一度も瞬きをしていないし、瞳孔は空きっぱなし、長い手足をぶらぶら揺らしながらしきりにこっちを見つめてくるの。
ニヤニヤ気持ち悪いその笑みは、明らかに捕食者のものよ。獲物を見つけた野獣。
青藍様に襲われるなら大歓迎だけど、あいにくピンク髪は好みじゃないのよ、私。
髪は災いの元。奴らにとっても、もしかしたら私にとっても。
「……改めまして、髪が伸びる人形があるのです」
青藍様の話を聞く黒髪の方、こっちはかまどっていうのね。
こいつはふむふむって感じで話を聞いているだけ。何の変哲もない人間にしか見えないわ。どうしてこんな奴がペコみたいな化け物を連れているのかしら。
ペコは堂内をキョロキョロ見渡したり、私を見て満面の笑みを浮かべたりと忙しいのに、かまどはそういうのには興味なしって感じ。影の薄い女ね。
「昔から私どもで管理している日本人形なのですが、日ごとに髪が伸びまして。手入れしていれば害はないのですが、檀家や若い僧侶が怖がってしまい……」
青藍様は慎重に言葉を選んでいるわ。
「檀家様からも苦情が増えておりまして。拙僧としましてはなるべく人形に傷をつけたくないので、髪だけを切っていただきたいのです」
「散髪ってことですか?」
「散髪と言えばそうなのですが……」
青藍様が腕を組む。
「散髪ってなに?」
話の途中に割って入るペコ。
「髪を切ることだよ」
ペコは散髪を知らないらしいわ。確かに伸び放題の髪は一度もハサミを入れたことがなさそうだものね。
「面白そう! 今度やって!」
「……気が向いたらね」
なんだそりゃ。
ペコは嬉しそうに跳ね回り、かまどの方もまんざらでもない顔をしているわ。
一体全体この二人がどういう関係性なのかさっぱり分からない。ペットと飼い主にも見えるけど、もっと親密な気配もするの。
相棒、というのが近いのかしら。
私、出自のこともあって人間関係には敏感なの。
化け物と普通の人間が、どうしたら相棒関係になれるのかしら。ちょっと興味が湧いてきたわ。
「まあ、やってみましょ。それで、人形というのはやっぱり」
はしゃぐペコのことは放置して、かまどが本堂の隅にいる私に視線を送る。
「はい。彼女です」
「――あれだね!」
ペコのぞっとする視線。
「彼女の髪を切ってください。一本も残さずに」
六つの瞳が私を見つめる。
日本人形であるこの私を。
また明日~




