ペコとかまど
名づけ
《part 10》
「名前といえば、あんた、名前は? 何ていうの?」
そう。なんだか変な経緯で食卓を囲っているけれど、あたしたちはまだお互いの呼び名すら知らない間柄なのだった。
いや別に名前を知ったからどうということもないけども……名前も知らないのはそれはそれで不便だし……。
「名前? あたしの?」
誰にともなく言い訳するあたしの気も知らず、彼女はまたきょとんとしながら首を傾げ、
「知らない。あたし、名前とか呼ばれたことないもん」
と、そんなことを言い放ったのだった。
思いもよらない大暴投にあたしの言語野もフリーズ状態。
「え? 無いの? 名前」
「分かんない。あたしは知らない」
知らないって、あんた自分の名前でしょうに……思わず額を押さえるあたし。
しかし彼女は机にバンッ! と手をついて笑顔で身を乗り出してくる。
「ねぇ! あたしの名前つけてよ!」
「え?! つけるって、あたしが?」
「そう! いいでしょ? りょうりの名前とかいっぱい知ってるんだし!」
何だそりゃ。藪から現れた蛇はあたしにも捌ききれず、さりとてこんな瞳を向けられてしまっては無下にも断れない。
あたしは引きつった表情を貼り付けて、しばらく笑顔の圧力に対峙していた。
……のだが、根比べではまるで勝ち目がないと察して溜息の白旗を掲げた。
「……それじゃ、ペコで」
「ペコ?」
「そう。あんた腹ペコみたいだし」
投げやりのお手本みたいな命名だけど、彼女自身はどうやらそれでいいらしい。「ペコ、ペコ……」と確かめるように呟いて、輝度三百パーセントの笑顔で飛び跳ねた。
「うん! ペコ、いいね! あたし、ペコ!」
「こら、食事中に暴れない」
「あたしはペコで、あなたは? あなたは何て名前?」
適当に付けた名前を誇らしげに名乗られるのは、罪悪感というか、こそばゆい感じが拭えない。
彼女――ペコの笑顔を直視できなくて、あたしは机の皿に視線を落としながら答えた。
「……御厨かまど。かまどでいいよ」
「かまど! そっか、あなた、かまどって言うんだね」
「意味なく呼ばないでよ。ハズい」
あたしの抗議も虚しく、ペコはウシガエルの唐揚げをかじりつつ「かっまどっのりょっおりっはおっいしっいなー」なんて変な歌を披露している。やめろ。マジでやめろ。
「かまど、これからもよろしくね」
突然ペコがそんなことを言った。
意味を問いただすより先に、彼女の意識はウシガエルとワカメの酢の物へと移っている。
あれだけ大量に並べられていた肉料理は、今やすっかり平らげられてしまっていた。
……こりゃ聞いても無駄か。
あたしは何度めかの溜息をつきながら、これから有り物で作れそうな料理の段取りを考え始めたのだった。
20時にもう1話投稿します~




