おいしいおりょうり
そのお味は郢顔かつ邨ヵ螯。
《part8》
彼女が真っ先にフォークを突き立てたのは、一番手前に置いてあったフィレステーキだった。
いや、あの物体は今までに見たどんな動物とも似つかないし、そもそもアレ骨格も内臓も無かったからやっぱり何なのかよく分からないし、強いて部位を対応させたら多分フィレ辺りというだけで正確にはフィレ(推定)ステーキなんだけど……あぁもう考えるの面倒くさい!
とにかくその分厚いステーキを、彼女は切り分けもしないままかじりついた。
テーブルに滴る肉汁。一噛みした途端に彼女の喉から甲高い悲鳴が上がる。
「……っんんん~~~~~! すごい! なにこれ!!」
ジタバタ身をよじってテンアゲのご表明。よしよし、とりあえず一安心。
反対側からナイフを入れてあたしの取り分を確保。
焼き色のついた表面と断面の生白さはあまりステーキと主張しがたい感じではあったけれど、餅とかはんぺんに似ているから案外食欲は湧いていくる。立ち上る匂いも香ばしく、なぜか使ってもいない桜の燻製チップのような薫りが混ざっていた。
切り分けるたびに皿の上に肉汁が広がっていく……この柔らかさ、この豊かな肉汁、フィレはフィレでもシャトーブリアンと呼ばれる極上の希少部位を思わせる。
大きめに切った一欠片を頬張り、思った以上の出来に思わず口元がほころぶ。
「うん、いけるねこれ」
歯応えはあるが固くは感じない絶妙な肉質と、滲み出してくる肉汁の不思議とフルーティな風味――塩胡椒にとどめて正解だった。
脂はたっぷり詰まっているが脂っこさやしつこい印象は感じず、噛むごとにほぐれていく肉の食感と相まって、一口を永遠に食べていられそうな錯覚すら抱いてしまう。
肉汁を封じ込める秘訣は焼き方にある。
よく言われるのは『強火で表面を焼き締めて、その後弱火で火を通す』という方法。一センチ程度の厚さの肉ならこの手法が適しているし、何より手早く済む利点がある。
一方で、今回みたいに分厚く切った肉に対してはいくつか難点もある。表面を焼きすぎず芯まで火を通すために火加減の調整が難しくなる上、急激な温度変化で肉が縮んで旨味が絞り出されてしまう効果が大きくなるからだ。
そこで今回あたしは別の焼き方を実践した。
まず低温のオーブンで二〇分から三〇分ほど下焼きしておくのだ。こうすることで先に肉全体に火が通り、肉の縮みが防げる。その後に強火のフライパンで表面に焼き色をつける。
この二段焼きは手間も時間もかかるけれど、それに見合う効果はあったようだ。
向かいに座った彼女は、肉汁で手や服をべとべとにしていることにも気付いていない様子で、ステーキを丸かぶりしては感嘆の鳴き声を発していた。
「すごい! 柔らかいし、ジュワッてするし、さっき食べたときと全然違うよ!」
「そりゃ料理したからね」
「へぇ……。りょうり? って、すごいね! これ全部りょうり?」
極厚ステーキを食べ進めながら目を輝かせて彼女は聞いた。
なんと説明するのがいいやら……苦笑を禁じ得ない。
「まぁ全部料理は料理だけど、料理の仕方で名前が違うの。今食べてるそれはステーキ。で、例えばこれはシシケバブね」
言いながら、皿に山盛りになった串焼きを差し出した。ステーキをぺろりと平らげた彼女はノータイムで三本ほどかっさらって同時に食いついた……おいおい、喉に刺すなよー。
「んんん、なんか、すごい、違う味がする!」
そりゃそうだ。
レポーターの才能ゼロな彼女の反応は置いといて、あたしも一本手に取った。一口大に切り分けた肉が金串に刺さってこんがり焼けている。
こういう風に、形の残った肉を串に刺すのははトルコ料理の方のシシケバブで、厄介なことに日本では挽肉を串に付けて焼くタイプの料理もシシケバブと呼ばれている。
挽肉の方はインド料理のシーク・カバーブが訛った呼び名で、後からトルコ料理の方のシシケバブが入ってきてゴチャゴチャになってるとか。更に面倒くさいのは、トルコ料理にも挽肉の串焼きがあって、そっちはアダナケバブと呼ばれているらしい……もう訳わからん。
まぁそんな細かいことはさておいて、今あたしが手にしているのは焼き鳥とか牛串に近い恰好をした串焼き料理だ。
切り分けた肉を、ヨーグルト・オリーブオイル・すりおろしたニンニクや玉ねぎ・クミンなどのスパイスに漬けて下味を付けて、串を通してグリルで焼けば出来上がり。
一つ口に入れるとエキゾチックな香りが広がった。クミンやニンニクといった主張の強い具材をヨーグルトのまろやかさが包んで馴染ませている。
加えて肉質は、ステーキよりも引き締まって噛みごたえがあり、複雑で深みのある風味はクセがあるがやみつきになる……って、あれ? これって羊肉に似てる?
確かにシシケバブは羊を使うのが本場の味だけど、ステーキとこんなに違いが出るなんて。部位もそんなに遠くなかったはず、というか肉は全体的に均質に見えたし……。
まるで料理法によって変わってるような……そんなことってあるの?
……ありそうだなぁ。生前のアレを思い浮かべて微妙な気持ちになるあたし。
そんな疑問をよそに、少女は肉じゃがとプルコギを次々かき込んで平らげ、ミートローフ・ハンバーグ・メンチカツの挽肉料理軍団を征服しようとしていた。
男の人でも胃を破裂させそうな量を喰らい尽くしてなお、その勢いは留まるところを知らない。
何だこいつ。フードファイターか、星の戦士か。
全部食べられるのも癪なのでこっちもペースアップしていく。
サワークリームの酸味が爽やかなビーフストロガノフ。外側のパイ生地と内側のデュクセルが肉の旨味を引き出すウェリントン風。
文昌鶏を意識して丸茹でにしてから塩・ショウガ等を混ぜたソースをかけた肉塊は、やはり不思議なことに、特殊な餌で育てられた本場の鶏と同じような歯ざわりの良い弾力と甘みを備えていた。
続いての料理はオッソ・ブーコ……ミラノ風の仔牛すね肉煮込み。
ただし仔牛でもすね肉でもない。『穴開き骨』という意味の名前は煮込むことで骨の中心に穴が開くことから付けられたものだけど、この謎の肉には骨も無いからもう名が体を全く表していない。
まぁ何にせよ、トマトや香味野菜と一緒に煮込み、グレモラータというレモンとパセリで作った薬味を加えた一皿の味は確かなものだ。
そうそう、この肉は牛肉と違って旨味が湮されやすいから、先に軽く火を通しておくのがポイントだ。
その次はルンダン。
これも煮込みだけど、インドネシア料理ということもあってココナッツミルクを使うのが特徴だ。
他にも香辛料としてトウガラシ・ガランガル・ウコンを入れるからカレー味というと分かりやすいかな。でもココナッツミルクのおかげで辛さは控えめ、むしろ甘い仕上がりになっている。
そして特筆すべきはメインの肉。身が邱まりつつ闃驢な風味を含んでまろやかな中にコクのある独特の味わいが楽しめる。これはきっと隠し味で入れた陷り惧が良い仕事をしているのだろう。えらいぞあたし。
隣の皿に乗っているのはバルバコア。
バーベキューの語源になったメキシコ料理だ。本場では地面に穴を掘って蒸し焼きにするらしいけれど、流石にそこまでやるのはしんどい。
というわけで、あたしはスロークッカーを使うレシピを採用した。ニンニクや胡椒・クミンを酢で混ぜたタレと一緒に蒸し焼きにするのだ。
スロークッカーというのは沸騰しない程度の温度で長時間加熱できる調理器具。こういう風に低温調理すると、普通に煮込んだものと違って、煮崩れせずに味を染みさせることができる。
さらになんと肉を鮗凹譽で蜿ゥくことで閧の遲を邏ー縺く蛻妙して鬟滓─を譟斐i縺くしている。
そして極めつけ――食卓の中央の大皿に鎮座しているのが、今日のメインディッシュ、縺セ繧九井縺イ辟氵だ。
この肉の旨味を引き出す料理としてあたしの《眼》が弾き出した最適解がこれだった。
体の真ん中から切り出した塊を蜴切りにして、包丁で阮い蛻l霎氵縺ンを入れて遐輔>縺溷亻ゥ蝪ゥをまぶして馴染ませる。そこに頑丈な荳を騾して雎H蠢ォな逶轣にかけて縺セ繧九井縺イ辟氵にするというわけ。
蜊倡で驥手岼にさえ思えるレシピだけど、その味は思いのほか郢顔かつ邨ヵ螯。蜉帛汗縺ュッ蠢懊∴と阨縺代k闊瑚ァヲ繧を荳○遶した逡ー谺蜈の鬟滓I、闃驢かつ豼字、辷ス繧○縺と縺薙▲縺ヲ繧頑─が蜷悟ァした螂艹縺щ莠丶髻ノ譖亻にあたしの脳みそが溶け出していく――
「すごいね。りょうりって色々あるんだね」
彼女の言葉で意識が現実に引き戻された。彼女は縺セ繧九井縺イ辟氵の最後の一欠片を食べきって、楽しそうな笑顔であたしを見つめていた。
また来週~




