たったひとりの料理人
不吉な話
《part 4》
……まぁとにかく、というわけで。あたしは今日も一人で通学路を歩いている。今までずっと同じだったし、これからも、きっとそう。
薄暗い視界の端、脚が何本か見えた。学校指定のローファーと白ソックス、短く折り込んだスカート……あたしと同じ学校。
――トマトシチュー、和風煮込み、赤ワインで洋風煮込み。
あたしの姿を見つけたらしく、彼女たちは露骨に道端へ避けていく。
ずっと続いてきたあたしの日常の一部。
――腹肉は硬そうだし挽肉にしてハンバーグだな。胸肉は脂肪が多いから直火で焼いて脂を落とす。腕は圧力鍋で煮込んでカレーに入れる。
そしてうっかり彼女らの顔が視界に入り、それと同時に極めつけのメインディッシュが思い浮かぶ。
首から上をせいろで蒸して、丸く切り取った頭蓋骨からそのまま頂く脳みその姿蒸し。
あたしの頭の中には、彼女たち――五つの巨大な肉塊の【調理法】が所狭しと並べられていた。…………グロテスクな想像の連続にめまいと頭痛がしてくる。
――あたしに友達はできない。
その確信を得たのはウサギ調理事件の後のことだった。
どうしても料理がしたかったと説明したあたしに、担任の先生は困った顔をして『飼ってるウサギは料理しちゃだめだぞ』と答えた。
『なんで? ウサギは食べられるのになんで料理しちゃいけないの?』
なおも問うあたしを、母さんが難しい顔で見下ろす。
『学校のウサギは友達よ。友達は料理しないものなの』
その言葉は不思議と腑に落ちて、あたしはこくんと頷きながら、母さんのしゃぶしゃぶと先生のビビンバについて考えていた。
この頃のあたしはもう既に、毒のない動物はみんな【食材】にしか見えなくて、それは人間だろうと例外ではなかった。
人混みが嫌いなのも、学校が苦手なのも、結局は同じ理由。
《眼》が教えてくれる無数の【調理法】を実現したがる本能。人間を料理してはいけないという社会常識。
人間を見るたびに発生する板挟みの苦痛は、年を経るごとに厳しくなっているように感じる。
どちらか片方が無かったなら……と願うこともあったけれど、どちらを捨てることもあたしにはできなかった。
この世界には【食材】と【それ以外】しか無い。
人間はみんな【食材】だから――あたしの友達はこの世界に一人もいやしないのだ。
足を止め、大きく空を見上げた。吹き抜ける風は草の匂いが強く、これから訪れる命の夏と、そこで育まれる無数の料理を思い出させる。
外れるフード――鳥のいない青空には綿菓子のような雲。食べ物には似ていても【調理法】が浮かぶことはない。だから空を見るのは好きだ。
ぎらつく太陽に向けてかざす手のひら。包丁だこができた手には無数の傷がついていて、そして何より、【食材】には見えない数少ない有機物だった。
……あたしは、ひとりだ。
この世界には怖ろしいほどたくさんの【食材】が犇めいていて、そこで生活を送るために、あたしは『あたし』を抑えなければならない。
誰にも理解されない、あたし自身でさえ把握しきれない、正体不明の獰猛な衝動。
いったい何だか分からない怪物を飼い馴らさなければならない。
豊かで不毛なこの世界を――生き延びるために。
視界にトンポが飛び込んできた。途端に浮かび上がるレシピ――思わず溜息が湧き上がる。
ギンヤンマとアスパラガスのサラダから逃げるように視線を下ろし、あたしは防護ラインのフードをかぶろうとした。
……その一瞬。意識の空隙時間。
あたしはソレを視野に捉えた。
また来週~




